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2話

 まだ周りではたくさんの人々が駆け回っている。いい加減、疲れないのだろうか。


 数分経っても混乱の渦中にある世界を他人事のようにぼんやり眺めながら、俺はギルドの入り口の目の前で突っ立ったままでいた。お姉様方はギルドマスターに報告すると言い残して風のように走り去ってしまった。入り口のドアに『緊急閉店』とメモを残して。おかげで、冒険者登録をし損ねてしまった。


 冒険者登録ができていないせいで、デュエルに行こうにもクエストに行こうにも動けない。登録したらもらえる《ランクバンド》がなければ、行っても入れないのだ。


 空にはまだくっきりと白い文字が残されている。さっきから飛行機が空を旋回しては、何かを吹き付けて文字を消そうとしている。しかし、刻み込まれたようなその文字は空の赤とともに残ったままだ。


「まさか本当に削ったのか?いや、創始者でもさすがにそれは無理か・・・。でも、創始者だぞ? ゲームのプログラムに干渉できることはログアウトボタンを消したことからも推察できる・・・」


ブツブツと呟きながら考えていると、急に声をかけられた。どうでもいいことだったにしろ、思考の邪魔をされたことにムカつく。


「ちょっといいかい?」


「あぁ?」


何だよ、と振り向くと。金髪碧眼の俺とは正反対とも言える、いかにも日本人って感じの男が立っていた。あ、黒髪に黄色人種の肌ってことだ。どうやらNPCではないようで、冒険者の格好をしている。


「怪しいものではないよ」


 疑り深く見つめる俺の視線に気づいたのか、男は手を振って否定した。


「ただ・・・ちょっと気になったんでね」


「何がだよ?」


この男、なんかいけ好かない。無意識に眉間にシワが寄った。カッコつけたような喋り方も、急に声をかけてくる不自然さ・・・無遠慮さも。俺の嫌いなタイプだな。


「君、やけに落ち着いているね」


ズバリと言われた。別にやましいこともなかったので、普通に答える。逆にこれであったら怖いな。

「あぁ・・・まぁな。騒いでも意味がないってのは分かってるし。ぐちゃぐちゃ喋っててもログアウトできるわけじゃないだろ?」


男が驚いたように目をすっと細めた。へぇ・・・と感心したように呟く。それから俺の方を見ないまま言った。


「君の言う通りだ。僕も同じことを考えていたんだ。この人間たちは、どうしてこんなに騒げるんだろうね?」


男の方から視線を逸らし、俺も正面に視点を戻した。まだ人々は蜂の巣を突いたかのように騒いでいる。しかし、その喧騒はなぜか遠い世界のことのように感じられた。透明な膜を張って隔てている感じだ。


「僕は、【アカツキ】。君は?」


男は呟くように名乗った。そのさりげなさに、思わずスルーしそうになった。


ーーが。


「俺は・・・って。えぇぇぇ⁉︎」


俺は飛び上がった。文字通り、本当に。尻餅をついて、男を見上げながら俺は泡を吹きそうになりながら言った。


「お前が・・・【アカツキ】⁉︎ 本当にかよ⁉︎」


「あぁ」


男・・・アカツキは何をそんなに驚くんだという顔をして言った。


 驚かない方がおかしい。こんな、華奢でむしろ日本古来の貴族だと言われた方が納得するようなイケメンが・・・虫も殺さないような顔をしたこいつが、最強プレイヤーだと⁉︎


 でも、よくよく考えてみると分からないこともないのだ。騒ぐプレイヤーたちを蟻か何かのように見下す冷静さ。身体から滲み出る強者のオーラ。漂う王者の風格。偉そうな喋り方も、本当に偉いが故だと考えれば・・・まぁ分からないこともないだろう。結構イラつくが。


 それに、思い返してみれば俺はアカツキの顔を見たことがない。ネットや攻略板でも、名前は結構な頻度で上がっていたが、顔写真などは載っているのを見たことがない。イメージで何となくマッチョなんだろうな、とは思っていたが。あくまでそれは俺の想像であって、思い込みだと考えれば普通に納得できる。


