29.王宮侍女は決意する
ロッティちゃんに変身させられた私は逸る気持ちを抑えつつ2階へと急いだ。
2階の1室をロッティちゃんがノックして扉を開けてくれたので続いて入室する。
目的の人物は高そうなソファに座って優雅に紅茶を飲んでいた。その顔がこちらを向いてふわりと微笑んだ。
「髪型も変えたんですね。とても似合って……」
「ルカリオ様っ。お願いがあるんですっ!」
ルカリオさんの言葉を遮った気もするが、そんなのを気にしてられないぐらいに最重要案件を伝えたかった。
良く見えるように両手を突き出して手の平に乗る小さな容器を見せる。
「これ。この魔法粉って商品なんですが、シルベルタ帝国から輸入できませんか!?」
ロッティちゃんから借りた商品を見せながら、これがいかに魅力的で素晴らしい物かを口早に説明する。
さっき試した限り口紅やチーク等とも馴染みが良かった。白粉に混ぜて薄くデコルテとかに塗ったら綺麗じゃない?
試してみたい事がたくさんある。楽しそう!
「アンナさん。話は分かりましたから、落ち着いて」
差し出していた両手がルカリオさんの両手で包まれた。
あ、意外と手が大きい。やっぱり男の人なんだなぁ。
細っそりと見えても節はあるし骨張ってる。
そういえば、手袋も特注なんだろうか。
たまに腕の毛が剛毛で白手袋から薄ら透けて見える人がいたが、あれは剃る訳にもいかないから悩むとこだよね。
筋肉と毛は男の悩み。いや、毛の悩みは共通か。
「確かに、良い商品の様ですね。上司にちゃんと奏上しますので安心してください。ですが、監査等をきちんとしなければならないので、直ぐにという訳ではいかないとは思います。すみません」
「いえ、はい……」
思考が別方向に流れたせいで冷静になれた。
けっこう失礼な言動をしたのに咎めないルカリオさんって懐が深い。良い人だなぁ。
「ありがとうございます。今更ですが、失礼な態度をお許しください」
営業スマイルを浮かべそっと手を離して一歩離れるように距離を取る。
ヤバいヤバい。距離が近かった。
静かに怒る姉の顔が浮かんだわ。淑女、淑女っと。
おほほほと笑いつつ、借りてた魔法粉をロッティちゃんに返す。
「この恋愛音痴が」
「アンナちゃん。今度、恋愛小説貸してあげるわ」
なぜかロッティちゃんに舌打ちされ、ジュディちゃんから残念そうな目をされた。
特に興味ないからいいよ?と返すと2人して深々とため息を吐く。
なんだ。言いたいことあるんなら言ってくんないかな。
遅ればせながら、ソファの向かいに座るダラパール氏に不作法を詫びて挨拶をする。
気にしないと闊達に笑ったダラパールさんは、特徴的な細く長い鼻髭を生やした痩せた中年だったが、活き活きとした目がなんだか少年の様でもあった。
鼻の下にある特徴的な髭は細く、毛先がくるりと円を描いている。癖なのか話す度に口端辺りから毛先へと指を滑らせていた。
伸ばして全長を測りたいのは私だけだろうか。
後でルカリオさんにも聞いてみたい。
薦められるままにソファに座ったが、なぜにルカリオさんのすぐ横に座らされているんだろう。
距離近くない?体温を感じる距離って近くない?
