39.王宮侍女は魔女と語る
オーレン商会の新店舗『ミュゼ』は、招待客だけのプレオープンながら店内は程よく賑わっていた。
真新しい店内は明るい木目調で、至る所に観葉植物が置かれて、作り物の小鳥やリスなどの小動物が隠れている。
店舗の一角に小さなスペースがあり絵本などが置かれている。スタッフが常駐するそこは、子供たちが遊んで待てるスペースらしい。今も3人の子どもが利用していた。
店内も可愛いし、子連れでも安心して買い物ができそう。
ミレーヌさんの兄は、ただのナルシストではなく出来るナルシストだったらしい。
そんなナルシストオーナーは相変わらず、店内に設置した鏡に見惚れていた。店員さんたちは慣れているのか、適当に相槌を打ちながら接客に勤しんでいる。
ここの店員さんとは気が合いそうだ。
せっかくなので、可愛いケースに入ったボディクリームと、保湿リップなどを購入。
ボディクリームはお姉ちゃんにもあげよう。あと、お世話になってるマチルダおばちゃんたちと、エレンたちにもお土産を買う。朝早くから身支度を手伝って貰ったし、お礼ぐらいはしないとね。
ルカリオさんがボディクリームとシェービングソープを購入したのは衝撃だった。
そうだよね。男の人なんだから、そりゃ生えるよね。当然と言えば当然なんだけど、髭とか男臭い物とは無縁だと思ってた。
髭なんて想像つかないなぁ。臑毛とか胸毛とかあるのかな。………もじゃもじゃ胸毛。無いわー。それは無いわー。
妙な想像をしたせいか、居た堪れなくて接し方がぎこちなくなってしまった。ダメだ、毛は忘れよう。
その後は小洒落たお店で野菜多めのランチを食べて、王都でも2番目に大きなリベット美術館へと足を運んだ。
100年ぐらい前の王妃が建てた美術館で、新気鋭の美術品を多く展示する事で有名らしい。有名画家とか有名彫刻家の名前を挙げられたが、2人ぐらいしか分からなかった。
だって、興味ないし。
縁のない芸術家は正直どうでもいい。肝心なのは、今年からこの美術館の一角で手芸作品の展示販売が行われているという事だ。つまり、私の作品も展示販売されている。
作品展示が目的なので最終日まで展示はされるが、気に入った作品があれば購入でき、後日ちゃんと納品される仕組みになっている。ただし、ハンカチなどの小物類は持ち帰りも可能だとか。
なので、早々に売れているだろう私のタペストリーもまだ展示されているのだ。せっかくなので、成果は見たいじゃないか。
入館して直ぐに、ルカリオさんは美術館の人に呼び止められてしまった。
何やら急なご用事らしく、美術館の人も申し訳なさそうにするもんだから、私の事は気にせずにどうぞと送り出す。
私もここに用事があったからちょうど良い。
あちらにいますから。と、左側にある展示室販売の会場を指し示してまた後でと一旦別れた。
展示室にはタペストリーだけでなくリボンやショールなども展示していた。本当に種類が多くて、なんだか展示というより雑貨屋のような感じがする。ちょっと責任者出てこい。
売却済となる赤色のリボンが付けられた作品も多い。楽しみながら、自分の作品を探していると、奥のスペースだけぽっかりとまるで避けるように人がいない。
奇妙に思いながらも近づけば、奥の端の壁にかけられていたのは私の渾身の作品だった。
なんでここだけ空いてるのか。首を捻りつつもよく見れば赤いリボンが付いていない。
「なんで売れてないの?」
ええ!?マジで、なんで?
他の作品見たけど、私よりも拙い作品が売れてたのに。
あぁ。あれか、親戚とか知り合いが買っちゃうやつか。それは仕方ないけど、それが全部でもないだろうし。
うーん。何で売れてないのかな。摩訶不思議。
場所が悪いんじゃない?こんな端っこだし。責任者に文句でも言った方が良いのでは?
「お前、それ正気で言ってんのか」
横に気配を感じれば、ベネディクト子爵が横にいた。
うおっ、いつのまに。
「意外な所に湧きますね」
「お前…なんだその反応は。俺が声をかけてやってるんだぞ」
貴方だからですが?
