年の差バッテリーの全力投打記録
時系列・・・「涙の魔法」完結後の、正月が明けた土曜の午後。
外伝「失恋男子の全力投球日記」5~6Pの幕間のお話です。
ゲーセンで少し遊んでからカラオケに行く予定だった三人は、野球の話題が出たのでバッティングセンターに行くことに。豊島が野球少年だった頃によく通った、思い出の場所なのだそうです。
豊島「うわー……めちゃくちゃ久しぶりに来たけど、設備も内装も全部新しくなってら」
茂松「おっ、バッセンの定番のゲームコーナーもちゃんとあるじゃねーか。どれどれ…」
菜々「カナちゃんさん。そっちはあとにして、ちゃんと野球しましょうよ」
茂「へーい…」
菜「さて、やっぱりトップバッターは豊島さんですよね。メジャーリーガーコースでいいですか?」
豊「高校野球止まりのおっさんに無茶言うな。中級者コースで勘弁してくれ」
茂「それでも初級選ばねー辺り、なっちゃんにいいトコ見せる気満々だな」
豊「球が遅いと逆に打ちづらいんだよ」
菜「ではでは、渾身のバッティング見せてくださいね。後ろでバッチリ見てますから」
豊「あいよ。あー、バット持つのなんて何年ぶりやら…」
茂「張り切りすぎて腰やら肩やら痛めんなよ?」
菜「うひゃーっ、素振りかっこいいー!それっぽーい!」
豊「……褒め言葉なのか、それは」
茂「ほれ、さっさと始めてホームラン量産して、もっとなっちゃん喜ばしてやれ」
豊「そんな簡単に出せるかっつの……っと、なんだありゃ。ピッチングマシンにピッチャーの映像被せる仕様なのか、最近のバッセンは」
菜「おー、リアルな野球ゲームっぽいですね」
茂「コントローラ持ってエアプしたくなるな」
豊「俺を操作キャラに見立てん、なっ!」
菜「おおーっ!当たったあ!」
茂「だがありゃ、ショートゴロだな」
豊「経験者だからって簡単にホームラン打てるか。相当ブランクあるんだから、バットに当てるだけで精一杯なんだ……よっ!」
菜「あらあー……ファールですね」
豊「あーくそっ、しれっと変化球も投げてきやがるのか」
茂「え、曲がってたのか?今の球」
菜「はー、全然わかりませんでした」
豊「こりゃマジでホームラン打たせる気ねーな。バッチリ緩急織り交ぜてくるとか、いいリードしやがるわ」
菜「存在しない相手キャッチャーの力量褒め出しちゃいましたよ」
茂「キャッチャー経験者の性なんだろうな」
菜「豊島さんがんばってー!球もしっかり走ってますよおー!」
豊「菜々ちゃんそれ、ピッチング褒める時に使う言葉だっつ、のっ!」
菜「おおっ!?」
茂「うはー惜しい!あと少しでホームランの的に当たったろアレ!」
菜「すごいじゃないですか豊島さん!」
豊「いやあ、でも、今のが限界だな。これ以上は飛距離伸びねーよ」
茂「何言ってんだ、なっちゃんの応援もらった途端に調子上げたくせに。なっちゃんパワーでいくらでも飛距離伸ばせるだろ」
豊「んなわけあるか。集中力切らすようなこと言って茶化すな」
菜「もうちょっと頑張ればいけますよ!あたしやっぱり、ホームラン見てみたいですー!」
豊「へいへい。せいぜい頑張らせていただきやすー、よっと!」
茂「うおっ、やっぱりさっきより飛んだじゃねーか」
菜「すごいなー……なんか本当、かっこいい……」
茂「おーい裕太。お前の愛しの彼女がガチで惚れ直してるっぽいぞー」
菜「にゃあっ!?そんなこと言わないでください恥ずかしいっ!」
茂「わかってんなー?このラスト一球でホームラン出したら、もうプロポーズするしかねーぞ流れ的にー」
菜「ふえええええっ!?」
豊「だあっ!」
菜「みゃっ!……って、空振り?」
茂「あーあ、せっかくお膳立てしてやったのに、バッチリヘタレ根性発揮しやがった」
豊「てめえがバッチリ気が散るようなこと言うからだ馬鹿シゲ!」
菜「ま、まあまあ。それより、どうします?このまま豊島さん、続けて打ちます?」
豊「い、いや……やっぱ体力使ったし、交代で」
茂「なーにドギマギしてやがんだよ、お二人さん」
豊「うっせえ!次はお前だ!」
茂「おっ、ド素人を笑いモンにして気を取り直そうってか、いいぜー。お前の勇姿見てたら、なんとなく俺もやりたくなってきたトコだったし」
豊「無理せず初級者コースにしろ。硬球の重さに慣れてねーと、打ち返した時にマジで肩やらかすぞ」
茂「へーきへーき。見かけほど軟弱じゃねーし、運動センスだけは自信あっから」
菜「わー、運動できるカナちゃんさん見てみたーい」
豊「シゲの次、菜々ちゃんもやる?」
菜「やるやる!やってみたいです!」
豊「さすがに菜々ちゃんは初級者コースでね。てか、そもそもバット持ったことある?」
菜「ないです。でもイメトレならバッチリですよ。こんな風に……かっきーん、と」
茂「おう。見事なゴルフスイングにしか見えねーな」
豊「それと手、逆だからね」
菜「はりゃ?」
――その頃、ゲーセンで友人を待っていた、現役高校球児の僕君は。
友「ごめんごめん、遅くなったー」
僕「なあちょっと!さっきさ、すげー人に会っちゃったんだよ!」
友「は?すげー人?」
僕「ほら、前に話したことあったじゃん。僕がよく行くコンビニの、店員のお姉さんのさ」
友「あー。え、何、お姉さんとここで会えたの?」