「納得してくれたかな?」


アカツキが俺の心の中を読んだかのようなタイミングで声をかけてきた。どうせ《読心》とかレアスキル持ってんだろーな、とか思いながら頷く。


「そう、それは良かった。」


アカツキは頰を緩め、再度僕に問うてきた。


「それで、君の名前は?」


「俺は・・・」


普通に名乗ろうとして、俺はハッと気づいた、というか思い出した。まだギルド登録をしていないことに。


 他のVRMNOではキャラメイクの時に名前も作るらしいが、【アリアナ】ではギルド登録の際に名前を決定する。要は、登録をしていない俺にはまだ名前がない。


 答えられない俺を言い渋っていると勘違いしたのか、アカツキが顔を覗き込んできて言った。


「焦らさないで早く言ってくれよ。気になるじゃないか。」


「えっとなー・・・あー・・・うー・・・」


言ってしまうべきか躊躇する。初対面のやつに(しかも最強のやつに)言ったら、すっげえ笑われそうな気がするんだが。杞憂かもしれないけど。


「何だよそれ。」


アカツキが顔をしかめた。


「大丈夫だよ、最初から君に何か事情があるのは分かっていたから。今更どんなことを言われようと、驚きも笑いもしないさ」


「え?」


大真面目に言い放つ彼の言葉に、俺は驚いた。事情ってほどのものでもないが・・・分かっていたのか。《読心》か? じゃなきゃぼーっと突っ立ってたから雰囲気で分かったとか?


「事情ってほどのもんじゃないけど・・・まだ俺、名前がないんだよな。」


「はぁ?」


アカツキの口がぽかんと開いた。《読心》を使っていたわけではないようだ。おそらく予想していた答えとかけ離れたものだったんだろう。その顔のまま固まっている。


「ついさっき、初ログインしたばっかでさ・・・ギルド登録をしようと思ってここにきたら、訳わかんない文字のせいでお姉様方はどっか言っちまうし・・・」


「あぁ、そういうことか・・・」


じゃあ名乗れないのもしょうがないなというように、アカツキは俺の肩をポンと叩いて笑った。やっぱりイケメンの笑顔は様になるな、とどうでもいいことが頭をよぎっていく。


「だから今どん詰まりで、どうしようもねーんだよな・・・」


ギルドの中をちらりと眺めるも、お姉様方が戻った様子はない。というか、扉の真ん前で話しているんだから戻ってきたら気付くんだが。


 いつの間にか、広場の喧騒は終息しつつあった。


「じゃあ・・・」


アカツキが口を開いた。ぼんやりと飛ばしていた視線を戻してくると、アカツキは言った。


「僕の特権でどうにかしてあげようか?」


「そんなことできんのかよ?」


反射的に問い返していた。出来なかったら言ってないよな、と思いつつ見ると、アカツキは静かに頷いた。


「出来るよ、ただし自分の《パーティ》に入れるって前提でね。」


「《パーティ》・・・」


 《パーティ》とは、《デュエル》をする際に有利になるために組むものだ。チート持ちで圧倒的有利な場合はソロが多いが、大概の人は知り合いとパーティを組む。アカツキもソロの1人だ。


 名前は欲しいし登録も欲しいが・・・しょうがない。


「いや、辞めとくよ」


迷ったが、申し出を受けないことにした。


「なぜだい?」


不思議そうに眉を寄せるアカツキに、俺は逆に問うた。


「だってお前、ソロだったろ?ソロのやつが急にパーティ組んで上手くいくはずがない。それに、俺はまだレベル1だし。足手まといにしかならないだろう?」


「やってみなきゃ分からないじゃないか。少なくとも僕はやってみる価値はあると思うよ?」


・・・首を傾げる姿さえ様になるイケメンだということに腹が立つ。向こうからしたら理不尽だが。


「うーん・・・」


正直なところ、アカツキはいいと言ってくれたがかなり気がひけるのだ。最強プレイヤーならば、顔も名前も売れているはず。それがいきなりパーティ組んで、しかも組んだ相方がレベル1でした、なんてことになったらアカツキの評判はとんでもないことになるだろう。


 たかが自分ごときのために、人の評判を落とすようなことはしたくなかった。


「僕がこんなに君を誘うのはなんでだと思う?」


囁かれた声に首を傾げる。偶然会ったやつだから?デスゲームになってから最初に喋ったから?


