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19.王宮侍女は百合を愛でる


毎年、夏至から数えて初めての満月の夜に聖ウルシアサス祭というものが開催される。

聖人の1人、聖ウルシアサスが夜道で悪魔に惑わされた時に道端の月華草に満月の光が宿り悪魔を退けた有名な話がある。それに、聖ヴェロニカが取り憑いた悪魔を林檎を食べて追い出した逸話も合わさって、林檎と月華草を家々に飾って悪魔を祓う祭事になったのだが、段々とお祭り騒ぎになってきたらしい。

今では月華草や林檎をモチーフにした物を身に着け、林檎の料理を食べて夜通し騒ぐ祭りになっている。


ちなみに、アンナの実家の領地では鶏の足も共に飾る。土着の信仰と合わさった結果なのだが、玄関先に飾られた鶏の足は見慣れていてもかなり不気味だ。

王都に来て鶏の足を飾らないと知った時は驚いたが、話した相手も驚いていた。


そんな聖ウルシアサス祭だが、庶民は食べたり歌ったり踊ったりして夜中騒ぐらしい。

昼間はリンゴマフィンを投げ合うイベントまであるとか。

何それ、楽しそう。


貴族は王族主催の夜会が開催される。

この時は、男性も女性も月華草や林檎を使ったアクセサリーを身に付ける事になっている。

男性はコサージュが多く、女性は髪飾りだったりコサージュだったりと色々と意匠を凝らしてるので見ていて楽しい。


料理も林檎を使った料理がふんだんに出てくる。

この時の為に作られる林檎は酸味があってそのままでは食べづらいが火を通すと深い甘味が出るので、ジャムやパイを使った料理が多い。

王宮の食堂でも様々な林檎料理や、アップルパイやコンポートなどのデザートが提供される。

どれを食べようかメニュー選びに迷いに迷ってしまう。嬉しい事に、この日は林檎ジャムが使い放題。

陛下万歳!と日頃の態度は棚上げして、感謝を捧げよう。



そんな聖ウルシアサス祭の日。

下っ端の私は、いつもなら会場の準備に追われているハズなんだが、なぜか昼から侯爵家に招待され、侯爵夫人とお会いしております。

もう緊張で昼に食べた林檎料理が逆流しそうです。

出したら命が危うくなるので、必死に腹と喉に力を入れる。多少酸っぱくても飲み込むつもりです。

緊張の中、覚えている限りの礼儀を総動員して挨拶した。


「お初にお目にかかります。アンナ・ロットマンと申します」

「貴女の事は旦那様から伺ってますわ。是非一度お会いしてみたいと無理を言いました」


ふんわりと笑ってくださる上品な奥様を前に冷や汗が止まらない。

侯爵夫人って言えば社交界の上位ですよ。しかも、クリフォード侯爵家といえば名門っ。

男爵家の私が気軽にお目にかかれない御方ですよ。

どこぞの乱痴気ババア共と違って数少ない品のあるお貴族様なのだ。緊張するなと言う方が無理でしょう。


「もったいないお言葉です」

「そんなに緊張しないでちょうだい。今日はよろしく頼みます。私も侍女たちも楽しみにしているのよ」


それ、死刑宣告に近くない?

気分は狼の群れに入り込んだ羊ですよ。

温厚そうなリーダー(奥様)の後ろにはこちらの一挙一動を観察している狼(侍女)がずらりといらっしゃる。

怖い、怖い。

さすがに笑顔が引き攣るわぁ。



この奥様の旦那様は、なんと外務大臣のクリフォード侯爵。

そう。マリアンヌさんの奥様なんですっ。

なんと、アレ、奥様公認の趣味なんだよ。すごいよね、奥様の心が大海のように広すぎる。

奥様は女装した旦那様とたまにティータイムを楽しむのだとか。そこに娘も交ざると言うのだから、驚いた。

高位貴族って分かんねぇ…。


マリアンヌさんのメイクに興味を持った奥様が、私の事を聞き、自分のメイクもして欲しいと頼んだらしい。

私的に大抜擢なんだが、いいの?

おじさま方を変身させるのとは訳が違う。侯爵夫人ともなれば社交の中心だ。


―――――いいの?


夫人の侍女さんたちも穏やかな表情ですが、その真意は分からない。

下っ端の分際で、とか思われてたらどうしよう。いや、どうしようもないんだけどさ。

でも、ダメなら腕の良い侍女さんたちが総動員で手直しするだろう。

……なら、大丈夫か。

大丈夫…よね。



侯爵夫人ともなれば、さぞかし高級なコスメを所持していらっしゃるのだろう。ちょっと、いや、かなり見たい。しかも使用できる。

ヤバイ。滾る。

こんな機会そうそうない。

女は度胸だ。

―――――良し、やるか。


「奥様。お化粧の前にお顔に触れてもよろしいでしょうか?」

「あら。何かあるのね。ええ、構いませんよ」

「痛かったら教えてくださいませ」


では失礼して。

クリームを手にとって、ギュムと顔を指と掌を使って揉んだり押したりする。

これミミィちゃんに教わった顔の引き締めマッサージなのよね。

少し痛いのか、少しだけ眉根が寄ったので、力を抜いてみる。

怒られるかと思ったけど、奥様は寛容な方っぽい。流石、旦那様の趣味を受け入れるだけある。

代わりに周囲の侍女さんたちの視線が怖い怖い。

ダイジョウブ。無害な下っ端侍女だよー?


