33. 王宮侍女は落ち着かない
規則的で緩やかな揺れだったものが、少し大きな音と共に体がぴょこんと跳ねた。
これから石もあり多少でこぼこした道が続くはずだ。
あれほど街道を整備しろと言ったのに、やっぱりしてないんだから。兄め。
仕方ないんだろうけどさ。予算に限りはあるし、畜産は生き物相手だから予想外の事も起こりやすいもんね。それは作物も同じ。
だーけーどー。
そう、だーけーどーさー、道が悪いと揺れるし、お尻痛いし、肩とかぶつけるし、お尻痛いしさー、嫌なんだよねぇ。
年2回しか行き来しない私が思うんだから、他の人はまだ思ってるはず!
今回も帰ったら父と兄に訴えよう。
さっきよりもガタガタと揺れ始めたがいつもの乗合馬車に比べれば格段に乗り心地は良い。
箱型なので寒風も吹き込んでこないし、座面も厚めなのでお尻も痛くない。
何この快適空間。多少狭くても全然問題ない。
「いい天気で良かったですね」
「ええ。本当に」
問題があるのは隣の同乗者かもしれない。
反射的に笑って横を見れば、爽やか笑顔のルカリオさんがいる。近い近い。
なぜ並んで座ってんだろう。
いや、2人乗りだから並んで座るしかないんだけどさ。仕方ないんだけど、なんだこの状況。
爽やかイケメンと帰省デート。
違う。色々違う。
ダメだ。昨日から頭が混乱してて上手く動かない。
「あぁ、もうすぐ町ですね。休憩しましょうか。どこかお勧めはありますか?」
「それほど詳しくはないですが、時計広場にある若葉亭のチーズケーキは美味しかったですよ」
「チーズケーキっ。スフレタイプ?それともベイクドでしょうか」
チーズケーキと聞いて目が輝くイケメン。
おおぅ。可愛い。
イケメンで可愛いとか、年上受けばっちりですね。
「ベイクドタイプです。濃厚だけど口当たりが軽くて美味しいんですよ」
「それは楽しみですね」
にこにこのルカリオさんを至近距離で見てしまい、返す笑顔が引き攣りかけた。
男性と2人っきりとか経験ない上に、こういう至近距離。慣れてないんだよぉ。
仕事なら………そう!仕事。これはお仕事。ルカリオさんを我が家まで案内するお仕事!
よし!と気合を入れた瞬間、道が悪かったのかガタンと揺れた。軽く浮いた体がバランスを崩して前に倒れかけたところを横から支えられた。
「大丈夫ですか」
「はい。すみません。ありがとうございます」
お腹。お腹に手が!
思わずぐっとお腹に力が入る。
なんだか抱き込まれるような態勢になり、ふわりといい匂いが香る。うわぉ。
流れるように座席に戻され、自然に手は離れたのでホッとしたけど、さっきよりも近づいた距離に気が付いて体がガチっと固まった。
なんで?さっきより隙間なくない?
この距離おかしくない?ねぇ、おかしいよね。
そっと横を見れば、ルカリオさんが「どうしました?」と微笑む。
近くないですか?なんて言い出せない私は「いいえ、なんでも…」と濁して、他の話題を振って誤魔化した。
これはお仕事。お仕事ったらお仕事。落ち着け私!
心の中で繰り返しながら、こうなった原因を思い出してみた。
社交シーズンも終わり、王宮がひと段落したところで1週間の秋休みをもらう事になった。
組んでるチーム毎に休むので、ミレーヌさんとリンデルさんと話し合い私達の休みは5日後に決まった。
その日、ルカリオさんに会ったので帰省の話をしておいた。
急に見なくなったら心配するかな?なんて、ちょっと自惚れたのは自覚している。
せっかく友情も芽生えてんのに、言わないのも不義理だよね。うん、そう。
5日後からお休みを貰いますって話から、休みは何するの?ってなって、実家に帰るつもりですってなって、実家ってどこ?ってな話で盛り上がったんだよね。
そしたら、昨日いきなり「送っていくよ」と告げられて、混乱してる内になんだか色んな事がサクサクと決められてしまった。
一応断ったんだけど、仕事でうちの領地に来るからと言われたら断る理由が思いつかなかったんだよね。
節約にもなるし、むしろありがたい?なんて呑気に思った私に一言言いたい。
ちゃんと確認しろ。
まさか、馬車が2人乗りの箱型だと思わなかった。
まさか、来るのがルカリオさんだけとは思わなかった。
そんな予想外な出来事が重なってる現在、ルカリオさんと向かい合ってチーズケーキを食べてます。
なんだ、この状況。
とりあえず、体に厚みのあるおばちゃんが運んできた濃厚なベイクドチーズケーキを澄まして口に入れる。
美味い。
添えられたベリーのジャムが甘酸っぱくて、一緒に食べると本当に美味しい。添え物のミントまでパクリと食べられる。
美味い。
チーズケーキは、スフレタイプも好き。あのスポンジとはまた違う柔らかさ。じゅわっと溶けるような口当たり。たまらん。
しかし、ベイクドの濃厚で重厚な食感もいい。若葉亭のはべっとりと濃厚なのにしつこくない。甘さもチーズ感も後を引かない。一口食べたらもう一口食べたくなる美味さなのだ。
「おーいーしーー」
思わず、目を閉じて美味さと幸せを噛み締める。ついでにフォークも握りしめる。
そうじゃないだろ。と頭の片隅で思うが、出発してしまっているのだから、もうどうしようもないじゃないか。それならこのチーズケーキを堪能せずにどうする。
「本当に、美味しいですね」
「ですよね。うわぁ、久々に食べました。おいしー」
「久々なんですか?」
「去年から乗合馬車の時間が変更になっちゃって、この町で休憩取る時間がなくなっちゃったんですよ。ほぼ休みなしで馬車に乗ってます」
「休みなしは大変ですね」
「そうなんですよ。道が悪いから帰り着く頃には体中凝り固まって痛いんですよねぇ。帰る度に街道整備を訴えてるのに改善されないんですよ」
ほぐし屋2号店とか出来ないだろうか。ほぐし屋もーもーとかダメかな。体格のいいおばちゃんが「お帰りなさいモー」って出迎えてくれるの。
ダメかな。ダメだろうな。
あ、紅茶お代わりくださーい。
紅茶は香りも味も薄いけど、まぁこの辺の町じゃそんなもん。ケーキが美味いからまぁいいや。
「街道整備は時間もお金もかかりますからね」
「仕方ないですね、うち貧乏だし」
「今回の話が上手くいけば、街道整備の予算が出るかもしれませんよ」
「父と兄たちに期待しておきます」
「私にはしてくれないんですか?」
ん?