 いや、そんな簡単なことではないはず。こいつがそんなことでパーティまで組むことを決断するはずがない。最も、この場の雰囲気で言ってしまって引っ込められないなんてこともありうるが。俺が見る限り(あと口コミ)では、【アカツキ】は理知的で、冷酷とも言えるほど静かに人やモンスターを倒していくやつのはずだ。


「単純なことさ。」


アカツキはふっと笑って言った。


「君に興味があるんだよ。最初から、ね。もちろん、最初に君に話しかけたのも興味本位故だ」


興味・・・?


「俺のどこに、興味を抱く要因が?」


「そういうところさ」


・・・意味が分からん。


「広場で人々が騒いでた時も、君は1人だけ落ち着いていた。新米なら確実に焦るだろうところなのにも関わらずだ。ギルドの人々がいなくなって待ちぼうけ状態でも、君は苛立ちさえしなかった。それに・・・」


アカツキは悪戯っぽく笑った。


「僕が声をかけた時、君どうでもいいこと考えていたろ? それぐらい余裕かましてられるのが僕には謎だったんだよ。新米のくせにね。来たばっかりならなおさら焦りそうなものなのに」


・・・。


「・・・お前やっぱ、《読心》持ってるだろ。あと《鑑定》も」


「バレた?」


そうニヤッとするアカツキは、最初の偉そうな感じとは随分変わっている。こっちが本来なんだろうな、多分。ていうか、《鑑定》も持ってるとかどんだけだよ。


 《鑑定》もチートスキルの1つだ。相手のステータスはもちろん、得意技や弱点まで全部見ることができる。つまり、無敵になれるチートだ。ホームページでは1番最初のログイン者に渡すと書いてあった。イコール、アカツキ。


「いいよなぁ・・・」


自然と唇から声が漏れおちていた。アカツキが笑みを潜め、訝しげに尋ねる。


「何がだい?」


「決まってんじゃんかよ、チートだよチート・・・」


投げやりな声をそのままぶつける。


「いいよなぁ、チート持ちってよ・・・」


「ぴったり賞もなかったのかい?」


「あぁ」


残念ながら、俺はぴったり賞を当てることはできなかった。1億3865万6802人目のログインらしい。ちっとも惜しくなんかありゃしない。


「どうしようかなぁ、こっからよ・・・」


いつの間にか青く戻っていた空に吸い込まれていく呟きは、思っていたより弱々しく響いた。


 すると。


「だから、僕とパーティ組もうって言ってるじゃないか」


 アカツキの声が、俺のブルーになりつつあった気分を砕いた。


「お前、それまじで言ってんのかよ・・・?」


視線を向ければ凛とした強く輝く双眸。


「もちろん、本気さ」


ひょろっとした感じの頼りない体なのにも関わらず、この時はなぜかすごく頼もしく見えた。背後から後光射してそうなレベルで。


「・・・じゃあ、ありがたく・・・」


自然とそう言ってしまったのも、無理はないと思ってほしい。本気でこの後どうするか迷ってたし。


「そう来なくてはね」


目を細めて、謎にすごく嬉しそうな顔をしてアカツキは微笑んだ。


 ギルドのお姉様方はまだ帰ってきそうになかったので、アカツキの泊まっている宿屋にまず行くことにした。どうやら3人部屋に泊まっているらしい。


「金持ちだなぁ」


と驚いて見つめると、


「狭い部屋が嫌いなだけだよ」


と笑ってアカツキは言った。そういうことが嫌味なくさらっと言えるからすごいと思う。


 予想と違い、アカツキの部屋は簡素でなんというか何もなかった。結構広い部屋にポツンポツンと離してベットが3つ。磨き込まれた床は鈍く輝き、ちりひとつ落ちていない。開け放たれた窓から入る風に、翠色のカーテンがゆっくりと揺れていた。