「はい。終わりです。一旦、お顔を拭いてからお化粧させて頂きます」


奥様も鏡に写った自分をしげしげと見つめている。周囲の侍女さんたちも夫人を見て驚いた顔をしている。

そうだろう。そうだろう。

小顔効果もあるし、血色が良くなるから肌が明るく見えるんだよね。

私もミミィちゃんにやってもらった時は驚いた。


「まぁ。なんだか顔が小さくなった気がするわ」

「奥様、いつもより肌のお色もよろしいですわ」

「ええ。頬も薔薇色ですし、艶々としておりますわ」


きゃあきゃあとはしゃいでいるのを聞きながら、化粧品をチェック。

流石。侯爵夫人の化粧品は見た目も華やかですごい。ざっと見て、持参した化粧品を端に並べて行く。

見た目はおっさんその中身は可憐な乙女たちのお茶会が開催されるようになって、私の手持ちの化粧品も充実した。

必要経費を含めた報酬で色々揃えたんで、ほぼ変身用なんだけどね。


にわか金持ちになった私は憧れのソレイユ商会コスメ売り場で大人買いを経験した。あれは、気持ちよかった。

人気のノクターンシリーズ一式を中心に10色パレットとか色々買った。憧れの化粧ブラシセットも買った。

一気に経費分はなくなったけどね。

あれは、快感だった。いつかまたやりたい。



下地は奥様の物を使って、足りない物は手持ちを使おう。おじさまたちにはあまり使えなかった物も奥様なら似合いそう。

奥様、お年の割に肌艶が良いから化粧も乗りやすそうだし。

んふふふ。俄然、楽しくなってきた。


肌を綺麗に見せる為のベースを丁寧に作る。アイメイクは時間をかけて、前や横から確認しながらパウダーをはたき、最後にオレンジに少し赤を混ぜた口紅を作って唇に乗せる。夜会だから華やかにね。

保湿もしたから唇がぷるぷるです。

結果は上出来。


「まあ!まぁ、まあ、まあ。すごいわ」


流石に定番のセリフは出てこなかった。あれは、心は乙女専用なのかもしれない。

髪型は上から編み込んで後ろで纏めてるので、落ち着いてるけど可愛らしい感じに仕上がりました。

髪飾りはシンプルに月華草とパールで出来ている。

お化粧も併せて、全体的に可愛らしく上品な感じです。

大人の可愛らしさっていうのかな。けばけばしいおばさまの中では引き立つんじゃないだろうか。


「エマリエ。いつも美しいが、今宵は一段と綺麗だ。出会った頃を思い出すよ」


準備を終えた侯爵様がやってきてベタ惚めです。

侯爵様のジュストコール姿もカッコよくて、奥様と並ぶと本当にお似合い。

眼福なのに、なぜだかマリアンヌさんがチラついて、迫力美人と可愛い美人のカップルにしか見えない。

おっかしーな。

疲れてんのかな、私。


「ねぇ、アンナ。貴女、デビューはもう済んでいて?」


帰り支度をする私に奥様が話しかけてくる。


「はい。一応デビュタントは済ましております」


一応ね。15の時に済ませましたよ。

父さんにデビューだけは絶対にさせると意気込まれたんだよね。

その後、社交界には一切顔を出してないけどね。下っ端貴族だし、そんなコネも金もないし、第一めんどくさい。


「では、一緒に参りましょうね」

「…………は?いえ、あの、どちらへ?」

「あら、いやね。夜会ですわ。娘のドレスがあるから大丈夫よ。リジー、ライムグリーンのドレスを持ってきてちょうだい」

「いえいえいえいえいえっ!お待ちくださいっ。そんなワケにはいきませんっ」

「遠慮なさらないで。貴女たち、可愛く仕上げてね。私たちは下で待っているわ」

「はい、奥様。お任せくださいませ」


え?待って。

待って。

無理。むりむりむりむり。

侯爵令嬢のドレスなんて着たら動けない。怖くて飲み食いも出来ない。それ以前に夜会なんてほぼ初めてなんだって。

もう着ないから差し上げるわ。って、怖い怖い。タダより高い物はないんだよ。

値段を考えて奥様。え?やだ行かないで。

マリアンヌさんと出て行かないで〜〜〜。


待って。え?ちょっと待とう。

侍女さんたち。止めて、剥かないで。

この貧相な体にそんな素敵なドレスは似合いません。


むーーーーりーーーーーっ!!


そんなワケで。次話はアンナちゃん夜会に行きます。


余談ですが、聖人の逸話とか調べたら面白かったです。ネタの宝庫?と思うぐらい人間離れした話が多いです。

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