35. 王宮侍女は愛を語られる
新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
今回の帰省は、ルカリオさんという客人がいたせいか、怒られる回数が格段に少なかった。
ありがとうルカリオさん。
感謝を込めて何か軽食でも作ろうとしたら、家族全員に加えて使用人一同からも止められた。
なぜだ。
別にどうしても作りたいわけじゃないけど、なぜにそこまで必死に止められなきゃならんのか。
代わりに義姉からほぼ強制的に刺繍入りのハンカチを作らされ、本当に刺繍三昧な日々だった。
ちなみに、女装でも使えるように百合の花の刺繍にして渡したらとても喜ばれた。良し!
そんなルカリオさんは意外にも兄たちと気があったようで、2日目も食後にお酒を飲みながら歓談したらしい。
うちの兄に惚れないでね。なんて思ったのは内緒だ。
……まだ結婚してない次兄なら……いやいや、こういうのは本人たちに任せよう。人の恋愛に口出すもんじゃ無い。
帰り際に、長兄からは「上手くやれよ」と励まされ、次兄から「なるべくお淑やかにしてなよ」と諭され、父は「君の選択に任せるよ」と頭を撫でられた。
意味がわからぬ。
ちゃんと上手く仕事はしてるし、姉の再教育のおかげで更にお淑やかな淑女になっているはず。今更な忠告の数々に頭を捻る。
なんだか妙な雰囲気の中、義姉だけがにこにこ顔で「アンナちゃん、頑張ってね」と手を振っていた。
はい。次の宿題も頑張ります。
今回の帰省で一番ビックリしたのは義姉の懐妊だった。
そういや、ゆったりした服を着てるなぁとは思ったが、いつもそんな感じなので分からなかったと言うか。……帰り際に言う事か?
姉と言い、義姉といい、帰り際に重大事項を告げなきゃいけない決まりでもあんのか。
時期的には、姉の2ヶ月後ぐらいに生まれるらしい。
今度帰ったらもう生まれてるんだよねぇ。ちょっと、いや、かなり楽しみ。
ついに私も叔母さんかぁ。……アンナちゃんって呼ばせよう。そうしよう。
社交シーズンが終わり、領地持ちの貴族は少しずつ帰っている。とは言えそれはまだ少数で、来週に控えた芸術祭が終わってから帰る方が多いので、まだまだ王宮は人が多い。
社交シーズンが終わっても、王宮で働く人はいるし、国内外から客人もやってくるので私の仕事量はさして変わらない。
「あぁもぅ!頭にきた」
足音も荒く戻ってきたリンデルさんは、いつもより乱暴に椅子に座ると淹れていた紅茶を一気に飲み干した。
それ、私の……。
しかも、お茶請けにと手にしていた焼き菓子まで奪われた。
それ、私のぉぉぉ。
「やけに荒れてますね」
泣く泣く、お代わりと新しく一杯淹れて、焼き菓子を追加する。冷静に見えて私の心も大荒れだ。1個だけあったフィナンシェを食べられてしまった。
その間もリンデルさんは品よくやけ食いしている。器用ですね。
「あの高慢ちきでいけすかない傲岸不遜のヒゲ大使よっ」
お代わりの紅茶を一口飲んで、リンデルさんは鬱憤を吐き出すように話し出した。
「大陸で1番古い血筋を擁していようと、500年前の大戦で大敗して公国になり下がったくせに。なにが『嘆かわしい。やはり歴史の浅い国はこの程度ですか』よっ!リマ・レスタのティーセットをよ!?名匠カデラ・レスタの逸品物をよ!?古臭い物がお好きなようですもの、リマ・レスタの斬新で華麗な気品はお分かりにならないのでしょうね」
リンデルさんご立腹です。
普段おっとりと見えるリンデルさんは意外と沸点が低い。怒るのも早いが冷静になるのも早いので、ティータイムが終わる頃には落ち着いてるはず。
そうですか。王家御用達のリマ・レスタのティーセットをこき下ろしたんですね。
私としちゃ「へー」としか思わないけど、リンデルさんはリマ・レスタのコアファンなのかもしれない。
白磁に華やかな花の絵付けが特徴的なリマ・レスタは王家御用達の陶磁器工房。元々人気は高かったが、華やかな物が大好きな王妃様が特に好んでるので国内で圧倒的な人気を誇っている。
創業60年ぐらいだったかな。まだ歴史は浅いから、聖地持ちで大陸最古の血筋を抱くキノウ公国からしたら鼻で笑っちゃうもんなのかもしれない。
別に中身が美味けりゃ、器なんてなんでも良くない?とか思ってても口にしませんとも。
怒ってるリンデルさんがリマ・レスタのファンっぽいから。
「あ〜、公国の人って無駄にプライド高そうですもんねぇ」
「あの陰険ヒゲ大使は特によ。何をするにも血筋と歴史を持ち出して嫌味を言うのよ。嫌になっちゃう」
うちの王家って、途中で何度か分家に代替わりしたりして建国の時の直系じゃないもんね。
