28.王宮侍女は剥かれる
昼からは事前にルカリオさんが予約していたアトリエ【ダラパール】にやってきました。
『美魔女作成隊』のジュディちゃんとロッティちゃんが働いている仕立て屋さん。
噂には聞いていたが店舗を訪れるのは初めてだ。
なんかもうここだけ異空間というか周囲から浮いてる。だから、大通りから少し離れてるのかと納得してしまった。
サーモンピンクの壁には同色の波がうねった装飾が一面にされている。そのうねりを活かして一筆書きのように店名が浮き出てるんだけど、これ一見では分からないんじゃないだろうか。
腕の形にも見える取手を持ってルカリオさんがドアを開けてくれた。
前衛的な外観と違い、店内は明るくスッキリと落ち着いた雰囲気だった。
テーブルセットや柱が流線を描いてるぐらいだが、控えめなのでそんなに気にならない。
左端にある螺旋階段の手すり部分には薔薇の蔦が絡まったような装飾がある。所々に咲く薔薇を見ると花弁の隙間が埋まっていて掃除が楽そうだなと思った。
「いらっしゃいませ、ガルシアン様」
奥からやってきたのは薄紫のワンピースを着たロッティちゃんだった。右肩にある柔らかな布のふんわりとしたリボンが可愛い。
見知った顔に嬉しくなってルカリオさんの後ろから手を振ったら、ぐわっと目を見開いてあっという間に距離を詰めてきた。
ロッティちゃんは私の両肩をガシッと掴み、真顔で顔を突き合わせてくる。
近いし、怖い。ちょっと離れよう?
「アンナっ。去年の型落ちでうちの店に来るとはいい度胸じゃないの」
「うわ。速攻でバレた」
「当たり前でしょ。流行の先端を切り拓く先生の自称一番弟子なのよ!一目見れば分かるわよっ」
「さすがロッティちゃん。ひゅーひゅー、すごぉい」
「誤魔化してんじゃねぇぞ。ちょっと来い。ひん剥いてやる」
襟首を掴まれて文字通り引き摺られて行く。
猫じゃないんだからやめて。人間扱いして。
「まっ、待とう!今日は客だから。ねぇってば」
「ガルシアン様。少しの間、この子をお借りしますわ。ジュディ、ご案内して」
逃げようとする私の耳元で「この場でひん剥かれてぇか」低い声でロッティちゃんに脅され、抵抗をやめた。
男が出てるよ、ロッティちゃん。怖くて指摘できないけど。
「アンナさん。先に行ってるから、頑張って」
やってきたジュディちゃんに先導されたルカリオさんは、殺伐とした雰囲気を全く感じでいないのか穏やかに微笑んで2階へ行ってしまった。
薄情者め。
1階の奥にある小部屋で文字通りひん剥かれた私はロッティちゃん見立てのワンピースを着ている。
「本当に残念な胸よね。ちゃんと育ててもらいなさい」と余計な一言をもらったけれど。
悲しいことに育ててもらう相手なんていませんよ。ふーんだ。
水色をベースに薄紫の飾りが散りばめられたちょっと大人っぽいワンピース。
袖の部分がレースになっていて、ウエストの斜め前に上品なリボンがある。スカートの裾もレースがあって軽やかに見える。
「今年の夏はリボンよ。それも大人可愛いリボン。沢山はダメよ。シンプルで可愛くよ」
洋服大好きなロッティちゃんは着せながらも説明が止まらない。
着替え終われば流れるように鏡台の前に座らされた。あっという間にデコルテに布をかけられて化粧を落とされる。
「流行は生物よ。生きてるの!去年の服をそのまま着るなんてあり得ないわ。買い換えなくても手直しできるでしょう!?あんたもチームの一員なら流行に敏感になんなさい。女って性別に胡座かいてサボってちゃダメなのよっ」
「別に胡座かいてないもん。手直しする暇が無かっただけだもん」
「もん♪じゃねぇよ。アンナのくせに可愛こぶんな。時間なんざ作るもんなんだよ」
ご高説はごもっともだが、刺繍したり姉のとこに行ったり忙しかったんだい。という言い訳は命が惜しいので飲み込んだ。
だからコメカミをグリグリしないで。痛い痛い痛い。
「なんでガルシアン様といるのか知らないけど、仮にも良い男と出かけるのに化粧に手を抜かないの。髪型もいつも通りとか舐めてんの?女辞めてんの?」
どこかで似た言葉を聞いた気がする。
すみません。女辞めてません。
「だって変に気合いが入ってる方が恥ずかしくない?」
「はぁ!?馬鹿?馬鹿なの?馬鹿なのね。どんな状態だろうと異性と出かけるのに手を抜くなんてあり得ないわ。相手を惚れさせる勢いで気合い入れていきなさいっ」
言葉は荒めなのに髪を解いて櫛で梳く手つきは優しい。
なるほど。肉食女子達が毎度あんなにギラギラしている理由がなんとなく分かった気がする。
たぶん私には無理だ。
「今年の夏は大人可愛くがコンセプトよ。あら、編み込んでたせいでゆるく跡がついていいわね。ハーフアップにしちゃいましょう。髪留め貸してあげる」
側面の髪を取り二束に分けてくるくると巻いて後ろで留められる。巻いた部分から髪を少しずつ引き出せば遊びがでて、自然な感じがする。
「ほら。髪型変えるだけでも違うでしょ?いっつも編み込んでんだからこんな時ぐらいふわっとさせなさいよ。若さを前面に出すのよ!年取ったら可愛い髪型なんてしづらくなるんだからね」
「はぁい」
「気ぃ抜けた返事すんじゃねぇよ。犯すぞ」
耳元で低い声で囁かれたあげく、ふぅと息を吹きかけられて、耳からぞわっとしたものが全身に広がった。
咄嗟に、左耳を手で塞いでロッティちゃんを振り向く。
はらりと落ちた横髪を耳にかける仕草はドキッとするぐらい色っぽく、楽しそうに細められた目は正に小悪魔的で可愛い。口から出た台詞がなければ、だが。
「ロ、ロロロロッティちゃんは、お女の子なんだよねっ」
「はぁ?」
何言ってんの?って顔してるけど、こっちが聞きたいよ。
なんでさっきからちょくちょく男っぽいの。
「見かけは女の子だけど心はちゃんと男性よ。女装は趣味だから安心してね」
全くもって安心できない言葉ですが?