つか、なんでこんな場違いな所にいるんだろう。ここ、美術館ですよ。
「今、失礼な事を考えてただろう」
「滅相もない」
「考えてたんだな」
しまった。秒で返事をしたのがまずかったか。
視線を外して、詰め寄られた分の距離を取る。
「こちらは素人の展示ですよ」
「知ってるよ。主催側だからな」
うそだ。そんな地味な仕事をする様には見えない。そもそも似合わねー。
口にしなかったのにデコピンされた。ぐぬっ。
「また俺に失礼な事を考えただろう」
「正に今考えたところですわ」
乙女になんて事しやがります。直前で萎れろ。けっ。
「それにしても、やっぱりアレ作ったのはお前か」
展示には作品名しか表示されないが、受付時に名前と連絡先を記入する。主催者側だというなら私が出展しているのは分かるだろう。
ちなみにタペストリーの作品名は『王妃サメロンの饗宴』にした。お恥ずかしいぐらいに捻りがない。
「我ながら力作なんですけどねぇ」
なぜ売れぬ。
「なぜ購入されると思った。あんな物を飾りたがる者なんていないだろう。あんな…」
「素敵」
「そう、素敵、……え?」
子爵の声に鈴を鳴らすような可愛らしい声が被った。
向かい合う子爵の後ろを覗き見れば、黒づくめの少女が両手を組んで祈るように私のタペストリーを食い入る様に見ていた。
なんというか、とても独特なセンスの子だ。
サラサラの黒髪の上に乗せられたトーク帽子は黒薔薇と黒と紫のベールで飾られている。黒に近い深い紫色のワンピースには帽子と同じ黒薔薇の飾りと黒のレースとフリルがふんだんに装飾されている。祈りに組まれた手を覆うのは薔薇の刺繍が入った黒の総レースの長手袋。
眉の上で一直線に切られた前髪の下もまた独特なメイクだった。
絵の様にキッチリと黒く描かれた眉に、アイラインも黒く濃く太く入れている。アイシャドウはキラキラと輝く紅色で、涙袋はうっすらと白い。くっきりと引かれた唇の色は深紅だ。
肌の色が白いので顔のパーツがどれも強調されている。
普段なら有り得ないメイクだが、洋服と調和していて、全体的に完成されているようにも見える。
衣装やメイクで年齢が分かりづらいが、私よりも2〜3歳下かもしれない。
「素敵だわ。なんて綺麗な血のグラデーション。そして、血の気の失せた綺麗な生首。ゾクゾクしちゃう」
恍惚とした表情は、封印したヤバイ医者の記憶を思い出させた。
関わったらダメな気がする。
「でも、もう少し暗くて陰鬱としていたらもっと素敵なのに」
「え?いやいや、この明るさで良いんですよ。明るく爽やかな背景を裏切る狂気じみた食卓。映えませんか?」
残念そうな声に思わず反論してしまった。だって、そこは譲れない。暗い題材に暗い絵なんてありきたりで面白くないじゃないか。
黒い少女は驚いた表情で私を見る。化粧のせいか目力半端ない。
「そうかしら?サメロンの夫への愛憎がドス黒く渦を巻いてる方が似合っているのではない?」
「この場面は、愛人への復讐と夫への仕返しだと思うんですよ。その悪感情を腹に残してるサメロンなので、清々しいまでに綺麗で明るい背景にした方が際立ちませんか?」
「まぁ……そう。成る程、成る程。光の中に色濃く溜まる悪意。見えないからこそ駆り立てられる想像力ね。ふふ。いいわ、素敵だわ。嫉妬も悋気も全て内に抱えて聖女の様に微笑む悪女。そういう解釈も素敵ね。ふふふ」
おぅ。何やらどこかに旅立っておられる。
私、そんなに深く考えてないですよ。
明るい方がサメロンのもてなしが目立つなぁとか、白い方が血の赤が目立つよねとか、そんな感じですよ。狂気が際立つとか後付けだから。
場面もインパクト重視で選んだだけだし。
これは言わぬが花だろう。
何かとても深く読み込んでる彼女に水をさしちゃいけない。私は貝になろう。
しばらくタペストリーを眺めていた彼女の深紅の唇がニィと弧を描く。年齢にそぐわぬ艶然とした笑みが板に付いていて、腕にぞわっと鳥肌がたった。
「これを頂くわ。手続きをして頂戴」
美少女がタペストリーを指し示せば、シンプルな黒いワンピースを着た女性が音もなく進み出て近くの職員に話しかける。お付きの人だろうか、影が薄くてビックリした。
話しかけられた職員も周囲にいた人たちも何故か騒ついた。
分かる。今まで気配なかったもんね。ビックリするよ。
隣の子爵も目を見開いて驚愕の表情だ。
「失礼、レディ。本気であの作品をご購入ですか?」
失礼なのはその発言だと子爵の後頭部を叩いてやりたい。職員さんまでもが「本当にお間違いありませんか?」と聞いている。
え?驚いてたのそっち?
「そうよ。聞こえなかったのかしら?」
お買い上げありがとうございます。
「では、こちらで手続きをさせて頂きます。お手をどうぞ」
いち早く正気に返った子爵がさりげなく手を出してエスコートを申し出る。そういや、主催者側とか言っていたな。
それにしても、守備範囲が広いな、おい。
対象年齢はいくつなのか。いや、どうでもいいけど。
とりあえず、警備兵に捕まる真似はしないで欲しいと思う。
あ、拒否られた。けけっ、ざまぁ。
後日、購入してくれた彼女が"ネクロズの魔女"と呼ばれるネクロズ伯爵夫人だと知った。
令嬢じゃなくて、夫人!驚いて聞き直したよ。
あの外見でうちの姉より年上!!しかも子持ちのお母さん!?
外見のせいで黒魔術をしてるだの悪魔と契約しただの妙な噂があるが、私のタペストリーが怪しげな事に使われない事を願うばかりである。
タペストリーが購入者は、黒ゴスさんでした。
彼女の私室に飾られる予定です。裏話は活動報告に掲載しております。
いずれ再登場させたい。