10.王宮侍女は噛み締める
さぁ、タペストリーは何にしようか。
草花は嫌だ。神話や英雄譚もありきたりだが、見栄えはするから、どれか一節を刺してみようかな。
何がいいかな。それなりにインパクトがある物が人目を引くよね。
そうだ!
英雄王の奥さんサメロンの有名な場面にしよう!
タペストリーの図案も決まり、下書きもした。
大体の配色を考えてみると、やっぱり糸が足りない。他はともかく、圧倒的に赤系が足りない。
そんな訳で、刺繍糸を買いに街に来たら、また偶然ベネディクト子爵に会った。
よく会うけど、仕事してるんだろうか。それとも朝…じゃないな、昼帰りか?
今日は残念ながらキングレイ氏は一緒ではないらしい。
特級分のネタ提供ができるかと言われたら、少し難しい。よくて上級物ぐらいだろうか。
いやいや。私は口の堅い侍女。
むむむ。
「お勤めご苦労様です。夜勤明けに長話は酷ですので、私はこれで…」
今回は文句を言われる前に笑顔で挨拶をしてやったのに顔をしかめやがった。
「誰が朝帰りだっ!生憎と仕事帰りだ」
「………」
「何に驚いてるんだ。失礼な奴だな」
小娘の他愛もない挨拶にそんなに怒らなくてもいいだろうに。
裏を読んだのもビックリなら、仕事をしていたという事にもビックリですよ。
そういや何の仕事してるんだろう。
毎回女連れでしけ込んでるとこしか見た事ないからなぁ。
まぁ、いいか。私には関係ない。
「それは、それは、お疲れ様です。では、失礼致します」
「待て」
引き返そうとした二の腕をぐっと掴まれた。
やめろ、そこは腹の次に触っちゃダメなとこだろうが。
やめろ、揉むな。握るな。
なぜため息を吐かれなきゃならんのだ。
納得がいかぬ。
ムカついたのでふらついたフリをして踵で奴の足先を踏んでおいた。
短い悲鳴と共に手が離れる。
けけ。ざまぁみろ。
「こいつ。………まぁ、いい。ちょっと付き合え」
えー。
めんど……はいはい、拒否は無しなんですね。
いいさ、奢ってくれるなら話ぐらいいくらでも聞きますよ。
連れて来られたのは、ちょっと上品なレストランの半個室。
常連感をバンバン醸し出してた。さすが侯爵家のボンボン。
そうか、こういう所に連れ込んでんのか。
「違うからな。ここは仕事で利用するんだよ。女性を連れて行くならもっと洒落た店にする」
…………一応、女性ですが?
「女性と見られたいなら、もう少し成長してこい」
胡乱な目で見たら、鼻で笑われた。
お前、今どこ見た?ケンカ売ってんのか。
蹴ろうと思ったが、広いテーブルのせいで届かなかった。大衆食堂ならば確実にヒットしていたのに。無念。
そりゃね、子爵の恋人たちと同じ扱いされても困るからいいけどさ。私はハーレム要員じゃない。
しばらく待つとサラダと前菜が運ばれてきた。ただの野菜なのに綺麗に盛られている。色のバランスもいい。
見た目が違うだけで食欲が湧くもんだね。
同じサラダでも、私のはなんであんなに怒られるかなぁ。
怒る兄と顔を青くした父の姿を思い出す。
…‥あれか?オリジナルドレッシングが悪かったのだろうか。
要らぬ過去を思い出しながらも料理を堪能してるとメインの肉がっ!肉のステーキがっ!
休日の昼間からこんなランチを頂けるなんて!
