甘ったれ彼氏と、甘やかす二人
時系列・・・「涙の魔法」完結後。ホワイトデー目前の土曜日。
例の一幕からちょうど一ヶ月。いつものように三人集まって、いつも通りの飲み会スタート……の、前に。
菜々「さて、どちらから先に受け取ってあげましょうか?」
豊島「食い気味どころじゃねえ…」
茂松「んじゃ、本命の裕太はお楽しみにとっておいて、俺からにするか?」
菜「その前に!打ち合わせなしで二人ともちゃんと選びました?」
豊「ちゃんと自分一人で用意してきました」
茂「何にするかの相談は一切してまっせん」
菜「よろしい。えへへー、二人ともどんなお菓子くれるのかなー」
茂「あ?お菓子?」
豊「……お菓子の方がよかった?」
菜「へっ?まさか、二人ともお菓子じゃないのにしたんですか?ホワイトデーの定番と言えば、クッキーとかキャンディとか、チョコにチョコで返すとか…」
茂「残念ながら」
豊「ごめんな…」
菜「ふにゃあ……どっちかはお菓子選んでくれると思ってたのにぃ…」
茂「だったら最初からお菓子縛りにしてくれっつの。そしたら何のお菓子にするかだけ考えればよかったんだから、選ぶこっちも楽できたってのに」
豊「帰りにどっか寄って、好きなお菓子買ってやるから。な?」
菜「許すっ!」
茂「過保護乙」
菜「さあさあそんなことより、カナちゃんさんは何選んでくれたんですか?」
茂「すっかりご機嫌になっちゃってまあ……ほいよ」
菜「わっくわっく…………おおっ!ハンカチとは意外!」
豊「シゲらしからぬチョイスだな」
茂「るせー。雑貨屋の特設スペースにあったヤツ、テキトーに選んだだけだ」
菜「テキトーにしてはすごくセンスいいじゃないですか。シンプルですけど、花柄のワンポイントがすっごく可愛くて素敵ですよ」
豊「でも菜々ちゃんにあげるにしては、ずいぶんおとなしめじゃねーか?なんだっけこの花……スミレ?」
菜「ですかね。ムラサキツユクサっぽい気もしますけど」
茂「おとなしめのチョイスはわざとだよ。もう少しおしとやかな女子になりやがれっていう、俺からのささやかなメッセージ」
菜「むっかー!」
豊「確かに程遠いもんな」
菜「むかむかむかーっ!!」
茂「乗っかるヤツがあるか無神経彼氏。なっちゃんいじるの楽しんでねーで、さっさとお前のも渡してやれ」
豊「へいへい……あまり期待しないでね、菜々ちゃん」
菜「わーいっ、何かなー?……ふむ。形状は箱型、小ぶりだけど若干の重量感…」
茂「てことは、指輪の可能性は期待できねーか」
菜「ゆゆーっ!?」
豊「いいからさっさと開ける。もったいぶるほど大したもんじゃねーし、指輪じゃねーのは確実だから」
菜「はー、びっくりしたあ。どれどれ…………あ」
豊「えっ」
茂「何それ」
菜「……香水、ですね」
茂「ほー?俺なんかより遥かにらしくねーチョイスじゃんか、裕太」
豊「えっと……もしかして、あんまり好きじゃなかったかな、こういうの」
菜「いえ、その…」
茂「……なんか、リアクション微妙だな。やらかしちまったか、どんまい」
豊「はあ……難しいな。お菓子の方はさ、何でも好きなの買ってあげるから…」
菜「ち、違うんですっ。これ、あの…………持ってます。今、つけてるヤツです」
豊「うぇっ!?」
茂「はぇっ!?」
菜「この香水使ってるって、豊島さんに話したことなんてなかったはずだし、そもそも香水つけてることも話してなかったのに、なんで…」
茂「な、何この超展開。なんで裕太、これ選んだんだ?」
豊「いや、あの……な、なんとなく、香水にしようかなーって考えて、どれにしようか選んでたら、これがなんとなく菜々ちゃんに合いそうだなーと」
茂「合いそうどころか、まさかの御用達に行き着いてたわけか」
菜「ふあぁ……ちょうどなくなりそうで、そろそろ新しいの買わないとなーって思ってたんですよ。すごいですね豊島さん。さすがラッキースケベです」
豊「褒められた気がしたけど急に褒め言葉じゃなくなった」
茂「てか、なっちゃん香水なんてつけてたんだ」
菜「えへへ……なんというか、そういう習慣ついちゃって。前はローズ系だったんですけど、今はこの桃の香りがなんとなく気に入っちゃったんです」