 カバンや荷物もないのを尋ねると、


「アイテムボックスがあるから」


と『アイテムボックス』ーーアカツキにとっては無限収納庫ーーを見せてくれた。


「『リスト』を視覚化しますか?」


アカツキの手元から機械の声がした。どこかで聞いたような女の人の声だ。


 アカツキは俺には見えないどこかに目を据えて、タップするかのように指を動かした。途端、すっと『リスト』が現れる。


『内容量:27/∞』


 ざっと見ると例のSSSランクの武器や食料品、ポーションなどの薬類が入っている。攻略板で見たことのある名前だったので、SSSランクの武器はすぐに分かった。普通の武器も何種類か入っているようだ。初心者専門の剣や刀、弓矢などが名前からパッと目につく。


「このSSSランクの武器は、一体どこで買ったんだ?」


攻略板でも載っていなかった情報を尋ねる。


「普通にどこにも行かなくても買えるよ。《設定》で《武器》の1番下を見てごらん」

アカツキは視覚化した画面を使って実演しながら教えてくれた。1番下まで見たことはなかったが、確かに見ると《課金》がある。


 タップすると、『口座番号かカード番号を入力してください』と白い文字が浮かんだ。


「覚えているのかい?」


まさかというような目で見てくるアカツキに、俺は自信たっぷりの笑みを返した。


「おうよ。この日のために覚えたんだかんな。」


ピッピッピッ。何十回と紙に書き、何十回と唱えたそれを記憶の底から掘り返す。静かな部屋に、俺の入力する電子音と外の人々のざわめきが、やけに大きく響いた。


『あなたは杉尾岬平(すぎおこうへい)さんで間違いありませんか? はい/いいえ』


「杉尾・・・岬平?」


アカツキが一瞬顔をしかめ、何かに気づいたようにはっと目を見開いた。


「そうさ、これが俺の現実での名前」


俺はその時画面を見ていたので、アカツキの変化には気づかなかった。


「お前は?【アカツキ】の現実での名前は?」


部屋に沈黙が広がった。


 返事が返ってくるのがあまりにも遅かったので、俺は後ろから覗き込んでいたアカツキの方を振り向いた。すると、アカツキは苦しげに顔を歪めてうずくまっていた。


「いつか言うよ・・・タイミングが来た時に・・・」


慌てて駆け寄ると、アカツキは喘ぐような細い声で囁いた。


「今は・・・まだ・・・」


バタッ。


ーーふっと糸が切れたかのように、アカツキは床に倒れこんだ。


「アカツキ? アカツキ!」


脈を確かめようとするも、ゲームの中だったことに気づく。どうしようどうしようと焦っていると、頭の中であの声が響いた。


「レンタル《鑑定》を使用しますか? はい/いいえ」


そう、リストを出す時に聞いた女性の声。レンタル?鑑定?いや、俺持ってないけど・・・だからレンタル?でも、誰が?


 使用するかどうかは、かなり迷った。勝手に使っていいのか?って。でも、これでアカツキが死んでいたらどっかに通報しなければという思いが、俺に『はい』を押させた。


「レンタル《鑑定》を使用します」


「レンタル《鑑定》を使用しています・・・」


「レンタル《鑑定》が完了しました」


《課金》のページが切り替わり、アカツキの状態を表した画面が現れた。



『【アカツキ】 Level 305/500 全職者

 称号:最古参プレイヤー レベル100到達者 レベル200到達者 レベル300到達者 最初のログイン者 攻略組最前線

 スキル:マルチスキル(全属性・全技使用可能) 鑑定 読心 アイテムボックス etc…

 得意技:全て

 弱点:なし


 HP:∞(現在 1/∞)

 MP:∞(現在 0/∞)

 状態:昏睡(疲労性) ⚠︎数時間経ったら目覚める⚠︎』



 疲労性の・・・昏睡?


