38. 王宮侍女は猫を守りたい
抜けるような青空は高く、秋らしい薄い雲が伸びている。肌寒かった朝と違い、日が昇った今は暖かな陽気に包まれ、非常に過ごしやすい好天気。
そう、申し分ない程のデート日和。……デート日和ってなんだ。
上品なワンピースを着てイケメンと一緒に歩いている現状を把握しきれておりません。
しばらくお待ちください。
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早朝からエレンたちとのやり取りで疲れた上に、迎えに来てくれたルカリオさんがキラキラし過ぎて、私の疲労は朝からピークに達していた。
てか、伯爵家の馬車で来るとか聞いてないんですが?しかも、その服がどう見ても私のワンピースと揃えてるのが丸わかりなのはこれいかに。
一緒に歩くんならある程度合わせた方がいいとは思うよ。だけど、これは違うんじゃないだろうか。これじゃ、まるで、恋人同士に見えますよ?
違うんですよ。ただの友人・知人ですよー。
……って、誰に言い訳してんだ。
頭の中がぐるぐると混乱しているうちに、芸術祭のメイン通りに着いてしまった。
メイン通りとなるのは劇場や美術館が並ぶ大通り。馬車が行き交う為の広い道が、今日は人で溢れている。馬車の乗り入れを制限しているから、馬車停め周辺はちょっと混んでます。帰りの時間を伝えたら同じ場所まで迎えに来てくれるらしい。
ここからは歩き。足には自信があるので全く問題ない。むしろドンとこい。
通りの街灯や建物には芸術祭の旗が掲げられ、普段よりも華やかに飾り付けられている。
祭りのシンボルとなる旗のデザインは毎年公募によって選ばれるらしい。
今年は、剣を咥えた山羊の絵だった。
山羊?と首を傾げたくなる形と色をしているが、山羊らしい。なぜか背景は薔薇だった。芸術は良く分からない。
「どこか行きたい場所はありますか?」
「実は、オーレン商会から招待状を頂きまして。せっかくなので新店舗に行ってみたいです」
「でしたら、こちらですね」
ルカリオさんの手が私の腰に添えられ、さりげなく誘導される。
エスコートし慣れてるなぁ。場数が違うんだろう。
商会の店が並ぶのは1つ隣の通りになる為、繋がってる横道に入る。建物の間にあるので少し薄暗い。
そういえば、春に露出狂に逢ったなぁと愉快ではない出来事を思い出した。
彼は無事に更生しただろうか。まぁ、次に出逢ったとしても無視の一択だが。
「どうかしましたか?」
つまらない事を考えていたら、腰を引き寄せられた。
なんだ、この近距離。
「すみません。ちょっと考え事を…」
「それが私の事なら嬉しいですね」
すみません。露出狂の事です。
なんて言えるわけが無いので曖昧に笑って誤魔化した。
てか、ちょいちょい腰を引き寄せるのやめてくれないかな。脇腹の肉が食い込むような気がするんだ、肉がっ!そして、近い。
ちょっとドキっとしたが、視界の端に熱烈にキスを交わす男女が見えて、思わず眉間に皺が寄る。
見たよ、なんか。見たくないものが見えたよ。
視線だけ動かして注視すれば、横道の更に細い路地で、女は男の首に抱きつき、男は女の腰とお尻に手を回して、これでもかと密着している。
アレと同じに見られては堪らない。慌てて距離を取ればあっけないほど簡単に離れてくれた。
改めて周囲を見れば、数人が隠れて逢瀬を楽しんでいるのが見える。
どこでやってんだ。
王宮でちょくちょく見かけた事はあるが、貴族街でも見るとは思わなかった。王宮でヤッてる奴らが街で自重するはずもないか。納得、納得。
路地でやるならもっと奥まった所まで行けよ。手っ取り早く手前で諦めんな。根性だせ。もしくは、そういう店に行け。
祭りだからって浮かれやがって。
アレだ。祭りの雰囲気で意味も分からず盛り上がっちゃうやつだ。夜会だの舞踏会だので盛り上がってんのに、祭りでも盛り上がるとか気は確かか?他にやる事あるだろうが。芸術祭なんだから、大人しく訳の分からん芸術を鑑賞してろ。
「どうかしましたか?」
「あ、いいえ。ちょっと、催事における人間の行動パターンについて考えてました」
「なんですか、それは」
ルカリオさんは笑うが、ちょっと真面目に考えたのよ。
祭り気分で浮かれたバカ共はなぜ外で事に及ぼうとするのか。そして、なぜ、人に見られる可能性が高い場所でヤるのか。これは一種の露出狂じゃないだろうか。
ならば無視が一番だろう。
結論を出してルカリオさんを急かす勢いで足早に横道を歩く。
商会の店が建ち並ぶ大通りが見えた時、前方に迷子らしき女の子が見えた。不安げにキョロキョロと見回している。服装からそこそこ良い所の子どもだと思う。
1人の紳士がその子に近づいて行くのを見て、私は一直線に駆け出した。
背後でルカリオさんが何か言ったけど、そんなもん後だ、後!
