遠慮と自重の旅模様
時系列・・・「涙の魔法」完結後のとある土曜日。
少し遠くにある街で同人イベントが開催されるという情報を得て、三人で遊びに行くことになりました。
豊島の車で行くことになったものの、運転は何故か茂松。菜々は後部座席なので、彼氏の豊島も後部座席…ではなく、これまた何故か助手席に。
菜々「豊島さん豊島さん」
豊島「んー?」
菜「あーんしてください」
豊「ファッ!?」
茂松「リアルでそんな綺麗な『ファッ!?』が聞けると思わなかったわ」
豊「なっ、えっ、なんだよいきなり」
菜「遠征で小腹空くだろうと思って、お菓子作ってきちゃいました」
茂「あー、さっきからすげーいい匂いすんなーと思ってたら、やっぱその紙袋の中お菓子入ってたのな」
豊「な、なるほど…」
菜「車移動だし、豊島さんの車汚さないように一口サイズで作ってきたんですよ。ほら、食べさせてあげますから、早く」
豊「いっ、いいって、普通にもらうから」
茂「遠慮しねーで食わせてもらえよ、駄目彼氏」
豊「うるせー。黙って前見て運転しろ」
菜「もー、二人デートの時はあーんさせてくださいね?はいどうぞ」
豊「ありがと。へー、チョコクッキーか」
菜「チョコチップ入りの紅茶クッキーです。甘めのチョコ使ったんで砂糖控えめにして、代わりに紅茶の茶葉多めに入れました」
茂「おー、普通にうまそ。俺にもちょーだい」
菜「はいはーいっ」
豊「……ん。すげーうまい」
菜「やったー。はいカナちゃんさん、あーんっ」
茂「あーん」
豊「お前は食わせてもらうんかい」
菜「運転手ですからね。それにお菓子触った手でハンドル触られたくないでしょ?豊島さん」
豊「まあ、確かに…」
茂「んむ、めっちゃうめー。もういっこちょーだい」
菜「わーいっ」
豊「相変わらず遠慮知らずな奴だ…」
菜「豊島さんも遠慮せずにどうぞ、あーんっ」
豊「……あー」
菜「えへへー、やっとあーんしてくれたー」
茂「素直じゃねーヘタレ彼氏の相手も大変だな、なっちゃん」
豊「やかまひーわ」
菜「ていうか、なんで豊島さんが助手席なんですか?」
茂「だよな。俺も後ろに座ればって言ったんだけどさ、助手席がいいって譲らなかったんだわ」
豊「……俺と菜々ちゃんが並んで後ろに座ったら、シゲの運転が疎かになるのが目に見えてたからだ」
茂「付き合ってよーが、なっちゃんより俺の隣がそんなにいいのか」
豊「誤解を招く発言すんな!」
菜「いやー、捗っちゃいますねえー」
豊「ほら見ろ、掛け算妄想始めやがった」
茂「片方が自分の彼氏でも普通に掛け算できんの?」
菜「その程度の障害、私の妄想力の前では塵に等しいのですわ」
豊「暗にゴミクズ扱いされてんのかな俺は」
茂「なっちゃんの妄想力なんか53万じゃ利かねーな」
菜「そもそも運転がカナちゃんさんなのは、どうしてなんですか?」
茂「仕事で散々裕太に運転させてるしさ、休日くらい俺が運転して労ってやりたくて」
豊「だったら車も自分のにしろっつんだよ」
茂「俺の車は燃費と機能性と低コスト重視なだけの軽だし、複数人乗りなら裕太のSUVがいいに決まってんじゃん」
豊「図々しいったらねーわ…」
菜「いいじゃないですか。豊島さんが車出してくれて、カナちゃんさんが運転してくれて、あたしの手作りクッキー食べて、和気あいあいな車旅で」
豊「別に運転は俺でよかったわ。はっきり言って、人乗せて運転するの向いてねーし、シゲは」
茂「なんでよ」
菜「確かにちょっと気になってたんですけど、カーブの時に小刻みにハンドル切るの、癖なんですか?」
茂「微調整だよ。ハンドル固定のまま曲がると車体が左右のどっちかに寄っちゃうだろ?俺はベストなポジションで走らせたいわけ」
豊「乗ってる方はおかげで揺さぶられるから、乗り心地最悪なんだよ。助手席の俺はまだしも、後ろの菜々ちゃんなんか車酔いするレベルだぞ」
茂「俺様の美技に酔いな」
菜「正直、違う意味で酔いそうです」
豊「やっぱりな。この先のコンビニで俺と替われ。ついでにコーヒー買って一服するぞ」
茂「えー。せっかくお前らに気ー遣って運転引き受けてやったってのに」