 そんなのがあるとは知らなかったが・・・良かったぁ・・・。死んでなかった・・・。


 俺はアカツキが無事だったことに安堵し、床にへたり込んでしまった。窓から見える人々の喧騒が、耳に戻ってくる。こんなに騒がしい音が聞こえないくらい自分が焦っていたことに、今更のように気づく。


 とりあえずベットに運ぶか。床に倒れたままでは風邪を引きかねない。


 そう考えてアカツキを持ち上げようとして、思わず俺は苦笑した。馬鹿か、俺は。ゲームの中だ、風邪を引くなんてことは絶対にあるまい。どうも、リアルの感覚が濃くなって来ている。


 ちょっと考えたが、どっちにしろ床にほっといたら後から怒られるだろうと思い、持ち上げて運んだ。どうやって運んだかは・・・まあ、想像に任せる。怒られるったって、もう関わることはないだろうけど。


 ・・・さて。


 俺は音を立てないようにそっと歩いて扉を開け、軋まないようにゆっくりと閉めてアカツキの部屋を後にした。


 宿屋の主人に会釈して宿を出た。道を歩きながら、空を見上げて思う。


ーーやっぱり俺はアカツキにはふさわしくない。あそこで受けてしまったのも成り行きだ。アカツキには・・・もっと、俺みたいな奴じゃなくて、強い奴がお似合いなんだよ。


ベッドに運んだ後、たしかに留まるか立ち去るか少し悩んだ。どうしたらいいか・・・って。でも、よくよく考えると、流れとアカツキの興味だけで俺はあそこに連れていかれたわけで、留まる理由はどこにもなかった。


 幸いなことに、ギルドから宿屋は近かった。人々の流れに身を任せながら、のんびりギルドを目指す。もうかなり時間も経ったし、お姉様方も戻っているだろう。さっさと登録して、同じくらいの人とパーティを組んで仲良くなろう。そう、アカツキなんかと知り合ったのが間違いだったのだ。


 ギルドに着くと、かなり中は混雑していたもののお姉様方は戻っていた。さっき見たエルフの女性が、人垣越しにチラッと見えた。人をかき分けつつ前へ進む。


 もみくちゃにされて這々の体で人の渦から吐き出されると、エルフのお姉さんが目を見開いた。


「あら、さっきの・・・さっきはごめんなさいね、報告に行かなきゃならなくて・・・」


「いえ、大丈夫です。で、今から登録ってできますか?」


「ええ、もちろん。この用紙にあそこで記入して、持って来てもらえる?」


 エルフのお姉さんは『記入台』と書かれた台を指差し、俺に用紙を渡してそう言った。あ、さっきからずっと『お姉さん』とか『お姉様方』と呼んでいるが、やましい意味があるわけじゃないぞ!呼びようがないしエルフって呼び捨てすんのも難だから・・・。

 って、俺は誰に言い訳してるんだろうか。台に向かいながら俺は自分を嗤った。


 記入する項目は5つ。登録名、現実年齢、職業、(持ってる人は)称号、(持ってる人は)スキル。俺は称号もスキルも持っていないので、書く項目は3つだけ。ということで、あっさり書き終えることができた。


 出しに行こうと受付に向かうと、さっきまではなかった長い行列ができている。ちらりと見るとどの人も『クエスト申込書』と書かれた紙を持っている。スタッフが帰って来たから、とクエストを受ける人が急増したのだろう。ざっと1つのカウンターでも20人は並んでいる。順番はまだまだ回って来そうになかった。