なんでそんな無駄に甘い笑顔を振りまいてるんですか?
「……えっと、ルカリオさんが有能なのは重々承知してますので、はい」
「ありがとうございます。頑張りますね」
「……えっと、その、はい。よろしくお願いしますです」
別に私が何かするわけじゃないが、身内がお世話になるかもしれないので頭を下げておく。
楽しそうなルカリオさんと対峙しながら飲んだお代わりの紅茶はなぜか味がしなかった。
おばちゃん、茶葉をケチってないよね?
妙に緊張した休憩にならない休憩終えて、いざ、我が家へ出発。
ルカリオさんの今回のお仕事っていうのが、うちの領地で作ってるチーズを帝国に輸出する品目に加える事らしい。
今、帝国の首都を中心にチーズ料理が流行っているんだってさ。美味しいよね、チーズ料理。
うちの領地で作ってるチーズは基本的に保存が効くハードタイプで濃厚なものが多い。輸出品なら保存が効く方がいいもんね。ついでにジャーキーとかも売れないかな。あれも美味い。
まぁ、そんな話を領主である父さんと話すらしい。なので、ルカリオさんも我が家に来る事になったのだ。
今は出産時期じゃないから、父も兄も緊急で出かける事はないだろう。
知り合いがうちに来るって、なかなか緊張するイベントだよね。仕事だけどさ。
もう本当に、朝からなんかそわそわしててさ、落ち着かないたらありゃしない。
そんな感じで妙に緊張する旅もそろそろ終盤。乗合馬車と違って停車が無いし、速度もあるからいつもより早く到着できた。
いつもは夕方に着くのに、まだお昼を過ぎたぐらいだ。ちょっと感動。
懐かしの我が家が段々と近づいてきた。
あ、窓直してる。よしよし。
常時開きっぱなしの門を抜けて、玄関前に到着すれば馭者が開けた扉からルカリオさんが降りる。続けて降りようとすれば目の前に手が差し出された。
手?
内心で首を傾げている隙に右手をすっと掬い取られて自然に誘導された。
これが世に言うエスコートか。
滅多にされないから忘れてた。
気を取り直して顔を上げると、玄関前にいたメイドのヘレンが目も口も丸くしてこちらをガン見していた。
「た、ただいま、ヘレン。あのね」
「お、あ、お……ぅおっ」
驚いてるヘレンにとりあえず父か兄を呼んでもらおうとしたら、その口から奇怪なうめき声が聞こえた。
ヘレン。とりあえず指してる指を下ろそうか。
大丈夫かと聞こうとしたら、勢いよく玄関の中に駆け込んで行った。大丈夫らしい。
「お嬢様がっ!アンナお嬢様がカッコいい男の人と一緒におかえりですぅぅぅぅ!!!!」
違った。全然大丈夫じゃない。
屋敷中に響くような大声の後に、ガタン、バタンとあちこちで騒がしい音と声が聞こえて来た。
待て、ヘレン。誤解を呼ぶ言い方は止めろ。そして、お客様を前にその応対はどうなんだ。マルムに叱られるぞ。
「今日は嘘付きの日じゃねーぞ」とか「どういう事だっ!」「ヘレン!走るんじゃありませんっ!」など騒がしい声がもれ聞こえる。
うちの壁どうなってるんだ。それとも、みんなの声がデカすぎるのか。
「なにか、もぉ、すみません…」
「ふっ。くっ。……いえ、賑やかで楽しそうですね」
居た堪れない私の横で、ルカリオさんは片手で口を押さえて堪えきれない笑いを溢していた。
チーズケーキかタルトで迷いました。タルトも美味いよね。え?どうでもいい?
チーズ案件は他の人の仕事(急ぎではない)でしたが、ルカリオが急遽代わってもらってます。
家族の反応が気になりますが、まだ書けてません。
すみません。年内にはなんとか……。
気がつけば年末。何もしてない。ヤバいヤバい。