憧れのお兄ちゃん
菜々「豊島さん」
豊島「どうした」
菜「あたし、兄弟が欲しいんです」
豊「ホワッツ!?」
茂松「頑張れよ裕太ー」
豊「棒読みすぎんだろてめえ!」
菜「なに慌ててるんですか?兄弟が欲しいだけですよあたしは」
茂「なっちゃんの、ってことだろ」
菜「そうですよ?」
茂「お前だけ勝手に先走ったこと考えてるだけだ」
豊「……失礼いたしました」
茂「で、兄弟が欲しいから、どした?」
菜「豊島さんもカナちゃんさんも、上の兄弟がいるじゃないですか。だから羨ましいなーって」
豊「あー。上に兄弟がいる感覚がどんな感じなのか、知りたいってこと?」
菜「そうです」
茂「いいも悪いも別になんにもねーよ。上やら下やら兄弟がいようと」
菜「カナちゃんさんだけ下にも兄弟いますもんね」
豊「トモキ、だっけか」
茂「違う、モトキだ。お前いっつも間違うよな、あいつの名前だけ」
豊「だってお前がいつも『トモ』って呼んでるから、そのイメージが強すぎて」
茂「まあ俺の親も『トモ』呼びの癖ついて、自分のガキの名前時々言い間違えかけることもあるけどよ」
菜「なんで『モトキ』なのに『トモ』なんですか?」
茂「…しょーもねー理由な上に、説明長くなりそうなんだけど、聞きたい?」
菜「聞きたい聞きたいっ!」
豊「マジでしょーもねーからな」
菜「豊島さんは理由知ってるんですか?」
豊「まあね」
茂「えーとな、俺と兄弟の名付けの法則は、親の趣味で統一されてんのよ。読みが三文字で、なおかつ漢字一文字で読める名前にしたかったんだと」
菜「カナちゃんさんは『要』ですもんね」
茂「んで、上が『操』で、下が『基』と名付けられましたと」
菜「ふむふむ」
茂「兄貴と俺の名前は問題なく決まったらしいが、下が産まれる時は結構揉めたんだわ。なんせ俺と兄貴はさほど歳が離れてねーから親たちの合意だけで決まったけど、下が産まれたのは俺が中学に上がる頃だったもんだから、親が考えた名前で決まりにするか俺らにも意見を聞いてきたわけ」
菜「カナちゃんさんとお兄さんが、最初に決めた名前に反対でもしたんですか?」
茂「だってよ、基盤とかの『基』って漢字に、それこそ裕太がよく間違う『トモキ』って名前にしようとしたんだぜ?」
豊「で、お前も兄さんも『無理がある』って反対したんだっけ」
茂「何故か親のこだわりに優先順位があるらしくてさ。漢字だけはどうしても譲れなくて、その次が二文字短縮で呼べる名前なんだと。だったら『モトキ』に決めちまっても『トモ』って呼べばいいじゃねーかってことで、無理矢理丸く収めましたと」
菜「つまり、お兄さんの方は『ミサ』って呼ばれてるんですね」
豊「ちなみに母親だけ全員にちゃん付けな」
茂「だーっ!それだけはバラすな馬鹿!」
菜「かーわーいー!今でもそうなんですかあ?」
茂「……どうしても女の子が欲しかったから、呼び名だけでも女っぽく聞こえる名前を付けたかったんだとよ」
豊「未だにちゃん付けなのかって質問の答えになってねーぞ」
茂「うっせーなあ!ああ確かに40に片足突っ込んだおっさんが!還暦過ぎたババアに!ちゃん付けで呼ばれてますよ!悪うござんしたねえ!」
菜「はうー、萌えるうー。豊島さんも『ゆうちゃん』とか呼ばれてたりしないんですか?」
豊「するかよ。俺も姉さんも普通に名前呼び捨てだ」
茂「そういやお前の姉貴、名前なんだっけ?裕子?」
豊「裕美だっつの」
茂「あーそれだそれ。同じ漢字使ってるってことしか覚えてなくて、俺も毎回間違えてんな」
豊「親父の名前から『裕』の字使うってことだけ決まって、あとはフィーリングで付けたらしい」
菜「なんとまあ、あっさりですね」
茂「俺んとこの親にも見習わせたかったわ…」
菜「あたしもお母さんの名前からもじっただけですけど、兄弟がいたらどんな名前だったのかなあ。お兄ちゃんがいたら、お父さんの名前から付けたりしたかなあ」
豊「…上の兄弟しか願望ないの?」
菜「お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったんです、あたし」
