22.王宮侍女は呪いをかける
再び物騒なだけのサブタイトルですみません。
デビュタントの白いドレスを着て、社交デビューしたあの日の事は、今でも鮮明に思い出せる。
あれは3年前の16歳を目前に控えた春の舞踏会の日だった。
デビューのドレスさえ新調してやれなくてすまないと父さんは謝ったが、姉とマルムが手直ししてくれた白いドレスも、姉のデビューを飾った憧れのティアラも、私の自慢だった。
侍女もいない貧乏貴族の為に、王宮侍女が手伝ってくれる予定だったが、姉はそれを断り用意された部屋でいつもの様に楽しげに髪を結い、初めてちゃんとメイクをしてくれた。
「アンナを可愛くするのに、私以上の適任なんていないでしょう?」
茶目っ気たっぷりに笑う姉の方が美人なのは周知の事実だし、父に似た私は平凡顔だとちゃんと自覚している。けれど、姉はいつも私を可愛いと言う。
そんなはずないと拗ねれば、「バカね。私の妹は世界一可愛いのよ」と鼻を摘まれた。
髪を編み込んで後ろでふんわりと留める。初めてまともにメイクした顔はいつのもの2割増しに見えた。
自分が変身していく過程を見ながら姉とたわいない話をすれば、徐々に緊張が解けていったのを覚えている。
馬の出産に立ち会う事になった父さんの代わりに、急遽 長男のゲイル兄さんがエスコートをしてくれ、姉が付き添ってくれた。
兄もちゃんと礼装をすればそれなりに見えるもんだと褒めたのに頰をつねられた。それがレディにする事かと怒る私と兄を見て姉は楽しそうに笑っていた。
最後の方だが、両陛下に挨拶も済ませ、拙いながらも兄と初めてのダンスも踊れた。
何度か兄の爪先を踏んでしまったので、後で怒られるだろうなぁとは思っていたが、それも想定内なので特に気にしなかったし、姉がフォローしてくれたのでその場だけのお小言だけで済んだ。
兄は姉に甘いと思う。美人だから仕方ないのかもしれないが、もう少し末っ子にも優しくすればいいのにと何度思った事か。
挨拶回りに行った兄の文句を言えば「兄さんはアンナにも優しいわよ」と微笑まれたが、そんな事は無いと思う。私の扱いが雑すぎると思う。
膨れる私の頬を姉がツンと突いて笑う。
楽しげな表情に、つい自分も笑ってしまった。
ダンスの後は姉が側にいてくれたので、あまり緊張もせずに過ごせた。
一度は断ったけど、デビューさせてもらえてやっぱり良かったなぁと思っていたのに。
あの男が全部台無しにしたのだ。
美人で聡明で優しい姉は私の自慢だ。
そんな姉がモテないはずがなく、いろんな人にダンスに誘われても妹の側にいてやりたいからと断っていた。
申し訳ないと思いつつ、嬉しかったし、変な虫を姉に近づけてなるものかっ!という妙な使命感もあった。
そうやって姉妹仲良く過ごしてる時にあの馬鹿はやってきたのだ。
伯爵の嫡男ナシエル・クロイツェル。
赤毛の混じった癖のある金髪を後ろで1つに束ねた奴は、姉の前に跪いてその右手にキスを落とし、憂いのあるヘーゼルの瞳を潤ませ、甘ったるい顔を更に甘くして、夢見るように告げたのだ。
「愛しい人。私の『真実の愛』を受け取ってください」
右手へのキスは古風な求婚のサイン。
よりにもよって、
私のデビュタントの日に、
私の大好きな姉に、
『真実の愛』だと抜かして、
求婚したのだっ!
あの伯爵はっ!
あの時、咄嗟に奴の顔面を蹴らなかった事を何度も何度も後悔し、耐えた自分を褒めてやりたい。
後で知ったが、前々からあの伯爵に言い寄られていたそうだ。それを姉は、妹が成人するまでは…と断っていたらしい。
それを鵜呑みにした伯爵は、私がデビューしたのだからもういいだろうと焦って告白に踏み切ったのだとか。
理由を聞いて、私の中のナシエル・クロイツェルの印象が最悪最低になり地の底まで落ちた事は言うまでもない。
歩くたびに靴の中に小石が入ればいいのに。
後日、うちに正式な婚約の打診が届き、それは呆気なく受理された。
伯爵からの正式な要請をしがない男爵が断れるはずもない。
デビューしたての無力な小娘にできる事は無く、姉を訪ねてくる伯爵に地味な嫌がらせをする事ぐらいしか出来なかった。
それも3回目にして兄たちはもちろん姉にまで止められたので、奴が来る日は部屋に閉じこもって鳥のフンが頭に落ちる呪いをかけて過ごした。
そして結婚式まで、頑として奴と会う事はなかった。
一際綺麗な姉の花嫁姿に感涙した結婚式では、隣に立つ伯爵に腹痛でトイレに駆け込めと念じたがムカつく事に恙無く終了した。
姉の横でドヤ顔の伯爵に腹を立てながらも表面上は穏やかに過ごした披露宴は美味しい料理に集中しながらなんとか耐えた。
腹を下して初夜が台無しになればいいのに、とかなり本気で願ったが、その成果は未だに分からない。
結婚していなくなった姉の部屋を見ては泣きそうになり、伯爵が出かけるたびに玄関前で虫の死骸に出遭えばいいのにと神に祈った。
その後何度か姉からの手紙で遊びにおいでと誘われたけど、伯爵の家に行くのはむかっ腹がたつし、全部断って行きづらくなって2年。
なぜ遭うかなっ!
