61.錬金術と化学の教え合い
俺とマック君は、ナンシーさんに昼食をご馳走になった。
そして昼過ぎ。ここは宿屋の一室。
昼食を食べたネルは昼寝してしまった。
俺も昼寝しようか?
「猫さん、ネルちゃんの次はボクの番だよ。
この際何でもいいから、知識をくださいお願いします」
『何でもと言われてもなぁ』と書く。
作文だってそうだ。
何でもいいから自由に書いてください、と言われたら逆に書けなくなる。
選択肢が多すぎるからだ。
テーマを絞ってくれた方が書きやすい。
『マック君は錬金術師って言ってたよな?』と書く。
「そうだよ。もしかして錬金術の新たな境地を見せてくれたり?」
そんなものはない。
ただ、錬金術について興味があった。
化学の歴史は、錬金術から始まったと言われている。
薬の研究を仕事にしていた俺は、当然化学については一般人以上の知識と興味がある。
だから『俺の化学の知識と、マック君の錬金術の知識を交換しよう』と書く。
「化学?! 化学って何だい?!」
『大声出すなネルが起きる』と書く。
「う~ん、猫さんそこは駄目だよー」
ネルが寝言を言う。
夢の中の俺は何をやってるんだ。
「……分かった。ボクの錬金術の知識だね。
ところで猫さんは錬金術についてどれだけ知ってる?」
『安い金属を、賢者の石で金に変えるんだっけ?』と書く。
「それは昔の話で、今は成分の生成と分離、そして反応速度の加速が主流だね。
例えば……」
マック君は水入りの瓶を取り出す。
随分と濁ったガラス瓶だな。
「ここに癒し草の粉を入れる。
本来はポーションになるまで3日ほど煮込む必要があるのだけど。
『クロノスの加護あれ。加速錬成』」
マック君が投入した粉が急速に溶けて、赤色をした液体が出来た。
「とまぁ、こんな感じだね。
今のは水と癒し草の粉の反応を加速させたんだ。
魔法と同じように詠唱が必要だけど、物体しか対象にできない。
生き物相手には無効なんだよ」
ほお。
マック君は、本来3日かかる手順を一瞬で済ませたということか。
「ボクはこの加速錬成しか使えない。
もっと老年の連中は変性錬成や、分離錬成が使えるよ」
面白い。
実に興味深い。
化学反応を加速させることが出来るってことだろうか。
加速錬成とは、化学で言う触媒を用いたようなものなのだろう。
「さあ。次は猫さんの番だ。
ボクに何を教えてくれる?」
そうだな。
せっかくだから周期表でも教えてやるか。
俺は現地語で周期表を書いてやった。
当然マック君の反応はない。
それから俺は鉛筆を取り出し、『これに使ってる黒鉛の主成分は炭素で出来ている』と周期表の炭素を指す。
「うーん、それは猫さんの独自理論かな?
黒鉛の主成分が炭素、それがどうしたんだい?」
『植物や動物、人間を構成している成分にも炭素が含まれている』と書く。
「へぇ。……待って、それってつまり、植物を分離錬成すれば黒鉛が作れるってこと?」
『植物で出来るかは知らないが、俺の出身国では石炭で人工黒鉛を作っているとこがあるな』と書く。
現代では鉛筆は黒鉛と粘土を混ぜ合わせて芯が作られている。
一時期黒鉛が取れなくなった時があったらしく、その時の苦肉の策だったのだろう。
今では黒鉛が足りなくて困るなんて事態は無いだろうが。
「黒鉛が大量生産できるかもしれないってことか。
なるほど、その周期表を理解することで、物体の本質が分かるってことだね」
マック君は頭が良いな。
教え甲斐がありそうだ。
俺はネルが起きるまで3時間ほど、周期表の読み方や特徴、代表的な元素のことを教えてやった。




