26.王宮侍女は穴に埋まりたい
うわぁぁぁぁ。恥ずかしい。
なんだ、お嫁に行っちゃヤダって子どもか。18にもなってんのに子どもかっ!
久々にお姉ちゃんに会って、幼児退行でもしたっていうのか。
泣いて駄々こねるとか、成人した淑女のする事じゃないわ。
ぐわあぁぁぁぁ。誰か過去を消してくれ。
朝起きて昨日の自分を思い返して、ベッドの上で転げ回っています。
穴があったら入りたい。むしろ自分で掘ろう。
中に入って反省したら過去が消えないものか。
消えないか。消えないよね。
埋まり損じゃん。掘る労力も無駄じゃん。
良し、忘れよう。
そんで、次会う時は何食わぬ顔でやり過ごそう。
どうせ姉しか見てなかったはず。
昔のアレコレ知ってる姉なら気にしないだろう。……いや、わざと掘り返して精神的ダメージを食らわしてきそうだ。
過去のアレコレは子ども時代だけど、昨日のは大人の私の振る舞いだよ。
うわあぁぁぁ。やっちまったぁ。
穴では無く布団の中に埋まってみる。
程よい弾力と暖かさが気持ちいい。
やばい。寝そう………。
意識が落ちかけた時、窓の外からフシャアァ!という猫の威嚇する声で目を覚ました。
本物のキャットファイトか……平和だなぁ。
抱えていた枕を所定の位置に置いてポンと叩く。
落ち着け、忘れろ、もうこれ以上考えちゃいけない。
すーーふーーと深呼吸をして、ようやく着替える。
早く着替えて朝ご飯食べに行こう。
空腹だからロクな思考にならないんだ。
そうは思いながらも、支度をしながらうっかり昨日の事を思い出して部屋の扉に頭をぶつけた。
まさか、過去の悪戯を白状する日が来るとは思ってもみなかった。
笑顔の姉の圧力に負けて、洗いざらい吐かされた。
デビューしたての妹の可愛い悪戯じゃないか。笑って水に流して欲しかった。
伯爵の紅茶に大量の酢を入れた事は、姉にも兄にも怒られたし、珍しく父さんにまで説教された。食べ物を粗末にしちゃダメだと。
……うん。父さんの説教はちょっと的が外れてたわ。
苦い薬草を粉末にして伯爵の食事に振りかけたら、それもバレて兄たちに説教を食らった。
落とし穴も途中で飽きたから足首ぐらいの深さしかなかったし、けっこう分かりやすく土が盛り上がっていたのに、まさか引っかかるなんて思わないじゃない。あれは転けた伯爵がマヌケなんだと思う。
私だけのせいじゃないのに、姉から延々と諭す様に説教された。
正論故に反論もできずに聞く事しかできない苦痛。
兄の説教はたまに聞き流すが、姉はそれを見抜くのでちゃんと聞く。バレたら後が怖い。
マナーを一からやり直しとか言われなくて良かった。だが、もう一度読み直せとマナー教本を渡された……。
次回の訪問でテストされるらしい。うげっ。
簡略した薄い本で良かった。昔読まされた分厚いあの本はもう読みたくない。
か弱い私に出来る事は、次回の訪問を遅らせる事ぐらいだろう。…いや、遅くなると催促の手紙が来そうで怖い。
………とりあえず、一旦忘れよう。
夏用の制服を着て、両頬を叩いて気合を入れる。
よし!今日も頑張れ私!
