32. 王宮侍女は彼に見惚れる
新しい貴賓室の仕事にも慣れてきたが、未だに慣れない事がいくつかある。
癖のあるお客様と、公には言えない趣味を持つ数人の知人に会ってしまう事。その中でも1番戸惑うのがルカリオ・ガルシアン卿との遭遇である。
外務省に勤める彼は、仕事で他国の賓客と会う回数も多いらしくよく見かける。多い時は3日連続で遭遇する事もあった。
お互いに仕事中なので会釈で済ませようとしたが、律儀なのか毎回会う度に一言声をかけてくれる。
まだ知り合いの少ない職場だから、知った顔を見るとほっとするので、正直に言えばちょっと嬉しい。
その反面、こうも頻繁に声をかけられる事に疑問が湧いてくる。
もしかしてルカリオさんって、友達が少ないんじゃ……。
いや、いやいやいや。無いな。それは無いな。交渉に長けてそうな職業と、人当たりの良さそうな外見でそれはないだろう。
って事は、心配されてる?急に配置換えになったから心配してくれてるのかな。
この気遣い屋さんめ。
イケメンで将来有望で気遣い屋さんときたら、モテモテだろう。某子爵とは違ってガチに妻の座を狙われてそうな気がする。
問題は趣味の女装のせいで彼の恋愛指向が男性に向いてるのか、女性に向いてるのかが分からない事ぐらいだろう。
雰囲気がジュディちゃんたちとも違うから迷うんだよなぁ。ぶっ込んで「恋愛対象はどっちですか?」なんて、さすがに聞けないしね。
ま、知ったところで紹介出来るような相手はほとんどいないけどね。
………うん。私にできる事はないな。
心の中で応援するだけにしとこう。
今日は仕事の合間に私的なお仕事があるのです。
以前作った魔法粉入りのボディクリームの配合レシピをオーレン商会に売る事になりました。
オーレン商会は薬と化粧品を主戦力にしている商会で、なんとミレーヌさんのお兄さんが経営しているんだって。
化粧品だけで言えばソレイユ商会よりも上らしい。高級品指向で王族や高位貴族が顧客らしい。あれかな、隠れた名店とか知る人ぞ知るってやつ。貴族って特別感好きだもんね。
そのオーレン商会が、今度姉妹店を出店するんだって。私でもプチ贅沢で買えるような値段設定にするらしい。
嬉しい。期待しときますっ。
そこで、魔法粉を使った化粧品シリーズの一つにボディクリームを加えたいんだってさ。
口紅やファンデーション等は作ってるけど、ボディクリームは盲点だったらしい。
冬場は乾燥するからボディクリームって重宝するんだよね。
私としては商品化して貰えるなら、面倒な作業が減るのでありがたい。自分で商品化する予定も情熱もないからね。
今日はその契約で、休憩時間にミレーヌさんのお兄さんがやってくる。もちろんミレーヌさんが同席してくれるので、ちょっと安心。本当はきっかけにもなったルカリオさんも同席する予定だったけど、お仕事で来れなくなったと詫びられた。なんか申し訳ない。
ボディクリームをルカリオさんに見せてる所をミレーヌさんに見つかって、今回の話になったんだよね。
ルカリオさんは同席出来ない事を気にしていたので、結果は後でお知らせする予定です。
その場にいたからと気にしてくれるなんて、責任感強いよね。
「アンナちゃん。兄は少し変わっているけど、悪い人ではないので安心してね」
ミレーヌさんのお兄さんが待つ部屋へと行く途中で、やけに深刻そうに告げられたので大丈夫だと笑って頷いておいた。
少し変わってる程度じゃ驚かないし、耐性もついてるので大丈夫ですよ。言っちゃなんだが、私が驚くならそれは少し程度じゃないと思う。もしくは、普通すぎたら逆に驚くかもしれない。
それはそれでどうなんだと思わなくもないが…。
結論から言おう。ミレーヌさんのお兄さんは宣言通り少し変わっている方だった。
「いや、助かったよ。開店日は決まっているし、今からでは研究しても間に合わなかったからね。ボディクリームは実にいい着目点だと思うよ。元々君が使っていたクリームと、うちの製品は似ている所が多いからね。実用まで時間が掛からなくてすむのは正直ありがたいな」
