3.王宮侍女は休日を楽しむ
今日は久々の休日。
やってきたのは城下町。
目的はハンドクリーム。
一応、貴族令嬢(笑)なんで手荒れは天敵ですよ。おばちゃん情報で安くてよく効くハンドクリームを教えてもらった。量もあるので、ちまちま塗っても2ヶ月は保ちそうで嬉しい。
さすがおばちゃん。ビバおばちゃん。
お礼のプチプレゼントも購入済。気兼ねなく受け取れるけど、自分で買うのは躊躇うような物って意外と難しいよね。
今回は本店限定の蜂蜜バターのボディクリームのミニボトルにしてみました。特別感があってお値段も良心的。
さて。後はどこに行こうかと悩んでいたら、右横の店から見た事のある人が出てきました。
ユリウス・ベネディクト子爵。
今回は珍しく男性と一緒です。友達かな?まさか男もいけるとか言わないよね。洒落にならないところが笑えるわ〜。
素知らぬ振りで通り過ぎようとしたら肩をガシッと掴まれた。
乙女の柔肌に何してくれやがる。
渋々振り向けば、眉間にシワを寄せた子爵様がいた。
そんな顔でも美形とか羨ましいな。
「何を他人の振りして去ろうとしている?」
「………他人ですが?」
思いっきり他人ですが?
何言ってんだ。頭沸いてる?
主従関係なんぞ結んでないぞ。
「目があったなら挨拶ぐらいしていけ」
めんどくさいなぁ。と思いつつ挨拶を済ませてサッサっと帰ろうとすればまた止められた。
おい。なんなんだ。
「お前、本当に女か?俺と会って喜ばないとか女を止めてるんじゃないのか」
失礼な。どこからどう見てもか弱い乙女だろうが。
女性全員が自分に惚れてるなんて思うなよ。
とか思うが顔には出さない。
「オホホホホ。ソンナ、メッソウモナイ。それでは、これで失礼します」
立ち去ろうとしたらまた肩を掴んで止められた。
3回目は流石に眉間にしわが寄るのを抑えられない。
さっきから、なんなんだ一体。
「ちょっと待て。聞きたい事があるから付き合え」
うええええ。なんで。やだ。
めんどくさい。
顔に出てたんだろう。「奢ってやる」の一言に渋々肯いた。
いや、別に奢りに釣られたワケではないよ。
話は聞かないとね。
「ん?香水変えたか?そっちも似合うが、もう少し甘い方が好みだな」
キモっ。お前の好みなんぞ知らんわ。
なんで1〜2回会った女の香水を覚えてるんだ。なんの特技だ。
ああ、そうか。これが……
「ストーカー」
「誰がだ」
お前だ。
子爵の反対側にいた青年がぶふっと笑った。
笑いを堪えているのか、小刻みに肩が揺れている。笑いの沸点が低いのかな。それは人生が楽しそうだ。
とりあえず店に着くまではそっとしておいた。
連れて行かれた店は落ち着いたシックな感じのコーヒー店だった。
ちょっと意外。小洒落たカフェとか女性のたくさんいる所に行くのかと思った。
エスプレッソを頼んだら、子爵から残念そうな目で見られた。
いいじゃん、エスプレッソ。甘ったるい顔が前にあるのに、甘いカフェオレなんぞ飲めるか。
珈琲がくるまでに自己紹介となったが、酷かった。なんせ、共通である子爵が私の名前を知らなかったんだから。
まぁ、名乗った覚えもないから当然だろう。
分かっていて黙って見てたが「あー」だの「うー」だの困ってる様が面白かった。
頃合いを見て自ら自己紹介をする。
「初めまして。アンナ・ロットマンと申します」
にこりと笑うと「お前貴族だったのか!?」と失礼極まりない事を言われた。
なんだと思ってたんだ。喧嘩売ってんなら買うぞ?
「一応、父は男爵を拝命しております」
「なんで貴族令嬢がメイドやってるんだよ」
「さあ?王宮侍女で入ったんですが、先輩に掃除しろって言われたんで」
「それ、虐められてんじゃないのか?」
あ、やっぱり?
そうかな?とは思ってたんだけど、同僚の子もおばちゃんたちも対応を間違えなければいい人ばかりなんで、まぁいいか、と。
「お前がいいならいいけどな」
「それより何かご用でしょうか」
「ああ、悪い。お前に聞きたい事があったんだ。お前、噂とか詳しそうだからな」
なんかトゲのある言い方だな。
私の情報網なんぞ、おばちゃんたちの足元にも及ばない。まだまだ未熟者ですよ。
そこでやっと子爵の隣に座る青年を紹介された。
一見爽やかそうに見える彼は、キングレイ伯爵家の長男のフィンス・キングレイ。
ヘイベル伯爵家の娘と婚約話が出ているんだが、あそこには3姉妹がいて年齢的に誰が候補でもおかしくないらしい。
要はお勧めは誰だ?って話だね。
それ、私に聞く?ただの侍女ですよ?
「嫌ですよ。他人の家の内情を話すとか。私、こう見えて口は堅いんです」
「ただとは言わない」
なぬ?
「ドレスでも贈ってやろうか?」
「着て行くところがないんで結構です」
「宝石は?」
「むっ。んー、換金しにくいんで結構です」
「換金するの前提かっ」
「では、うちのアーデル産の特級ワインでは?」
キングレイ氏が参戦。
なんとワインの名産アーデルを領地にお持ちとはっ!
「2本で!」
「うん。交渉成立だね」
にっこりと微笑むキングレイ氏はやはり見た目だけ爽やか青年らしい。
「ワインかよ…」と子爵が呆れてるが、アーデル産の特級だぞ?プレミアもんだぞ?
タンスの肥やしになるドレスより遥かに価値が高いだろうが。
「お勧めは長女ですね。控えめで大人しい方らしいですよ。次女は止めておいた方がいいです。裏表が激しいし、使用人への当たりが最悪です。女主人には向きません。三女は悪くないけど、まだお若いし末っ子なせいか無自覚我儘です」
キングレイ氏はふむふむと真剣に聞いてくれている。
その態度に免じてもう少し足してやろう。
「長女は前妻の娘なんで後妻と妹2人に冷遇されがちですね。そこを助けてあげればキングレイ様の株も上がりますよ。自信が無くて辛気臭いって言われてますが、磨けば光りますよ、彼女」
焦げ茶色の髪にヘイゼルの瞳の長女は俯く事が多いので、あまり知られてないが顔立ちは整っているので、使用人は磨きたくて仕方ないが、後妻たちの手前中々できないらしい。
「自分の手で変身させるのって楽しくないですか?」
ニヤっと笑えば、キングレイ氏もにっこりと笑って「それ、分かるな」と賛同してくれた。
やっぱりね。そんな感じしたよ。
執着系だよね、貴方。
「お前、本当に詳しいな…」
子爵がなんか言ってるがサクッと無視して、追加のケーキとコーヒーのお代わりを頼んだ。
ついでに持ち帰り用のコーヒー豆も頼む。
いやー、奢りって素晴らしい。
後日、キングレイ伯爵の長男とヘイベル伯爵の長女の婚約が結ばれたとおばちゃんから教えてもらった。
いい事をするって気持ちいいよね。
と、届いた特級ワインに頬擦りして2人を祝ったのは言うまでもない。
特級ワイン2本に1級ワインにチーズまでオマケに付いていた。キングレイ氏、太っ腹!
もちろん1級ワインは早々に飲んだ。うまっ!
今回、休日なので掃除もお休みです。