茂「下はなんとかなっても、上ばっかりは無理だもんな」
菜「そういえば、お二人は上の兄弟、なんて呼んでます?」
豊「俺は普通に『姉さん』呼び」
茂「俺は『ミサ』か『兄貴』って呼んでるけど」
菜「お兄ちゃんお姉ちゃんって呼んでた時期は!?」
豊「ないわ!」
茂「ねーよ!」
菜「じぃー…」
豊「…………小学校上がる前までは」
茂「…………俺もそのくらいまでは」
菜「はわあー!かわゆすなあー!」
茂「目の前にいんのがただのおっさん二人なの、忘れてねーかなっちゃん」
豊「菜々ちゃんの頭ん中は今、俺とシゲのショタ化した姿でひとしきり楽しんでるんだろうな」
菜「トモちゃんさんはお兄ちゃんって呼んでくれました?」
茂「そいつまで同じ呼び方するんかい。兄貴二人呼び分けねーとだから、ガキの頃からずっと『ミサにい』と『カナにい』だ」
菜「あ、それはそれで可愛い」
豊「可愛いって連呼してるけど、みんないい大人だからね?」
菜「いいなあいいなあっ!あたしもお兄ちゃん欲しいなあっ!」
茂「一時期、裕太のことお兄ちゃんにしてたろ」
菜「豊島さんは彼氏なので、もう別枠扱いなんですよね」
豊「『扱い』扱いなのね…」
菜「なのでカナちゃんさん、あたしのお兄ちゃんになってください」
茂「俺は弟で下の兄弟枠は埋まってるんで、遠慮させていただきまーす」
菜「えー。これからは妹ちゃんの声真似で『お兄ちゃん』っていっぱい呼んであげますからあー」
茂「……それは……悪くねーな」
菜「ねーえー?要お兄ちゃーん」
豊「…………」
茂「……なあ、なっちゃん」
菜「う?」
茂「裕太が俺をブチ殺したそうにこちらを見ている。それでも俺をお兄ちゃんにしますか?」
菜「はい一択で」
豊「…………駄目だ」
茂「いいえ選ぶまで永久ループの某RPGパターンだぞ、コレ」
菜「あーあ。カナちゃんさんが駄目なら豊島さん頼るしかないのに、付き合う時に一旦お兄ちゃん取り消しにしちゃったから、頼みづらいんですよねえー。彼氏もお兄ちゃんもなんて、わがままですもんねえー」
茂「……なあ、裕太」
豊「……」
茂「素直じゃねーお前の彼女が、妹になりたそうにお前を見ている。なっちゃんを妹にしますか?」
菜「じぃぃぃー…」
豊「…………あーもう、わかったわかった。彼氏もお兄ちゃんもなってやるから、そんな目で見んな」
菜「わーい!裕太お兄ちゃん大好きー!」
豊「うわこらっ!抱きつくなっつの!」
茂「よそでやれーい、バカップル兄妹め」
菜「はふー。念願のお兄ちゃんが豊島さんみたいな優しーい人で、幸せですう」
豊「はいはい。俺も俺も」
茂「なっちゃんはもし子供が出来たら、やっぱ裕太みてーな兄貴になってほしいなーって思ってたり?」
菜「もちろんですよ。一人目は絶対に男の子って、昔からずっと考えてるんです。二人目が男の子でも女の子でも、絶対に『お兄ちゃん』って呼ばせたいんです」
茂「だとさ、裕太。お前的には、その辺についてどうなの?」
豊「……俺は別に、どうもこうも何も」
菜「ん?…………あっ、ふぇえ!?べっ、べべべ別にっ、早く子供欲しいとか、そういうつもりで言った訳じゃないですからねっ!?」
豊「そ……そうか…」
茂「でも当然、裕太との子供って前提だろ?」
菜「にゃーっ!そこまでまだちゃんと考えてないんですー!」
茂「そっか。残念だったな、裕太」
豊「……残念がるべき、なのか?」
茂「万が一、裕太以外の男で想定してるなら、残念がるべきだろうけど」
菜「豊島さん以外だなんてそんなっ!ああっ、だからって、豊島さんの子供が欲しいみたいなこというつもりなんて全然ござらなんですたいっ!」
豊「えーとまあ、落ち着こうか。テンパりすぎて言語回路がカオスなことになってきてるぞ」
茂「最初の発言といいこの反応といい、兄貴譲りの鈍感に加えて天然な妹だよな、なっちゃんって」
菜「あたし天然じゃないですっ!」
豊「ド天然はみんなそう言う」
茂「それな」