15.王宮侍女は気がつかない
王宮の幽霊というのは結構有名な話で、見たという噂が絶えない。
700年も続く国なんで、それなりに血生臭い話もあるせいかあちこちに幽霊がいるらしい。見た事はないけど。
有名所は5つぐらいかな。
首なしの騎士、鏡に写る血塗れの貴婦人、死者の国へと引き込む手、呻く殺戮王の肖像画、誰もいないのに歌声が聞こえる部屋。
試しに見に行った事はあるけど、何も見えなかったし、何も起こらなかった。
ちょっと拍子抜け。私の期待を返せ。
面白いものだと、「足りない」と嘆く井戸とか、彷徨う猫の霊、何度も飛び降りる女の霊ってのがある。
井戸にいる奴も何が足りないのか言えばいいのにね。足りないのはお前の言葉だ。
彷徨う猫って、野良猫じゃないの?というか、出る場所ってよく逢引に使われる所なんだよね。
何度も飛び降りる霊とか、意味わかんなくない?それ、度胸試し?何度もやるとか相当好きなんだね。
ちなみに、これも見に行ってみたが何もなかった。いや、猫だけはいた。猫じゃなくて2本足の盛りのついたメス猫だったけど。
他にも色々あるらしいけど、あまり興味ないので聞き流してる。どうせ見えないし。
そんな幽霊たちもお茶会では話のネタにされる上に、ご令嬢のアピールに使われると知ったら呆れて出てこなくなるかもしれない。
王城で王妃様主催の大規模なお茶会に駆り出されております。
今期初の王妃様主催だからね、人手が足りなくて呼ばれたのよ。ええ、ちゃんと下っ端仕事ですよ。
遠くに『真実の愛』の体現者で発症源の王妃様が見えている。その少し離れた背後で護衛する女騎士にきゃあきゃあと喜ぶご令嬢たちも見える。
笑いそうだから視線を外しとかねば。
満開の花が綺麗だねぇ。さすが、王宮の庭園。
しかし、春らしくなった日差しは直で浴びると暑い。お仕着せが黒な上に、ハイネックなので本当に暑い。
あー、腕まくりたい。
我慢して隅っこで済まし顔で控えてますよ。
お仕事だもんね。
ご令嬢たちは軽やかなドレスを着て、パラソルの下で優雅に茶を飲んでいる。
それも暑そうな気がするけどなぁ。どうなんだろう。
そんな令嬢たちの会話が漏れ聞こえてきたのが王宮の幽霊話。
他に花とか流行とかイケメンの話とかあるだろうに。物好きな。
「やだっ、怖いわ」
「やめてくださいませ。私、怖いのが苦手ですの」
ワクワクした目をして何を言うのか。と思っててもツッコミしてはいけない。
私はできる侍女。
「見た方が何人もいるそうですわよ」
「きゃあ。怖いわ。聞いてるだけで気を失ってしまいそうですわ」
ぶふぉう。
ヤバイ。変な空気が漏れた。
前にいた先輩に睨まれたけど、仕方ないじゃない。
その体型で気を失ったら、運ぶ騎士が哀れだ。
絶対に1人じゃ運べない。2人で頭と足を持って運ぶのかしら。それとも棒に括り付けて…….丸焼き…。
ぐっ!
耐えろ表情筋。唸れ私の腹筋。
このお茶会が終わる頃には私のお腹も見事に割れそうな気がしてきた。
「そこの貴方。冷めたお湯を交換してきてちょうだい」
先輩の言いつけにこれ幸いと承諾して、たっぷり入ったポットを持ちそそくさとその場を去る。
ふぅ、助かった。
エプロンでポットの底を支えて、一目散に厨房を目指した。
◆◆◆◆◆
「その幽霊は王宮の廊下に佇んでいるそうですわ」
「まぁ、怖い」
「その幽霊は何をしているのかしら」
◆◆◆◆◆
厨房へ行く途中、廊下の端に蹲っている騎士を見つけた。
一生懸命に下を見て、手を動かしている。
「あの、どうかしました?」
騎士は驚いた顔で振り向くと慌てて立ち上がる。
赤い顔で服についた埃を払う仕草はちょっと可愛いと思う。
たぶん、私より2つか3つ年上かな。
なんと言うか、雰囲気イケメン?