でも、直系だから賢王ってワケじゃないじゃんね?公国のえげつない血の繋ぎ方のほうが怖いけどな。
それは置いといて、さて、どうしたもんか。
最後の焼き菓子を口に入れて、残った紅茶を飲み干す。
ティーセット、ねぇ。
たしか、倉庫で公国老舗のクラン・ディヌワを見た気がする。王妃が地味なのを嫌うから、物はいいのに倉庫に置かれてたわ。
頭の隅っこにある記憶を探ってたら、リンデルさんが意味ありげに微笑んで私を見ていた。
「ところで、ルカリオ・ガルシアン卿とはどこまでいったの?」
「っ。ぐほっ」
変えられた話題のせいで変に咽せた。
飲み干してて良かった。噴き出すのは防げたわ。
「一緒にご実家に行ったのでしょう。もうご挨拶はお済ませになったの?もしかして、もうご婚約まで?まぁ、素敵だわ。カレンはもうご存知かしら」
「いや、いやいやいやいや。え?ちょっと待って」
「ガルシアン卿なら、結婚後もお仕事を許してくれそうですもの。辞めないでくださいね。私、貴女とお仕事するの楽しくて好きよ」
「え、あ、ありがとうございます。私もリンデルさんとミレーヌさんとお仕事するの楽しくて好きです」
「あら、嬉しいわ。ああ、でもご懐妊したら早目に教えてね?無理をしてはいけないもの」
「ごかい…ご懐妊………うえぇ!?」
ご懐妊ってなに!?いや、最近妙によく聞くから知ってる!知ってるけどさ!
誰が!?誰と!?何を!?って待て。待て待て待て待て!無いからっ!
「無いですからっ!ご懐妊も、結婚も、婚約も無いですから!それ以前に付き合ってませんから!!」
何の告白をさせられてるんだっ。
なんでこんなに恥ずかしい目にあわないとならんのだ。
もう、どこから突っ込んで訂正していいのか分からない。
「ふふふ。真っ赤になって、可愛らしいわ」
「からかわないでください」
リンデルさんを軽く睨んでみても、ふんわりと微笑んでかわされた。
「付き合ってらっしゃらないの?キスも?ハグも?それとも飛び越えて既成じ……」
「しませんからっ!!」
なにを言おうとした!?さらっと何を言おうとした!?
なんで既婚者ってこういう話題が好きかなぁ!
もっとえげつない話とか聞いた事あるけどさ!ある、けどもさ!自分のだと違うのよ。
事実じゃないのに照れくさいってなんだこれ。何かの罰ゲームですか!?
「どうして?付き合っちゃえばいいじゃない。彼、なかなか好物件よ?」
リンデルさんは頬に手を当てて首を傾げる。
やっぱりルカリオさんは好物件らしい。
「身分が違いますよ。それに、そんな対象で見られてませんから」
あちらは伯爵家で外務省のエリート候補で、こちとら突出したとこもないただの田舎の貧乏男爵令嬢だ。
ルカリオさんからすれば、女装趣味を知ってる知人ぐらいの立ち位置だろうと思うけど、言うわけにはいかないしなぁ。
困った私に追い討ちをかけるように、戻ってきたミレーヌさんまで参戦してきた。
「このご時世に身分なんて貴族と平民の違いぐらいではないかしら?」
「王妃様も侯爵家の養女になる前は、ただの子爵令嬢ですものね。伯爵家と男爵家なんて許容範囲内よ」
「しかも、三男ですもの。厄介な姑も小姑も付いてこないわ」
「お仕事も人柄も申し分ないものね」
それはそうなんだけど、そうじゃない。
確かに、好条件、好物件だけどもさ。
「私なんかにはもったいないですよ」
謙遜とかじゃなく事実を述べたのに、2人は嬉しそうに手を取り合って喜んでいた。
「身分差を気にして身を引くなんて、愛ね」
「私は貴方に相応しくないわ。そう仰りたいのね」
「そして、彼は身を引こうとする彼女の愛の深さを思い知るんだわ」
「それでも君を愛しているんだ。そう言って抱きしめるの」
「きゃあ♪いいわ」
「ささやかな試練が2人の愛をより強固にするのよね」
「2人の仲を裂く悪役も出てくるかもしれないわ」
「周囲に反対されて燃え上がるのね」
「素敵。まるで恋愛小説みたい」
「最高。まるでオペラみたい」
勝手に盛り上がる2人を見る目が遠くなった。
もはや誰の話か分からなくなってる。私とルカリオさんの間に愛はありませんよ?
愛とか小っ恥ずかしいからやめて。鳥肌がたつわ。
「……とにかく、無理ですよ」
話は終わりと、自分の紅茶を片付ける。
さて、自国大好きっ子な大使のために倉庫に行ってくるかな。
まだきゃあきゃあと盛り上がっている2人を置いて部屋を出た。
燃え上がる愛?やめてよ、気持ち悪い。
【変更点】31話にてリンデルさんを子爵夫人、ミレーヌさんを子爵令嬢に変更しました。ちなみにミレーヌさんは婚約者持ちで結婚間近です。