あ、でもデート(仮)だから、いいのか。
さっきのルカリオさんの暖かった手を思い出して、自分の手を握ったり開いたりしてみる。
やっぱり、男の人なんだよね。
当たり前なんだけど、女装の方に馴染みがあるせいでロッティちゃんたちと同じ感じで見てたけど、男の人なんだ。
だからと言って接し方が変わる訳でもないんだけど。
………まぁ、いいか。
ルカリオさんの用件は、秋用のドレスの発注だった。
ダラパールさんは女装に理解があるので、キチンと男性の体に合わせて作ってくれる。もちろん、普段は女性用のドレスや男性用のフォーマル服もデザインしている。
乙女たちのお茶会でのドレスの半数がダラパールさんの作品らしい。
クリフォード侯爵とも懇意で、今回は公爵様の紹介なんだって。
部屋に置かれたトルソーには3着の新作ドレスが着せられていた。
右は、濃いベージュの生地のドレス。スカートのたっぷりとしたドレープの下から濃い茶や赤茶のフリルが色づいた秋の葉のように見える。
真ん中は、晩秋の夕暮れのような赤から紫のグラデーションのドレス。デコルテや腕の部分が黒に近い紫色の豪華なレースになっている。
左は、夜空のような光沢のある藍色のドレス。左肩に真珠色の布で作られた大輪の花がありまるで満月の様だった。更に星のような小さな花弁が腰までを彩っている。
これらを基にして、お客の要望を聞きつつ改良していくらしい。
どのドレスも形が新しく派手だが品がある。
ダラパール氏のドレスは新しい物好きの若い世代にウケが良いが、保守派なおばちゃん世代には眉をしかめる人もいる。
夜のお茶会には変身願望のある男性しかいないので安心して着れる。
ルカリオさんならベージュのドレスが似合いそう。でも、藍色も捨て難い。
だとしたらどんなメイクが良いだろう。今日買った秋の新色が似合いそうだなぁ。
そんな事を考えながらドレスをじっくりと眺めていたら、横から声をかけられた。
「ーーー。アンナさんお願いできますか?」
「え?はい」
反射的に答えたら「ありがとう」と良い笑顔でお礼を言われた。
やべ。聞いてなかった。
なんの話か聞こうとしたら、右手をジュディちゃんに掴まれた。引かれるまま立ち上がれば、そのまま更衣室に連れて行かれる。
「え?なに?何?」
「やっぱり聞いてなかったわね。試着よ、試着」
なぜに試着?と首をひねる。
普通、トルソーだけじゃ分かりづらいところがあるから着て確かめるらしい。生憎と今日のルカリオさんは男装なので私が頼まれていたそうだ。
なるほど。聞き逃したのはそれか。
「でも、私がモデルでいいのかな」
「大丈夫よ。似たような絶壁じゃないの」
ジュディちゃん、それ全然慰めてないからっ!
男の人に比べればちゃんとあるからっ!あ〜、でも、筋肉美に取り憑かれたムキムキマッチョとはいい勝負かもしれない。………って、そんなわけないからっ。
色々と思うところはあれど、試着はとても楽しかったです。新作ドレスなんて着る機会なんて滅多にないしね。
ちなみに詰め物はしてません。
試着や着替えをしている間にドレスの注文は終わったようだ。
試着室から出ると、デザイン画を抱えたダラパールさんが早速仕事にかかると退室するところだった。
「先生は仕事中毒なのよ」とジュディちゃんが苦笑いしていた。
同じ仕事中毒の疑いがあるロッティちゃんから「お疲れ」と出されたお茶とお菓子は美味しかったです。
注文したドレスの話をして、帰ることになった時、鏡に映った自分が目に入り慌てた。
「ロッティちゃん、これ、このワンピース着替えなきゃ」
うっかり着て帰るところだった。危ない危ない。
さっきの試着の後に素の服に着替えれば良かった。二度手間じゃないか。
「いいのよ。はい」
差し出された紙袋を受け取ってみれば、私が着てきたワンピースと帽子が入れられている。
顔を上げるのと同時に頭に帽子が乗せられる。
「今日一日付き合ってくれたお礼です。とても良く似合ってますよ」
ルカリオさんが爽やか笑顔が眩しい。
驚いて被せられた帽子を手に取れば、ワンピースとお揃いで作られた事が分かる。
え?お礼ってワンピースと帽子のセット!?
ダラパール氏の服って結構高いのよ?