豊「あー、マジで焦ったわ……やっぱ姉さんに相談して正解…」
菜「ふぁっ?」
茂「おおっ?」
豊「あ」
菜「聞き捨てならないこと言いましたね今!?女子に何あげたら喜びそうか、お姉さんに相談してたんですね!?」
茂「あーあ、どーりで香水選んだ理由聞いた時、軽くどもってたわけだ。自分の姉貴頼るとか甘ったれたことしやがって、せっかくの奇跡的偶然が台無しだわ」
豊「あの、その…………すみませんでした」
菜「ま、まあ、その、香水にした経緯はともかく、偶然あたしが使ってるのと同じのを選んでくれたのは豊島さんでしょうから?相談禁止の約束を破ったことは、豊島さんのラッキースケベに免じて、不問に処してやらなくもないですよ?」
茂「ほー。甘やかし効果か、珍しくデレたななっちゃん」
豊「よ、よかった…」
菜「ただーしっ!お菓子は何でも好きなのって、言いましたよね?ん?」
豊「うぐっ…」
茂「腐女子の言葉狩りこっわ」
菜「何買ってもらおっかなーっ。あっ、このお店のデザートメニューからでもいいんですよ?思いきって今日は、デザートからいっちゃおっかなー」
豊「あの……さっきビール頼みましたよね菜々ちゃん」
菜「ビールはビールです。桃づくしパフェは桃づくしパフェです」
豊「別腹とかいう次元を超越してやがる…」
茂「そしてしれっと頼むモン決めてるな…」
菜「今日はいーっぱい、甘やかしてもらっちゃうんですぅー」
茂「ズルした裕太甘やかすわ、唯我独尊のなっちゃん甘やかすわ、クソ甘カップルだなお前らは」
豊「……俺の財布事情までは甘やかしてくんねーけどな」
【要点解説】
※おもに花言葉。関係の深いものだけ抜粋。色によって違いがありますが割愛。
1)茂松からのプレゼント
→スミレorムラサキツユクサをあしらったハンカチ
・スミレの花言葉
→「愛」「あどけない恋」「無邪気な恋」「純潔」
・ムラサキツユクサの花言葉
→「尊敬しているが恋愛ではない」
2)豊島からのプレゼント
→桃の香りの香水
・桃の花言葉
→「私はあなたのとりこ」「天下無敵」
おまけ)菜々が以前つけていた香水
→ローズ系の香りの香水
・バラの花言葉
→「あなたを愛してます」「熱烈な恋」「私はあなたにふさわしい」
【あとがき】
前回のバレンタインネタである「甘いチョコと、甘やかさない彼女」の続きです。引き続き、花言葉ネタを駆使しました。茂松が抱く菜々のイメージ、豊島が抱く菜々のイメージ、それぞれが感じていることやこれまでに共有してきた過去から印象付いたもの、共感していただけましたでしょうか。
おそらく気に留めていただけたであろう部分は、菜々が以前までつけていたというローズ系の香水のことでしょう。何故それをつける習慣が付いたのか、何故それをやめて違う香水に変えたのか、さらっと書いた文面以上に、実は重要な意味を込めたつもりです。
言わずもがな野田の影響が大きく関わっているのです。交際している頃に彼から贈られたそれには、野田としては自分の好みに合わせてもらいたいという傲慢さが、受け取った菜々としては彼の好みに少しでも近付きたいというひたむきな想いが込められていて、菜々はその香りを自身にまとわせる習慣が付いた。
やがて離別を迎え、野田と決別するために菜々が選んだのは、違う香りの香水をつけること。自分が気に入った物を選び、自分の好きな香りを身につけることで、過去を断ち切ろうと努めていた。そこまで深い意味を持っていたことなどまったく知らずに、偶然にも豊島が同じものを見つけてくれたものですから、嬉しさと感慨深さのあまり彼を甘やかしてしまうのも無理はないのかも知れません。
恋人から贈られた、自身にとってとても大事な意味を持つ、お返しという名のささやかな贈り物。嘘くさいほど奇跡的な偶然の一致に興奮していたものの、今度からは今回もらった香水を普通につけてくるのだろう、と豊島も茂松もごく当たり前のように思っていることでしょう。
「大事に使ってますよ」なんて二人に話しておきながら、そんな菜々はこっそり同じ香水を自分で買って、豊島からもらった香水は大事に大事にしまってあったりする。そんな乙女な一面もあったりするんだろうな、なんてことを考えながら書いた一作でした。