 やれやれ。


 溜息をついて最後尾に並んだ。別に後から出直してもいいのだが、早くクエストやデュエルをやってみたいし、増えていく人数を見るとこの列はしばらく解消されそうにない。なら、並んでも待つのみだ。


 ぼんやりと列に並んでいると、たくさんの人の会話が耳に入ってくる。聞いてみると、ほとんどの人が《創始者》の話をし、困惑しているようだった。『運営はどうしてあんなのを許したのか』『イベントやランキングはどうなるのか』『そもそも、本当にログアウトできないのか? 穴があるんじゃないか』 etc…


 確かに、これもイベントの1つかもと考えることもできる。でもそれなら、事前に予告がされるはず。それに、ログアウトボタンを消すなんてもってのほかだ。リアル感を出したいにしても、行き過ぎだと思う。イベントをやりたがらないプレイヤーもいるはずだから、知らなかった人に分かるような仕組みがとられるべきだ。それに、俺のように入って来たばかりのプレイヤーのことも考慮すべき。何も調べていなくても分かるイベントの仕組みにするのが運営の責任だろう。


 考えていると、俺の前にあった列はかなり短くなっていた。もうすぐ順になるだろう。


 そういえば、アカツキはどうしただろうか。まだせいぜい30分くらいしか経っていないから、まだ目覚めていないかもな。病人(ってほどのもんでもないと思うが)をおいて来たということが、俺の良心にちくりと刺さった。でも、それでも・・・


「お次の方、どうぞー」


エルフのお・・・じゃない、受付の人の声で我に返った。いかんいかん。俺はブルブルと頭を振ってアカツキのことを払った。もう、過ぎたことだ。俺ごときがあんな有名人とパーティを組むわけにいかなかったんだし、そもそもあいつの興味に乗るべきじゃなかったんだ。俺だってやるからには最強を目指したいが、チート持ちと組むことで手に入れる最強なら、そんなもん俺はいらない。綺麗事っぽいかもしれないが、これが俺の本音。


 忘れよう。あいつもいつかは倒さないといけないライバルだ。


「冒険者登録をお願いしたいんですが」


気持ちを切り替えたくて、心持ち大きめの声になってしまったが、大丈夫だったようだ。特に変な目では見られていない。


「はい、用紙の記入はされましたか?」


「はい」


「【コウヘイ】さん、現実年齢32歳、メイン職『弓銃者』。サブ職『獣士』。お間違えありませんか?」


「はい」


手続きはあっという間だった。期待と緊張で、ばくばくと鼓動が激しくなっている。


「では、ランクバンドを作ってまいりますので、少々お待ちください。【コウヘイ】さんはまだ最初なので、Fランクになります。そこにある冊子もお読みになった方がいいと思いますよ」


カウンターの脇には、本立てのようなものに何冊か冊子を立てたものがあった。


「よろしくお願いします」


「かしこまりました」


そう言って、受付の人が奥に立ち去ろうとした時・・・


「ちょっと待てよ」


 暗く激しい声が、俺と受付の人を硬直させた。


 動かない首を懸命にグギギと動かして振り向くと、そこには・・・


 アカツキが、怒りと暗い悲しみを同時に目に宿らせて、こっちを見ていた。


「あ、アカツキ・・・」


「コウヘイ」


アカツキは、怖いぐらい冷めた口調で俺を呼んだ。


「最初に気づかなかったのか?」


放たれた問いは、意味がわからないものだった。俺は眉を顰めて見つめ返す。


「いや、最初でなくても、途中にでも。俺がお前の名前に反応した時にも。俺の現実での名前は、お前も知っているはずだ」


あれ、と俺は首をかしげた。なにか、強烈な・・・違和感を感じる。


「だって、俺は・・・」


俺はハッと目を見開いた。アカツキの一人称が変わっている!


杉尾(すぎお)・・・篤樹(あつき)なのだから」


 この時ほど驚いた時はなかっただろう。


 電撃のような感覚が、俺の背骨を貫いた。

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