「いえ、こんな高価な物を貰えませんよ。だって私も楽しく買い物しちゃいましたから」
「気に入りませんでしたか?とても可愛いのに」
「いえ、そう言う事じゃなくて、私には勿体ないというか、分不相応というか…」
どう言えばいいんだろう。
私も楽しんだ買い物で一方的にお礼を貰うのは違う気がする。
「アンナ。そのワンピース、先生じゃなくて私の作品よ」
ロッティちゃんが得意げな顔で教えてくれた。
弟子の作品でそんな高い物ではないから気軽に受け取れと言われても気が引ける。でも、これを突き返すのはルカリオさんにもロッティちゃんにも失礼だろう。
「ルカリオ様、素敵なプレゼントをありがとうございます。次のお茶会では一層気合を入れて、誰よりも美しく仕上げますので期待していてください」
同等のお返しは出来ない以上、技術で返すしかあるまいっ!
任せて!誰よりも、マリアンヌ様よりも可愛く美人に仕上げて見せましょう!
決意に燃える私を見て、ロッティちゃんが呆れた目を向け、ジュディちゃんは困ったように首を振った。
?なに?
二人の反応が分からない私は、声を上げずに笑っているルカリオさんに促されて店を出た。
微妙な顔だったのだろう。ルカリオさんが私の頬を手の甲でするりと撫でた。
「期待しています」
なんで頬を撫でられたのか分からん。
しかも、いつもと視線が違う気がする。なんかむずむずすると言うか、落ち着かない。
なんだこれ。
このモヤッとした感情をどう聞いたらいいのか分からず、馬車乗り場まで送ってもらう。
何度も自分の馬車で送ると言ってくれたが、伯爵家の馬車に乗ってたのが知られると面倒くさい気がするので丁重にお断りした。
ルカリオさんも私と変な噂がたつのは本意ではないだろうしね。
「アンナさんとの噂なら気にしませんよ」
「そこは気にしましょう?」
虫除けにしても相手は選ぼう?
ルカリオさんならそれなりに選べるだろうに。
んー。でも、女装趣味を知ってる私は虫除けに最適なのかな。
いや、でも本命ができた時に拗れるんじゃない?
ややこしいのは勘弁してほしい。
「虫除けにしても、貧乏男爵家の私には荷が重いですし、意味が無いのではないですか?」
持ってもらっていた紙袋を受け取ると、定期便の馬車がやってくるのが見えた。
「意外と手強い」
「え?何か言いました?」
小さい声だったのでまたしても聞き逃したかと心配したが、ルカリオさんはふんわりと笑うだけだった。
そして、空いていた私の右手をすくい取ると流れるように指先に唇を落とした。
「!!!!」
何が起きた……。
驚きに硬直する私にルカリオさんが今日一番の笑顔を向ける。
「次から本腰を入れて頑張ります。覚悟しててくださいね」
どんな返事をしたのか、してないのかも覚えていない。
呆然とする私をエスコートして馬車に乗せると、窓の外から手を振って見送ってくれた。
辛うじて頭を下げれたが、部屋に帰りつくまで何も考えられなかった。
なんだ、アレ。
デートの終わりってあんな事するの?
白昼夢でも見た……?いやいやいや……あれ?
ルカリオさんの行動の意味が分からないまま、ワンピースから部屋着に着替える。
頭を空っぽにしても体は動いてくれた。
脱いだワンピースを吊るし、買った化粧品を専用の化粧箱に収納する。片付けが終わってベッドに座わると、掛けたワンピースを見る。
何と言ってたっけ。
確か次は頑張るとか、本腰を入れるとか。
…………………。あ、そうか。本格的に女装に力を入れるって事か!
なるほど、なるほど。
そんなにハマったんだ、女装。下地がいいから、けっこうな美人さんに変身できるもんね。
今日の買い物もノリノリだったし。
そういう事か。
今日のワンピースのお返しも兼ねて、宣言通りとびっきりの美人さんにしてあげなきゃね。
秋のお茶会までにまだまだ腕を磨かなきゃいけないな。
よし!やる気出てきた!頑張るぞ!
【デート】恋愛目的の交際という意味以外にも、単純に異性同性家族問わず遊びに行くことを「デートする」と表現する場合もある。(by Wikipedia)
うん。間違ってない。デートです( ̄▽ ̄)
魔法粉については、アンナが願わずとも、目の肥えた商人が新商品を見逃すとは思えませんので、すでに申請がされてる可能性も高いです。
次話もちょっとお時間頂きます。2割しか書けてません。