ミレーヌさんと同じ黒髪で、泣き黒子が印象的なお兄さんは妖しい色気を漂わせる美人さんでした。
女性的ではなくて、ちゃんと男の人なんだけど、なんというか、エロさが溢れてる。
向ける視線が全部流し目っぽいし、薄っすらと施した化粧がまたすごく似合っている。
そして、なぜか自分の前に鏡を置いて、会話の半分は鏡の自分に話しかけていた。それも角度を変えて何度もチェックするように。
これは、アレだ。自分大好き人間だ。
鏡の自分を見ては悩ましげなため息を吐いて「やはり美しい」「罪深い美しさだ」とか独り言を呟くのは、ちょっとアレだけど。まぁ、これだけ美人なら自分に見惚れるのも有りかもしれない。
害はないので別にいいけど、商談の度にこれじゃ怒る人もいるんじゃないだろうかと心配になる。
「ごめんなさいね。これでも、ちゃんと話は頭に入ってるのよ」
ミレーヌさんの苦笑いに大丈夫と笑顔を返す。
自分の顔に見惚れているだけで、ちゃんと商談は進んでいるのだから全く問題はない。
あるとすれば、後継者問題くらいじゃないだろうか。
これだけ自分大好きだと、結婚相手が見つからないんじゃないかと思うが、よそ様の事なので心配しても仕方ない。
ミレーヌさんは要らぬ苦労がありそうだなぁとは思う。お疲れのようなら『ほぐし屋にゃんにゃん』を紹介するのもやぶさかではない。
せっかく経営者のお兄さんに会ったので、化粧品の要望を伝えてみた。
濃いめの色と白に近いチークとか欲しいんだよね。あ、オレンジ系のコンシーラーも欲しい。他にもあれこれ色々。
意外に盛り上がった化粧談義中もお兄さんの視線はほぼ鏡だった。しかも、色んなポーズを取りながらもちゃんと会話が進むのが面白い。
視線が合わないのをいい事に、お兄さんの顔をじっくり眺めてました。
さすがと言うか、化粧品を扱うだけあってお化粧が上手だわ。泣き黒子も化粧だったよ。自然に上手く描けてる。生え際にも少し手が加えられていた。
女装メイクとはやっぱりちょっと違うんだよね。メイクしてもちゃんと男性なの。
強調しない自然メイクって感じかな。
へー、ほー、なるほどー。勉強になりますっ。
「アンナちゃん」
じっと見すぎただろうか。ミレーヌさんが咎めるように私を見て首を振った。
「身内の私が言うのも変だけれど、コレは止めておきなさい」
「………。はい?」
「見目は良いけど、自分以外に興味を欠片も持たない男よ。商会の仕事だって自分が綺麗になる為にやっているようなものよ」
「はぁ……」
「こんなのに惹かれるだけ時間の無駄よ。若さの損失よ。悪い事は言わないからやめておきなさい」
私の両肩をガシッと掴み、すっごい真剣な顔で諭されたけど、そもそもお兄さんに惚れてません。メイクを見ていただけです。
「妹よ、随分な言い方ではないか」
「事実よ。何の脚色もないありのままの真実でしてよ」
「心外だな。僕だって自分以外にも興味はあるさ」
「初耳だわ。一応、聞いて差し上げるわ」
「それはもちろん、この美しい僕よりも美しいものだよ」
自分の腰を左手で抱きしめ、右手で左肩を押さえたポーズは舞台なら映えた事だろう。生憎と室内のソファなので少々滑稽だ。
「部分的に僕よりも美しいものはいるだろう。だが、総合的な美しさで僕よりも優っているものに出会えた事は未だにないのだよ。僕の美しさは究極いや、至高の域に達してしまったのか……。ああ!神は何故、美しすぎるという試練を与えたもうたのかっ!」
ソファから立ち上がり、胸に片手を当て、片手を高く上げて天を仰ぐ。切なげに目を閉じて打ち震える様は、何かの演目のクライマックスのようだ。なかなかに愉快なお人だ。
思わず横のミレーヌさんを見れば、無の表情だった。
苦労されてるんだなぁ。と、少しだけ気の毒に思った。
愉快なお兄さんのせいで、私がお兄さんに見惚れていたという誤解を解き忘れたが、別に言い訳する恋人なんていないので、まぁいいか。
そんな事よりこの臨時収入をどう使うか、そっちの方が重要。悩むわー。
ルカリオ氏頑張り中。
次はやっと帰省して宿題の提出する予定です。
更新が遅れがちですみません。
次話は年内には更新します。