何?どゆこと。
つまりロッティちゃんは男なの?美少女な見た目なのに?
混乱する私の肩に手を添えて椅子に座り直される。そのまま化粧水を満遍なく叩かれ、基礎メイクをされていく。
「ほら、私って可愛いじゃない?その辺の女には負けないぐらいの美少女でしょ。なのに華が少ない男装なんてもったいないわよ。人類の損失よね。
はい。目を閉じて。
世界の美の為にも、私は女装して美しく装っているの。美しければ男装でも全然問題無いけれど、生憎と私のこの美貌に見合うだけの衣装が少ないのよね。そうなると自然と女装が多くなるのよ。
はい、目を開けて、上見て。
可憐で可愛くて天使な私が美しい所作を身につけたらもう完璧でしょ。最強よね。
女装でも男装でも天使な私の美貌ってば罪作りだと思わない?思うわよね。当然よね。
あ、女の子も抱けるけど、男の子もイケるわよ?あくまでも抱く方ね。抱かれる趣味はないから。そこ間違えないでね。
ほら、開いた口閉じて。これ噛んで。
処女とか面倒くさいから抱かないけど、アンナならもらってあげるわよ?捨てたくなったら声かけなさいね。
はい、完成」
フルメイクが完成するまでにロッティちゃん情報が凄い勢いで更新された気がする。情報過多で思考が追いつきません。所々不穏というか失礼な言葉があった気がする。
ロッティちゃんとそういう関係になったら、見かけは女性同士で中身は男女になるんだよね。ロッティちゃんが男で私が女だから別に問題ないのか?
それ以前に自分より美人なロッティちゃんとするのはちょっと精神的に無理じゃない?
というか、下着からダメ出しされて美容講座が始まりそうな気がする。気じゃない、たぶんそうなる。断言してもいい。
とりあえず、聞かなかった事にしよう。心の平穏の為にもそれがいい。
改めて鏡の中の自分を見る。
ふわりとした髪型は可愛く、お化粧は落ち着いた色合いだがチークと口紅でほんのり甘めになっている。
頬にそっと触れてみる。
「これが、私?」
「……一度言ってみたかったんでしょ」
「分かる?やっぱりお約束だよね」
2人で顔を見合わせてケラケラと笑った。
いやー、おじさまの気持ちがちょっと分かった様な気がするわ。
人にやってもらうとまた違うよね。
目元なんてキラキラと………。
「ええっ!?ロッティちゃん!これ、ここ!このキラキラ。まさか宝石粉!?」
目尻にあるキラキラはまさか宝石粉!?
侯爵家でも見たけど、怖くて使えなかったアレだよね。
驚く私を見て、ロッティちゃんは鏡越しにニンマリと笑った。
「いいでしょ〜。私の信奉者からの貢物。でもコレ、宝石粉じゃないんだなぁ」
「うっそぉ!どう見ても宝石粉だよ」
「実はね、シベルタ帝国で最近発売されてた魔法粉って言うの。原料が帝国内にある鉱石なのよ。大量に獲れるし、脆くて割れやすいから加工もしやすいんですって」
あー、なるほど。だから宝石粉よりも色味が少ないんだ。でもキラキラ感はあるし、宝石粉より細かい。
代用品としては十分だよ。
「でも、帝国産ならお高いんじゃない?」
「そこがネックなのよね。それでも宝石粉の4分の1の値段なのよ」
「安っ。いいなー、欲しい」
最近という事はまだ流通して間もないのかもしれない。ソレイユ商会では見なかったもの。まだ時期を見てるとか?
あー、でもいいな。これ欲しいな。
帝国産。
流通。
関税。
外交問題。
いるじゃん!適任者が!
ほぼロッティちゃんと戯れてます。あれ?デートは?
アンナですから。仕方ない仕方ない。
この世界に魔法はありません。お伽話や童話にはあります。
魔法粉の意味は「これを付けると魔法にかかったように綺麗になれる」というキャッチコピーからと、宝石粉に対抗して名付けられました。




