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24.王宮侍女は退場したい

他者視点から始まります。


オルランド王国の王都ランドリアは、王宮を中心に広がった貴族街と、更に広げた市民街で出来ており、扇に近い形になっている。

王宮の背後には離宮を含む庭園と王領の森があり、その先は神域とされるカプノース山がそびえ、山を越えた北側には小国が2つあるが、カプノース山が険しくほぼ国交はない。

西側はクレール海、東側と南側の半分はシベルタ帝国があり、南西にキノウ公国がある。

帝国とも公国とも国交はあり、表面上はとても友好で平和な日々が続いている。


貴族街は壁で囲まれており4つの門が市民街と繋がっており、門から伸びた通りは大通りとして栄えている。

そんな大通りの一つ横にとある職人通りがある。

貴族街に近いそこは、貴族や富裕層向けの商品を作る職人たちが店を連ねている。

武器・防具を作る鍛冶屋や、金属を扱う彫金師、家具職人、陶器職人等々。高価な物を扱うので警備兵の巡回も多く、市民街でも安心・安全な区間となっている。


王宮の騎士や兵士たちが手にする武器や防具を扱う鍛冶屋の一つ、『ドルトン』もその通りにあった。

60年以上も大きな戦もない平和な世の中なので、軍事需要などの大儲けは無いが研ぎや補修などは毎月あるし、成人の祝いなどに贈る飾り剣等の注文もある。

老舗である『ドルトン』は信頼も実績もあるが、そこに胡座をかく事なく研鑽を積んでいる。

そんな実家が誇りでもあるサラは今日も今日とて店番をやっていた。


小さな店頭には物は並べず、客の注文に応じて商品を出していく形式だ。

外注が主なので、店を訪れる買い物客は少ない。女のサラは鍛冶場には立てないので、せめてもと店番や帳簿付を手伝わせてもらっている。

男だったら鍛冶場に入れるのに。と、武器が大好きなサラはため息をつきながらも、祖父が打った小剣をうっとりと眺めていた。



チリリンと軽やかなドアベルが鳴り、1人の客が入ってきた。

どこかに仕える侍女だろうか。茶色の髪を編み込んで後ろでまとめており、簡素ながら質の良い服を着ている。


「いらっしゃいませ」


笑顔で接客すれば「警備兵長のグレッグさんの紹介で来ました」と告げられた。

ああ、王宮の侍女さんかな。

王宮の警備兵長のグレッグさんは、10年前はまだ一兵卒でよくうちに注文依頼に来ていた人だ。

厳つい顔をしているのに子ども好きで、昔はよく構ってくれていた。今でもたまにやってきては娘さんの自慢話なんかをしていくほどの溺愛パパになっている。多少ウザいが信頼出来る人で、こんな風に口コミでうちの店を紹介してくれる。


「グレッグさんのご紹介ですね。ありがとうございます。何を御所望ですか?」

「護身用の剣はありますか?貴族のご婦人用なのですが」

「ええ。ございます。何かご希望はございますか?」


婦人用ならば、凝った装飾とか、この宝石を嵌めたいとかが多い。

侍女さんはしばらく考えると、とても真剣な顔で口を開いた。


「なるべく殺傷能力が高くて、一撃で仕留められる物がいいです。持ち歩きたいので、細身で軽い物ってありますか?」


ん?ご婦人用って聞いたはずなんだけど。

殺傷能力ってナニ?


「当方の刃物はどれも切れ味抜群ですよ」

「その中でも一撃必殺で殺れる得物を希望です」

「えっとぉ……」


そのご婦人は何と戦う予定なの?

なんだか侍女さんの目も据わってるし、お家騒動とか?