しかも変身フルメイクで遭遇するとか、ないわー。即バレして、しかも横にはイケメンなルカリオさんがいるとこを目撃されるとか、ないわー。
妙な誤解されてる。あの微笑みは「あら、アンナにも春が来たのね」とか勘違いしてる顔だ。
なんか、なんか、もう、いたたまれない。
おまけに久々に伯爵まで見たし!
3年前からかけている薄毛の呪いはまだ効力を発揮していないっぽかった。
見えない部分に円形ハゲが5〜6個できろっ。
水玉ハゲに悩まされて毎晩鏡を見ながら全ハゲの恐怖に震えるがいいっ!
行き場のない怒りは仕事と刺繍にぶつけた。
外の回廊は汚れを落として磨き上げ、浴場の湯垢は全てこそぎ落とした。階段の手すりはキュッと音が鳴るほど磨き上げた。
今なら鍋の焦げ付きも落とせる気がする。
厨房はコックの聖域なのでやらないが、そのぐらいの勢いがあった。
タペストリーも予定より早めに出来上がった。
怒りのパワーって凄い。
いつもより手が早く動くんだよ。布地が奴の顔面だと思えば刺す速度も増すというものだ。
初めて役に立ったな、伯爵。全く全然感謝などしないがな。はんっ!
夜中に何度も起きるという頻尿になれ。「若いのにお気の毒に」と使用人から憐まれるがいい。
出来上がったタペストリーを机に広げる。
課題を貰い、手間と時間を盛大にかけたタペストリーがようやく完成した。
感無量。
出来上がった喜びにちょっと目頭が熱くなる。
うんうん、がんばったよ私。
ちょっと下がって全体を見る。
タペストリーの下半分を埋めるテーブルにはフルーツの盛合わせと愛人の首を乗せた3つの皿。見切れた1つはまだ布がかけられた状態で、1つは王の正面を向いているせいで後頭部しか見えない。もう1つの斜め前を向いた顔はうっすらと目と口が開いたまま王の方を向いている。
澄ました王妃サメロンが、皿を隠していた血染めの布を取り王へと披露する。王は目を見開いた恐怖の顔で首だけになった愛人の顔をみている。
この驚愕の顔がなかなか難しかった。
浮気がバレた恐妻家の男爵様、ありがとう。貴方の犠牲に感謝を捧げよう。
白い柱の奥には青空が広がり、王や王妃の背後には飾られた花が色鮮やかに咲いている。
皿から溢れた血は血溜まりとなり、テーブルを濃い赤色に染めて下へと滴り落ちている。
王妃の白いドレスに飛び散った飛沫は変色して茶色に変わっている。
王妃の指先も赤くしたのは我ながらいい出来だと思う。爪じゃないのよ、指先なの。ここ、こだわりです。
背景の平和な美しさと凄惨なテーブルの対比。
うん、いい。いいわ。
刺繍の綻びも浮きも無い。
完璧。
すごくない?この渾身の自信作。まるで絵画の様だよ。
課題の評価はもちろん、芸術祭では即買されちゃうんじゃないの?買い手が殺到したらどうしよう。オークションしちゃう?
「自分の才能が怖い」
やば。私ってば新たな才能が開花しちゃった?
これは義姉も納得の一品だろう。文句など一言もあるまい。
思ったよりも早めに仕上がったから、もう何点か刺しちゃおうかな。
こんな凝った物は無理なんで、花や子犬とかいいかもしれない。仕方ないから次は大衆に媚びてやろう。
売れれば収入増っ!
使いやすいハンカチが1番だけど、競争相手が多いのも困る。
小物入れやミニクッションもいいかもしれない。
よっしゃ!頑張るぞ!
新たなやる気を見出した私の元に、姉から久々の手紙が届いた。
「遊びにいらっしゃい」「顔が見たいわ」との誘いに、複雑な想いを抱きながらも了承の返事を送った。
シスコン・アンナでした。
問題のタペストリーはいかがだったでしょう。
雰囲気的には洋画の怖い絵です。画風は明るく内容は恐ろしい感じが伝わるといいなぁ。
そんな刺繍画が1年も掛からずにできるもんか!とお思いの貴方、この作品はゆるふわ異世界フィクションです。細かいことは気にしちゃいけません。
人間頑張れば手塚ゾー◯ も か◯はめ波もできるもしれません。成せばなる。