通常業務を終えて、今夜は社交シーズン最後の乙女(男)たちのお茶会です。
社交シーズンはまだあるけど、そろそろ暑くなってきたから色々と限界なんだよね。鬘とかドレスとか詰め物とか。汗かくと凄い事になるから。
そんな訳で、今日はクリフォード侯爵家が持つ王都の別邸でお茶会開催です。
さすがクリフォード侯爵家。王都に別邸があるだけでも凄いのに、王領の森林地区に隣接してると言うから驚きだ。
金持ちー。
こんな事でもなければ訪れる事もない豪邸に口が半開きになった。
建物もそうだけど、庭も凄い。
ごめん、表現力が死んでる。
なんて表現したらいいのやら。落ち着いた中にも品があり重厚感のある建物って言うのかな。煌びやかじゃないのに高そうな感じです。
ダメだ。変なグルメ解説者みたいになる。
王宮とか離宮とかの方が敷地も建物も色々凄いけど、あれは国の持ち物なんだから凄いのは当たり前。
対してこちらは個人の持ち物なのに負けてない感がすごいよね。
今回は侯爵夫人も令嬢も来ていて、明日はメイクをしてから帰ってねと言われている。アイメイクがよほどお気に召したらしい。
侯爵家の侍女さんたちが毎回食い入るように見るので、次回からは私は必要ないかもしれない。
そうすると、こちらの仕事も減っちゃうかな。
臨時収入が減るのは痛いので、もっと勉強しなきゃね。がーんばろ。
明日は休みじゃないんだけど、王宮の侍女長には話を通してくれてるから心配要らないらしい。
侯爵様の気遣いはありがたいんだけど、最近気になる事があって素直に喜べないというか、なんというか。うーーーん。
「悩み事ですか?」
ルカリオさんの声にはっと意識を戻す。
しまった。
鬘を付け終えて、ベースを塗りながら考え事をしてしまったがちゃんとカバー色まで塗り終えてる。
無意識に手が動くって我ながら凄いな。
「失礼しました。少し考え事をしてしまいました」
「珍しいね」
ルカリオさんがくくっと目を細めて笑う。
鬘を付けた状態なので、イケメンなのか美女なのか悩むところ。
どちらにしても絵になりますですこと。うらやま。
姉に会って、ちょっと気が抜けたのかな。仕事と私事は別物。気をつけなきゃ。
最近ね、悩み事というか、ちょっと仕事でもやっとする事が増えたんだよね。
例えばこの前の温室みたいな、え?ここを1人で?って感じのことが増えた。
掃除場所に行ったら一緒のはずの人がいなかったり、遅れてきたりする。後で聞いたら場所を間違えてたとか直前で変更になったとか。
休憩室に行って椅子に座ったら入れ替わりに人がいなくなったり。ぼそっと悪態つかれたり。
勘違いかもしれないし、でも何か引っかかるような、なんて言うのかな違和感?疎外感?
声高に言うほどじゃない。でも、なんか気持ち悪い。
もやっとする。
私、なんかしたかなぁ。
おっと、いかん。仕事中だ。
眉を描いて、アイラインをちょっと太めに、アイシャドウで陰影をつけて目を大きく見せる。
目の下にも明るい色をほんのりと乗せるだけでちょっと色っぽくなる。悪戯心が湧いて泣き黒子も描いてみた。
輪郭の部分にも影をつけてボカして輪郭を柔らかく見せる。横髪を軽く下ろして輪郭に沿わせれば完璧。
ルカリオさんの顔の形は面長なので頬骨より少し下にチークを入れる。
紫を少しだけ混ぜた赤の口紅を塗って、色気のある美人さんの出来上がり。
今回も満足です。
仕上げに鬘の髪を整えていたら、上目遣いでこちらを見てきた。
そうか、こういう仕草に男はやられるのかもしれない。勉強になります。
活用される日がくるとは思えないけどね。
「気分転換にデートをしませんか?」
「はえ?…………えっ!?」
あまりに予想外の言葉に妙な声が出たが、そんな事に構ってられない。
なんですと!?
デートって、誰と誰が!?
え?どういう事?
混乱して呆然と見つめ返す私に、ルカリオさんはくすりと微笑む。
「デートと言うのは建前で、買い物に付き合ってくれませんか?服やアクセサリーなどを見てみたいのですが、流石に男1人で行くには恥ずかしいので」
ああ、なんだ。そういう事ね。
ビックリした。うっかりときめいたわ。
確かに、あの女性だらけの中に男1人は浮くし、買うのも難しいだろうしね。
しっかし、本当にハマったんだね、女装。
「そういう事でしたら、喜んで」
これってデートに数えていいのかな。
言ってしまえば買い物の付き添いだけど、名目はデート。
人生初デートですよ。すごいすごい。
本当は違うけど、まぁいいや。
私も新色とか見れるし、ちょっと楽しみ。
次話はアンナの初デート(?)です。