やだなぁ。そんな事にうちの武器を使わないでよね。


「護身用、ですよね?」

「もちろんです」


恐る恐る尋ねると真面目な顔でキッパリと信用ならない答えが返ってた。

どうしよう。

迷ったけど、断る理由が思いつかない。仕方なく何点か護身用の小剣を出す。


グレッグさん、本当に信用してるからねっ。何かあったら責任取ってよ〜〜。

嫌な汗をかきながらも、婦人用に装飾された小剣の説明をしていく。

それをとても真剣な顔で聞いてくれるので、こっちもちょっと熱が入って実用的な切れ味抜群の物まで出してしまった。

早まったかな〜。

商談用に置いてるテーブルに商品を並べて、侍女さんには椅子を勧めて座ってもらう。


「ゆっくりとお選びください。分からない事がありましたらお声をお掛けください」


来客用の紅茶を置いて、そそくさとカウンターへと戻る。

侍女さんは親の仇を見るような表情で小剣をじっくりと見ている。

時折聞こえる「急所を付けば」とか「一撃で」とか物騒な独り言は全力で聞かないフリをした。

グレッグさんっ!本当に信用してるからねっ!



侍女さんは、何点か質問した後は3本に絞って悩んでいる。

すごい集中力。というか、圧が怖い。

なんだろう。本当に親の仇じゃないよね?

グレッグさんに祈ってみるが、娘ラブのデレ顔しか思い出せない。

思わずため息を、吐きかけた時ドアベルがチリリンと鳴った。


「いらっしゃい…ま……せ……」


慌てて笑顔を向ければ、そこにいたのは懐かしい人だった。


「…ジム……。あっ、失礼しました」

「いや、いい。いつも通り呼んでくれ」


ジムはそう言って笑う。

その笑顔を見るのは少し辛い。喉の奥から苦いものが溢れてきそうで、無理矢理笑った。


「そんなワケにはいきませんよ。それで、今日はどうしました?」

「サラ。君に伝えたい事があって来たんだ…」

「…御用がないのならお帰りください」


私の言葉に傷ついた顔をしないで。

私の方が傷ついたのに。どうしてアナタがそんな顔をするの。


ジムの本当の名前はジェームズ・チェイサー。この国の西側、クレール海を渡った先にあるミナルク王国の伯爵のご子息で、本当なら私なんかが気安く話しかけちゃいけない人だった。


縁があってこの国で働いていた彼と私は一年前にひょんな事で知り合い、惹かれて付き合うようになった。もちろん、彼が貴族だなんて知らなくて、変装していた彼をちょっと裕福な家ぐらいにしか思ってなかった。

本気で好きになって、初めて彼と一つになれた4日後に彼が他国の貴族だと知った。

貴族と平民は結婚なんて出来ない。それに彼はミナルク王国の人間なんだからいずれ帰ってしまう。


彼の同僚の人がわざわざ店まで来て教えてくれた。ミナルク王国には彼の婚約者がいる事も、私とは遊びだった事も。

泣いて、泣いて、泣き明かして、決死の覚悟で彼に別れを告げたのに、どうしてまた現れるの。

私の気持ちをかき回さないで欲しいと思うのに、会えて嬉しいと胸の奥が苦しくなる。


「サラ。君を、愛してる」


ジムが伸ばした手を、首を振って拒絶する。


「うそっ!婚約者がいるくせにっ」

「そんなものいない。マルクの嘘だ。アイツの言った事は全部嘘だ」


必死に告げるその言葉に縋りたくなる。

でも……


「アナタが貴族なのは本当じゃない……………身分が違うのよ…」

「……捨てて来た」

「え?」


ぽつりと呟いた声を聞き返す。

なんて言ったの?


「国に帰って身分を捨ててきた。平民になったオレは嫌いかい?」


ジムの言葉に驚き過ぎて言葉が出ない。

身分を捨てた?私の為に?

貴族の身分を捨ててまで、私を選んでくれるっていうの?

神様。これは私の願望?それとも、夢?