僕「お姉さんもだけど、お前が言ってた、どっちかが彼氏なんじゃないかって二人組にもね。色々と話聞けたんだけど、結局彼氏はさ、背高い方の男の人だったよ」
友「マジかよ。勝手に俺、眼鏡の方が彼氏だろうなって予想してた」
僕「僕もそう思ってたけど、違ったみたい。でさ、その彼氏さんの方が実はすっごい人だったんだよ」
友「何がすげーんだよ。身長?」
僕「いや確かにめちゃくちゃ見下ろされたけど。そうじゃなくてあの人、ウチの野球部のOBなんだって。しかも20年前の」
友「20年前って……まさか、地区優勝した頃の?」
僕「そう。キャッチャーで、しかもスタメンだったって」
友「マジかよ!じゃあ部室に飾ってある地区大会の集合写真、もしかしてその人写ってるとか?」
僕「絶対そうだよ。な、今から部室行ってそれ見よう。ついでにちょっと投げ込みたくなってきたからさ、キャッチボールも付き合ってくれる?」
友「別にいいけど……なんだよ、ずいぶんやる気あるな。秋の決勝でサヨナラ打たれたトラウマは、もうすっかり平気になったか」
僕「まあ、おかげでだいぶメンタルやられて、普段の生活でも色々と気の迷いを起こすこともあったけどね。今はとにかく、前みたいに野球のことしか考えられなくなってきてるよ」
友「へえー、案外いい薬になるもんなんだな、失恋効果ってのは」
僕「は!?な、何言ってんだよ!」
友「え?だってお前、あのお姉さんのこと好きだったんだろ?俺とかみんなに色々聞いたりしてたし、恋愛して野球のことから気を紛らそうとしてるんだろうなー、って思ってたけど」
僕「……相変わらず鋭いな、お前の観察力に推理力」
友「バッテリー組んで丸二年だぞ。相棒のお前の考えてることくらい、バッチリわかるさ」
僕「大した名捕手だよ、お前は本当に」
友「俺なんかまだまだだ。飛び抜けて強い投手がいたわけでもなかったらしい、20年前のチームをリードして地区優勝に貢献した、その人に比べたらな」
僕「そう、それだけすごい人……なんだよなあ…」
友「いいなーお前、その人と話せたんだろ?俺もその人と話したかったなー。優勝した試合の話とか、県大会のこととか、リードのコツとか、色々聞きたかったのに」
僕「あの店に行けば、きっと会えるよ。僕と行けばあのお姉さんと話も出来るだろうし、うまくすればお姉さんに協力してもらって、その人に会わせてもらえるかもしれないし」
友「失恋のショックは、決勝のトラウマに比べたら平気そうだな」
僕「大先輩の彼女だったんだからね、綺麗に諦めはついたよ。そんなことより、今は地区大会に向けて切り替えないと。ね、早く部室行こう」
友「おう。お前の全力投球にとことん付き合ってやるぜ、相棒」
僕「うん。……あ、ところでさ」
友「ん?」
僕「あの人が20年前の高校球児だったってことは……つまり今、40前くらい、なんだよね」
友「……見えねーよな」
僕「見た目30そこそこかなーくらいにしか思ってなかったけど…」
友「……わかんねーもんだな」
僕「……人って、見かけによらないもんなんだね。色んな意味で」
豊島が野球経験者であることは裏設定で留めておくつもりでしたが、まさかここまで掘り下げて外伝やSSのネタにすることになるとは。でも本編に特別関わることのない、まさしくサイドストーリーと呼べる作品を手掛けることが出来て、本当に楽しかったです。
無粋なことを言うと、バッセンのプレー1回分がたった5球で終わるわけあるか、と言いたいところですが、割愛してるだけで合間に何球か打ってると脳内保管していただけると幸いです。ちゃんと豊島は全球フルスイングしてます。意地は張ってますが、菜々にいいところを見せるために。
豊島と僕君がメインの話なので省きましたが、豊島に続いてプレーした茂松と菜々についてここで少し。茂松は宣言している通り、運動神経だけはいい方なんです。意外なことに。なので初球は簡単に打ち返してみせて菜々と豊島を感心させるものの、調子づいた途端に粗が出るタイプなので、2球目以降は全部空振りですね。しっかりと笑い者になりましたとさ。
バッティング初挑戦の菜々は、いかにも女子っぽいぎこちないスイングで、なかなかバットに当てることも出来ません。ボールをよく見てとか、落ち着いて構えてとか、後ろで見ている豊島に優しくアドバイスされながら、なんとかラストの1球だけバットに当てることに成功。ようやく打ち返せてはしゃぎまくる菜々を見て、めちゃくちゃ和むお兄さん達。三人の休日は、そんな微笑ましい感じでしたとさ。
一方、今回の主役を務めたゲストキャラの僕君ですが、外伝の序盤では何の変哲もない普通の高校生と自己紹介させておきながら、実は将来を割と期待されている才能を備えた子でございました。タイトルの「全力投球」を伏線に据えたつもりで、ギリギリまで何の部活をしているかを懸命に伏せてきてはいましたが、恋のライバルである豊島と実は浅からぬ関わりを持つ野球少年でしたと。
恋愛感情として菜々に抱いていた憧れを捨て、尊敬として豊島に憧れを抱くようになった僕君。果たして彼は、今度こそチームを地区優勝に導く事が出来るのでしょうか。そして豊島から託された県代表の夢、つまり県大会優勝という大きな目標を目指して、全力投球出来たのでしょうか。
彼のその後の活躍は、外伝「失恋男子の全力投球日記」ラストの6P目で明かしております。