うわーカッコいい!って感じではなくて、いい感じに見える人と言うか、騎士の制服で割増されているような。
でも、いい人そう。
「すみません。探し物をしていました」
「探し物?落とし物なら総務省の遺失物室にあるかもしれませんよ?」
「えっと…」
困ったように眉尻を下げた表情を見てピンときた。
場所を知らないか、行くのが恥ずかしいタイプだな。
どんな恥ずかしい物を落としたんだろう。
「よろしければ、私が聞いて参りましょう。何を落とされたんですか?」
聞くと一瞬にして嬉しそうな顔になる。
なんだか、犬みたいな人だなぁ。
「指輪です。金の輪に百合と薔薇の紋章が入った物で、小さいですがローズクォーツがはめ込んであります」
「あー、彼女さんへの贈り物ですか?」
「か、かか、か、彼女だなんて!そんな恐れ多い。……その、好きな人、なんです」
なんだ。他人の惚気なんぞ別にいいわ。
しかし、どこかで聞いたような話だね。
……いや、あれは咄嗟に思いついたでまかせだったんだけどなぁ。なんか、申し訳ない気持ちになってしまう。私には全く関係ないはずなのに。
「ちょっと確認してきますから、これ厨房に持って行って新しいお湯をお願いしてきてください。終わったらここで待っていてくださいね」
騎士さんにポットを押しつけて、遺失物室まで小走りで向かった。
遺失物を保管している倉庫はそこそこ大きい。保管期間は2年なので、月毎に棚分けしてあり、更に大まかに種別分けされている。
指輪ならこの辺りなんだけど、最近のには無いなぁ。しまった、落とした日を聞くの忘れてたわ。
2年も探してるはず無いから、1〜2ヶ月ぐらいに当たりをつけて探してみる。
無いなぁ。
もうちょい前かな。
:
:
:
1年前まで遡ったけど、無い。
届いてないのかもしれない。
脳内でしょげる騎士さんには申し訳ないが、無いものはない。
仕方ない。気は重いが真実を告げないとね。
よいしょと立ち上がった時に、床に落ちている小箱が目に入った。
指輪を入れるような小箱に手が伸びる。
開けてみると金の百合と薔薇の紋章の間にローズクォーツの石が嵌められている。
おおっ!あったよ、騎士さん!やったね。
受取書に名前を書こうとして、騎士さんの名前を聞き忘れたのを思い出したので、ベネディクト子爵の名前を代わりに書いておいた。
急いで戻ると騎士さんはもう待っていた。
駆け寄ってポケットから小箱を出すと、騎士さんの目が大きく開かれて、震える手で小箱を受け取る。
開いた小箱の中身を確認したと思ったら、いきなり泣かれた。
対処に困っていると、乱暴に目元を擦り上げて泣き笑いで「ありがとう」と感謝される。
いえいえ。それだけ喜んでもらえれば、探した甲斐もあったわ。
けど、騎士さんは困ったような悩んでるような顔で小箱を見つめる。
「好きな人に渡さないんですか?」
「あ、うん。迷ってるんだ。彼女には『真実の愛』で結ばれた相手がいる。俺がこれを渡したら迷惑にならないだろうか」
出た。『真実の愛』。
相手を知らないからなんとも言えないけど、私の中で相手の評価は限りなくゼロに近い。
けっ。
「渡せばいいじゃないですか」
「しかし…」
「迷惑かどうかは相手が決める事ですよ。伝えたい気持ちも渡したい物もあるんでしょう!このままだと後悔しますよ!折角、指輪が戻ってきたんです。ダメ元でいいじゃないですか。振られたっていいじゃないですか。伝えましょうよ!」
思わず詰め寄って力説してしまった自分が恥ずかしい。
べ、別に経験談じゃないから。私は指輪なんて用意してなかったし。うん、過去だ、過去。
でも、言えば良かったっていう後悔はあるから、砕けようとも伝えてさっぱりとして欲しいと思う。
「ありがとう。そうだね、ダメ元だもんな。伝えてくるよ」
「ええ。そうしてください。頑張って」
騎士さんも笑ってくれたので、私も笑顔で送り出す。
「そうだ。何かお礼をしたいな」
「いいですよ、そんなの。と、言いたいところですが、ワインだと嬉しいです」
「分かった。ありがとう!」
手を振って別れた途端、私の名前を言い忘れたと思って振り返ると誰もいなかった。
騎士さん、足速すぎ。
まぁ、いいか。
そのまま厨房に戻り、沸き立て熱々のポットを受け取った。
しまった。お礼にこれを運んでもらえば良かった。
エプロン越しでも熱すぎる。
その夜、王妃の寝室から悲鳴が聞こえてちょっとした騒ぎになったらしい。
王妃の寝室に幽霊が出たとか、幽霊が指輪を置いていったとか、噂されていた。
どうせ、忍んできた愛人を寝ぼけて見間違えたんじゃない?
それよりも、部屋の中に置かれていた年代物のワイン2本の方が大事だよ。あの騎士さん、実は高位貴族か、金持ちだったのかも。
それにしても、なんで部屋の中?
鍵をかけ忘れたっけ?
淑女の部屋に侵入してワインを置いて行くとか、紳士じゃないぞ。騎士さん。
今度会ったら説教してやらねば。
そう息を巻いていたが、その後、あの騎士さんに出会う事はなかった。
◆◆◆◆◆
「その幽霊は何をしているのかしら?」
「なんでも指輪を探しているそうですわ。『指輪、指輪』と何度も呟いて消えるのですって」
「指輪?」
「ええ。その騎士というのが、昔王妃様に心酔していた騎士の1人で、陛下たちの婚礼の2日前に遠征中に亡くなったそうよ」
「まぁ、お可哀想に」
「そして、王妃様に渡すつもりだった指輪を今も探しているのですって」
「まぁ。恐ろしいけれど、それだけ王妃様をお慕いしていたのね」
「『真実の愛』で結ばれたお二人の前に散った悲恋ですわね」
「ええ、本当に」
「あら、このお菓子美味しいわ」
「こちらも美味ですわよ」
くすくすと笑いながら令嬢たちはお茶会を楽しむ。
離れた位置で楽しげに微笑む王妃を見ながら。
◆◆◆◆◆
本当に怖いのは生きた人間ですよね。
一番の被害者は、年代物のワインが2本無くなっているのに気がついて大慌てした王宮のソムリエさんです。
ちなみに、秘蔵のコレクションと文章偽造でなんとか凌ぎました。