「本当に?」

「ああ。サラと一緒になれないなら身分なんて要らない」


震えた声で問えば、付き合っていた時によく見ていた眩しい笑顔で答えてくれる。

なんて、こと。

両手で口を押さえないと悲鳴を上げて泣き出してしまいそう。

ああ、神様。

ジムが私を真っ直ぐに見つめてくる。


「愛してるんだ」

「………ジムっ」


広げたその腕の中に駆け込めば、逞しい腕でしっかりと抱きしめてくれる。

ああ、この匂い。大好きなジムの匂いだわ。

嬉しくて嬉しくて、涙も気持ちも溢れ出して止まらない。


「私も、私も愛してるわっ」

「ああ、サラっ。愛してるよ。もう離さない」

「離さないで。ああ、ジム。ジム、愛してるわ」


私たちは愛の言葉を交わしながら、熱い口付けを交わしたのだった。


 ◆ END ◆






ちょっと待てぇぇーーーー!!


あんたたち、客がいる事を忘れてるね?完全に忘れてるよね!


いきなり始まった恋愛劇は目の前でフィナーレを迎えようとしている。

なんだ、私は観客か?涙ぐんで拍手でもしろと?ふざけんな。


ようやく決まったのでお会計をと思ったら、やってきた客と店員さんが何やら深刻そうな雰囲気だったので空気を読んで気配を消していたらコレだ。

最悪な事に、店の出入口は彼らの向こう側だ。出れないなら仕方ない、少し待っていようと思っていたが、終わる気配が一向に無い。

盛り上がって濃厚なキスをする2人の鼻先にこの小剣を突き立ててやりたい。

いやいや、それでは刃傷沙汰だし、相手の男に返り討ちにあいそうだ。

私はか弱いただの侍女だしね。無理無理。



おいおいお兄さん、店員さんの服の裾に手が入ってますよ。

それ以上は寝室でやってくれ。その前に私に買い物をさせろ。

そして店を閉店させてから思う存分イチャつきやがるがよろしいんじゃございませんですか?


お互いを抱きしめ合い深く口付けする恋人たちに向かって強めに拍手を贈る。

気分的には付き合いで行った面白くもない舞台後のカーテンコールだ。


そこでやっと私の存在を思い出した2人がこちらを向く。

店員さんは真っ赤になって慌てて離れようとするが、男の手がガッシリと腰を抱いていてそれを阻んでいた。

諦めろ店員さん。


「おめでとうございます。恋人になった瞬間に立ち合えるなんて滅多にない経験をさせて頂きましたわ。お邪魔虫は退散したいのだけれど、これの精算をして頂ける?」

「はっはいっ!すみません、今すぐに」


店員さんが慌てて私が差し出した小剣を受け取りカウンターへと戻って行く。

少し乱れたその背中に追加注文を投げかけた。


「贈り物ですので、包装の上リボンを掛けていただけますか?ああ、こちらの工房の封蝋もお願いしますね」


贈り物以外では包装などしないし、リボンなんて婦人用でなければかける事はない。

工房の封蝋にしても、工房の宣伝にはなるが蝋を炙って垂らして刻印を押して冷ましてと、ちょっと面倒くさいので急いでる時は嫌がられる。


もちろん、嫌がらせだ。


ほんのちょっと2人っきりになる時間が延びるだけじゃないか。出鼻を挫かれたぐらいなんだと言うんだ。こっちは安い恋愛劇を目の前で見せられ、気まずい思いをしたんだ。それぐらい我慢しろ。

渋面の青年に向かって満面の笑みを向ける。


「大事な方への贈り物ですの」


文句があるはずないよね?

客がいる前で盛る自分の下半身を呪え。

どうせ私が帰ったら店閉めてイチャつく気だろう。

けっ。幸せな事で結構でございますこと。


続いて客が入ってくる事を切に願おう。

商売繁盛、結構じゃないか。


アンナの願いが届いたかどうかは秘密。

安っぽいアメリカンな恋愛物にしてみました。……気分だけですが。


25話で初めて国名や国の周辺などの説明が出ました。

この設定が今後活かされるかは作者も分かってません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] カプノース山 = 書籍版のプノース山脈?
[良い点] アンナが情事との遭遇率が高いせいで作者様がイエローカードを頂戴してしまうとは…
[一言] アンナが止めなかったら店の中で合体してたのかな 賢者タイムに突入して落ち着いたら頬杖ついて冷めた目で見ているアンナと目が合って勝手に盛った自分が悪いのに悲鳴を上げそうだ
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