さすが侯爵家のボンボン。普段からいい物食べてるね。
初めて尊敬したよ。
「すっごく美味しいです。さすが侯爵家のボ……次男様」
「素直に喜べないのが残念だよな、お前って」
「前言撤回します」
私の尊敬を返せ。
厚みのある肉は返さぬが。
もぎゅもぎゅと噛めば肉汁が溢れ、肉の身がほろほろと溶ける。
美味い。
これが霜降りというやつか。
美味い。涎が溢れる。
付け合わせのポテトさえも美味い。
なんだ、ここは天国か。
子爵の存在を忘れて、料理に集中していた私は子爵の呟きが耳に入らなかった。
「お前、細すぎだろ。ちゃんと食えよ」
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ。
ごっくん。
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ。
もちもち。
ごっくん。
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ。
「いや。長いだろ。どれだけ噛み締めて食べてるんだっ」
そりゃ、次にこんな高級肉が食べられるのはいつか分かりませんからね。
舌と目と脳に刻み込んでおかないとね。
「まぁ、いい。食べながらでいいから聞けよ?」
はいはい。ちゃんと聞きますよ。
「お前『真実の愛』って信じるか?」
もぎゅ………ごくん。
飲み込んで、子爵を見れば、見たこともない真剣な表情をしている。
なら、私も真面目に返そう。
「信じてますよ。王宮の幽霊ぐらいには」
私の返事に子爵は呆れた顔をした。
「それは、信じてないんじゃないのか」
「信じてる人には見える。そんなもんでしょ?」
私は『真実の愛』なんて、毛ほども信じちゃいないし、馬鹿らしいと思ってる。
でも信じてる人には存在するし、絶対な存在なんだろうね。厄介なことに、さ。
盲信するみたいに宣言して、みんながみんな『真実の愛』を尊ぶと思っている。祝福されて当然という態度に苛立ちさえ覚えた。
何が『真実の愛』だ。
「それで?名高い子爵様もついに見つけましたか?」
肯定したら腹の底から軽蔑してやる。
きっと今の私は意地悪い顔してるんだろうなぁと思いつつ、見返すと珍しく爽やかな笑顔で「まさか!」と笑った。
「俺が真実の愛に目覚めたら、王都中の女性が泣き崩れるじゃないか。それは申し訳ないだろう?」
申し訳ないのはお前の頭だ。
とは、言わない。胸の内に収めておこう。
私の視線に察したのか、一つ咳払いをした。
「実はな、最近とある令嬢に『真実の愛』だと迫られてるんだ。どう対処しようか悩んでててね。女性の意見を聞きたいんだ」
双方が『真実の愛』を感じるばかりでは無いってやつだよね。
相手の令嬢が『真実の愛』に目覚めて、子爵もそうでしょう?と迫られてんのか。
可哀想に。けけけ。
こんな話を『真実の愛』が大好きな女性たちには話せないわな。下手に話せば反感を買うしね。
相手の名前を聞けばデビューしたばかりの恋や愛に夢を見る子爵令嬢だった。
「また厄介なもんに手を出しましたね。いつから初物喰いになったんですか?」
「お前、少しは言葉を飾れよ」
「ちゃんと人は選んでますよ。それで、その夢見る令嬢を嫁にしたがるような奇特な知り合いはいないんですか?」
とりあえず美味い肉の分くらいは働かないとダメなんじゃないだろうか。
次の高級海鮮料理の為に、無い知恵を絞ってやろうじゃないか。
「まぁ、いない事もないが…」
「じゃあ、その2人をくっつけちゃえばいいんですよ。貴方ではなく別の人と『真実の愛』を見つけてもらいましょう?」
「相談しといてなんだが、お前さらっと酷いな」
「あ、持ち帰りでカツサンドお願いします」
「おいっ」
カツサンドがあるかは知らないが、子爵様が言えば軽く作ってくれそうな気がする。
その肩書をたまには有効に使ってくれ。
「王宮の幽霊ですよ。揺れたカーテンを見間違う事なんてあるある話です」
最後のひとかけらを口に入れる。
グッバイ高級肉。君の味はしばらく忘れないよ。
「真実の愛に酔いやすい男性を紹介すれば勝手に盛り上がりますよ。夢子ちゃんなら2人の男に取り合われる悲劇のヒロインとか好きそうですし。そこで子爵様が身を引けば、ほら、美談の出来上がり」
綺麗に食べ終わった皿にカトラリーを置く。
実際に酔いやすい奴らは勝手に盛り上がってくっつきやすい。だからこそ、結婚して冷静になると浮気したり別れたりするんじゃないだろうか。
そうならない人もいるけどね。
「物は試し、か。……そういや、お前は何をしてたんだ?」
「刺繍糸を買いにきてました」
今頃聞くか?
ほら。と手芸店の紙袋を見せれば「刺繍ができるのか」などと失礼な発言をされた。
足先を踏んだ時にグリグリと念入りに踏みしめてやれば良かった。
私もまだまだ詰めが甘い。
そこで帰省したときに義姉に刺繍の宿題を出された事を話した。
題材を、有名なサメロンの場面にしたと伝えると、何故か頭を抱える。
「よりにもよって、どうしてそれを選んだ…」
どうしました?
頭痛のようですが、二日酔い?それとも何かの病気?
………やだ。ちょっと離れとこう。
神話や聖書の一場面をモチーフにする事はよくある。タペストリーだから壁飾りとしても見栄えすると思うんだよね。
サメロンと言えば、有名な一幕がある。もう、サメロンと言えばコレ!というやつだ。
好色な英雄王に嫉妬した王妃サメロンが、愛人たちの首をテーブルに並べて王をもてなすという場面だ。
手料理と言えば手料理。食べれない上に材料がアレだけど。
女の嫉妬って怖いなぁと、子供心に強烈に刻まれた話だった。
サメロンにとっては『真実の愛』だったんだろうね。
この前から食べてばかりですね。
作者が食いしん坊なので仕方ないのです。