慣れない靴を鳴らして一気に駆け寄る。
「お嬢様っ!!」
叫べば、前方の人達が何事かとこちらを見てくる。女の子も私を見た。
人の合間をぬって、女の子まで辿り着く。
「お嬢様っ。お捜ししましたよ」
紳士から隠すように女の子を抱きしめ、耳元で「お母様に頼まれて捜してたんですよ」と囁く。
女の子がビックリしているうちにさっと抱き上げて「さぁ、戻りましょうね」と微笑んでその場を離れる。背後で舌打ちが聞こえた。
逃げるが勝ち。急げ急げ。
「ほんとに?お母さまとあえる?」
不安そうな幼い声に、自信たっぷりに笑いかける。
「もちろんです。ご自分の名前と、お母様かお父様のお名前は言えますか?」
「アイネの名前はアイネよ?お母さまはエリーで、お父さまはラルフよ」
「まぁ、上手にお答えできましたね。素晴らしいです」
「だって、もう5さいでしゅもの。りっぱなれでぃなのよ」
胸を張るアイネちゃんをすごいすごいと褒め称える。たまに噛む喋り方が可愛すぎる。私の甥か姪もこんな風に成長するのだろうか。まだ生まれてないが、今から楽しみでならない。
両親の名前以外に手がかりはないかとアイネちゃんの洋服を見るが、特に見当たらない。紋章とかあればめっけもんだったんだが。
とりあえず、アイネちゃんの両親か、警備に駆り出されている騎士団員を捜そうと首を巡らす。
祭りで人が増えるので、騎士団の一つが巡回して警備をしているはず。目印は騎士団の黒地に赤ラインの制服と胸にある鷹のエンブレムだ。
キョロキョロとしていると、こちらに駆け寄ってくるルカリオさんが見えた。
しまった。置いてきちゃってた。
「アンナさん。一体どうしたんですか」
「すみません。迷子を見つけたので…」
「お知り合いの子ですか?」
「いいえ、初対面です」
「?」
不思議そうな顔のルカリオさんに説明しようとしたところ、誰かを捜している様子の人を見つけたので、アイネちゃんに「あの人知ってる?」と聞けば「リジーだぁ」と嬉しそうに笑った。
たぶん、アイネちゃんの家の使用人だろう。
リジーさんに近づけば、やはり当たりで。アイネちゃんは無事に家族の元に帰れた。
「それで、どういう状況だったのですか?」
ルカリオさんのおかげで誘拐犯に間違われる事なくアイネちゃんと別れ、オーレン商会の新店舗『ミュゼ』へと向かいながら説明する事にした。
「アイネちゃんに近づいていた紳士がいたんですけど、色々とアウトな噂がある家の使用人ぽかったですよ。特徴が似ていただけなんで、確実じゃないんですけど、黒に近いグレーというか…」
「つまり?」
「10才以下の子どもが大好きな変態の使用人が近づいていたので逃げました」
ぶっちゃけた。
回りくどく話しても埒があかないだろうし、苦手だし。
10才以下の子どもに興奮するとある貴族がいる。
それが誰なのか、知っている人は知っている。そして、生半可な事では捕まらない事も。
誰もが黒だと分かっているのに、絶対の確証がないから黒と断罪されない。権力って厄介だよね。
さっき、女の子に近づいていたのはその貴族の使用人だと思う。面識ないから絶対とは言えないけど、右頰のアザや背格好が聞いていた人物像に当てはまる。
違っていても、無礼を働いたわけでもないから大丈夫、と、思う。
「誰も訴えないのですか?」
「誰が訴えるんですか?」
不思議そうに聞くルカリオさんに不思議そうに返す。
狙われるのは幼い子ども。そして、遅くても3日以内に見つかった子ども達は、体をあちこち触られたが外傷はない。ご飯とお菓子を食べさせてくれて、お土産も持たされて家の近くで解放されている。
対価の様に持たされた高価な品物と、子供の曖昧な証言。下手に騒いで子どもや自分たちに要らぬ傷がつくのを嫌がる親。返却の出来ない『高価なお土産』は無言の圧力だ。
立証は難しく、証拠はないに等しい。
結果、黒い噂が這うように囁かれ、限りなく犯人に近い者は野放し状態。知っている人は自衛するしかない。
「その貴族の名前を聞いても?」
「好奇心は猫を殺すそうですよ」
「猫ではありませんから」
足を止めて、ニコリと微笑むその顔を見る。
言ってどうなるのか。
ただの好奇心なら知らない方がいい。だって、どうにもならない。
「こう見えて、鷹の友人は多いんですよ」
「………。獅子の尻尾を踏むかもしれませんよ?」
「獅子の子を起こす良いきっかけとなりますよ」
微笑んでいても真剣な眼差しに、少しだけ躊躇ったものの、噂の伯爵の名前を告げる。
その名前を聞いたルカリオさんは表情を変える事なく「そうですか」と呟いた。
もしかして、知っていたのかな。
「少し時間はかかるでしょうが、子供も親も安心して歩けるようになると思いますよ」
ほんの少しだけ期待しながら「期待しないで待ってます」と返した。
だって、相手は王妃の実の弟だから。
期待はしない。でも、そうなればいいと、心から思う。
更新が遅くなってすみません。
今回はガチ変態さんの噂だけ出ました。明るい変態だけ書けたらいいけど、そういうわけにもいかないのです。