豊「じゃあ俺らのコーヒー代奢れ。それでお前の面目も立つだろ」
茂「しゃーねーなー」
菜「あっ、カナちゃんさん。あたしの煙草、そろそろ切れそうです」
茂「タカる気満々っすか!?」
豊「グッジョブ、菜々ちゃん」
茂「あー…俺の同人誌購入資金が無残に削られていく…」
豊「あー、そういえば俺の煙草も」
茂「ちゃっかり便乗してくんじゃねえ!」
――で、コンビニで買い物を終えて、外で一服。
茂「いいかお前ら。コーヒーと煙草がワンコインで買えて釣り銭まで受け取れた時代なんか、とうの昔に終わったわけ。なっちゃんが煙草吸える歳になる頃だって、もう300円超えてたろ?今やコーヒーと煙草たった三人分で、昔の煙草カートンで買える値段まで届くんだからな?」
菜「……会計、2000円超えてませんでしたけど、一箱200円しない時代ってよっぽど昔なんじゃ?」
豊「俺らが吸い始めた頃だって200円超えてたわ。計算処理機能の不具合か、記憶領域の劣化による不具合が疑われるな」
菜「カナちゃんさんの電算システムの保守状況は?」
豊「改修遍歴も全体仕様も、在職中の人間で一部でも把握している者はおりません」
菜「あー、システム開発で一番関わりたくないパターンですね」
茂「ちょっと大袈裟に例えただけだ!少しは奢らせることに罪悪感を持てって言いたいだけ!」
菜「気前のいいカナちゃんさん、大好きです」
茂「本心が1ミリもねえ…」
豊「シゲ、これはトレーニングの一環なんだ。いつかお前に彼女ができて、デートの時に当然のように何か奢ってやれる感覚を身につけておかないと、相手に誇ってもらえる彼氏にはなれないぞ」
茂「偉そうに先輩風ふかすんじゃねーし!」
菜「立派な彼氏になると言うより、貢ぎのトレーニングですねそれ」
茂「あー、リア充が二人がかりでぼっちをいじめてくる死にたい…」
菜「そんなに落ち込まないでくださいカナちゃんさん。豊島さんだって、あたしにしょっちゅう奢ってくれるわけじゃないんですよ?」
豊「語弊のある言い方しない。何か奢ってやりたくたって、全然ねだらねーじゃんか菜々ちゃん」
菜「いやあ、もともと物欲ない人間なんですよ、あたしは」
豊「遠慮なんかしなくたっていいって」
茂「そーそー。裕太はウチの出世頭なんだし、相当稼いでるから自重するこたねーよ。遠慮なくタカれ、俺にタカる時みてーに」
菜「自重してるつもりないんですけどねえ……って、なんか風強くなってきましたね」
豊「予報通りだな。早めに出発して下の道通ってきて正解だったわ。シゲの運転で高速乗ってたら、確実に風に煽られて横転して俺の車終わってた」
茂「読みの優秀な彼氏さんですことー」
菜「うあーもー、あたしよりこの風自重してほしいですよお。髪ぼさぼさになっちゃうー」
豊「菜々ちゃん寒くない?スカートで」
菜「寒さは平気ですけぶふぇっ!」
茂「どした?」
菜「ふにゃー、目があー目があぁー…」
豊「なんだ、ゴミでも入ったか?ってこら、擦んな擦んな。取ってやるから、じっとしてろ」
菜「ふえぇ…」
茂「彼氏っつーか母親にしか見えねーわ」
菜「おかーさーん……んみゃあっ!?」
豊「うわっぷ!」
茂「あ」
菜「ふあー、すごい突風でしたね。…あ、ゴミ取れたみたい」
茂「よ、よかったななっちゃん。やっぱアレだな、目がでけー女子はステータスたけーけど、その分こういう時大変なんだな」
菜「う?カナちゃんさん、妙にキョドってません?」
茂「いやいやいや気のせい気のせい」
豊「おいシゲ」
茂「ふぇいっ!?」
豊「しゃがんでる姿勢のてめえの口から出たさっきの『あ』は一体なんだ」
茂「ななななななんでもござんせんっ!」
菜「カナちゃんさーん?」
茂「違うんだってなっちゃん!俺は何も見てない!俺は無実!悪いのは自重しない自然現象の方!」
豊「菜々ちゃん。遠慮はいらねーぞ」
菜「もっち、ろんっ!」
茂「いっでえっ!蹴んのはナシだろなっちゃん!またパンツ見え…!」
菜「やっぱ見たんじゃないですかあ!」
茂「だー!ごめんなさい自重しますから許してく、あだあっ!」