7. 珍品展示会
展示会当日となり、クロードさんが御者をつとめる馬車に、アレキサンダー様の後から乗り込んだ。
出発した馬車の中でアレキサンダー様がわたしに話しかけてきた。
「いいドレスだろう、平民の貴様には一生きることがないものだ」
「ありがとうございます。展示会にこなければ着ることはなかったと思います」
皮肉げなニヤニヤわらいをしてきたので、すまし顔でイヤミを返すことにした。
「ふん、おまえが来たそうな顔してたから、しょうがなく連れて行ってやるのだ。せいぜい、俺に恥をかかせるなよ」
そういってアレキサンダー様はそっぽをむいた。
昼過ぎに会場に到着した。会場は街の美術館の一画を使ったもので、1階と2階の広間に展示されている。
馬車から降りて、アレキサンダー様の後ろをついて会場の建物内に入った。
会場の中は広く、机が規則正しく並べられ、その上に展示物が飾られれていた。
会場の中に入ってすぐに、3人の男がよってきた。
「これはこれはアレキサンダー殿、今回の展示物はどのようなものでしょうか。毎回珍しいものをだされているので楽しみでございます」
「今回のも力をいれていてな、古代語でかかれた歴史書だ」
男たちは愛想笑いをうかべアレキサンダー様の出展物に対して賛辞を口にしていた。
「ところで、そちらのご令嬢を紹介していただけないでしょうか。まるで真珠のような神秘的なたたずまい、まさかこのご令嬢を披露なさるのですか」
アレキサンダー様の後ろにいた私に気づいたらしく聞いてきた。
「このものは、わたしの遠縁にあたるものでな、この展示会のことを聞いてどうしてもついてきたいというので連れてきた」
「アレキサンダー様はお優しいですな。子供の面倒までみるとは」
おい、だれが親戚だと思いながらアレキサンダー様の顔を見ると、こちらを横目でみてわたしの反応を見ていた。
それから、展示物を見て回るアレキサンダー様のうしろをついて歩いていたが、取り巻き連中と話がはずんできたので、どこかにいってろといわれた。
気疲れしたので、周りにひとがいなそうな場所をさがすと、テラスには人がいなかったのでそこで一息ついた。
初夏に入り始めたころのさわやかな風が頬にあたって髪をたなびかせるのを感じながら、ボーっと外を眺めていた。
テラスに人が入ってくる気配がした。振り向くと、そこにはわたしと背丈が同じぐらいの男の子がたっていた。
「お邪魔じゃなかったら、ぼくもすこし風にあたらせてもらってもいいかな」
「とても風がきもちいいですよ。これを独り占めするのわけにはいきませんわ」
「ぼくはヨハン・ツー・バルンシュタイン。よかったら、ちょっと話し相手になってもらってもいい?」
男の子はそういって、わたしの隣にきて笑いかけてきた。男の子は金髪碧眼で整った顔立ちをしており、この年ながらなかなか落ち着いた物腰をしている。
貴族特有の地位をかさにきた態度はなく、これなら気負わずに話せそうだ。
「わたくしはユエと申します。プレンジア家にメイドとして仕えています」
「へー、メイドだったのか。普段どんなことしてるの?」
ヨハン様はわたしが平民としっても、態度をかえることなく話を続けた。
「屋敷の清掃などやその他の雑事など、それと、あまった時間に狩りをしています」
「君はメイドなのに狩りもするのかい!!」
「屋敷に仕える以前は、ハンターをしていたので夕食の足しになればと近くの森で狩りをしています」
「それはすごいね!!もっと話をきかせて」
「それでは、以前に故郷の森で見た変わったことをお話いたしますね。ヨハン様はマンドラゴラをご存知でしょうか」
「うん、知ってるよ。引っこ抜くと叫び声をあげる植物のことだよね」
「はい、その通りでございます。ある日、わたしが森を歩いているとものすごい速度で走ってくるものがいたので、そちらを見ると… マンドラゴラだったのです」
「え、マンドラゴラって動くの」
ヨハン様が驚いた顔をしているので、わたしはニヤリと笑いながら
「ハンターの間では走りマンドラゴラとよばれていて、姿はマンドラゴラと同じですが実際はマンドラゴラとは違うものだそうです。普段はマンドラゴラに擬態していて、引き抜かれそうになると走って逃げるそうです」
ヨハン様は、なんだよそれーといいながら子供っらしい無邪気な笑い方をした。
それからも、今まで見たことを話すと、目をキラキラさせながら聞いてきた。
ヨハン様と話していると、テラスに若い男がはいってきて声をかけてきた。
「ああ、ヨハンここにいたのか。すまないな、放っておいて」
「兄上、すこし疲れたのでここで休んでいました」
ヨハン様とよく似ていて、二人は兄弟のようだ。
「そちらのご令嬢は?」
「ユエさんですよ。おもしろい話をたくさん聞かせてくれました」
ヨハン様が紹介してくれ、わたしはヨハン様の兄に向かってスカートのすそを広げながら礼をした。
「ユエと申します。プレンジア家でメイドとして仕えさせております」
「わたしはマルク・アイネ・バルンシュタインだ。弟の話相手になってもらって感謝する」
マルク様は、平民であるわたしに対してもまっすぐに目をみて話しかけてきた。貴族でもこういうひとはいるんだなと意外だった。
「それで、どんなことを話していたんだい」
「兄上、それがですね…」
ヨハン様はうれしそうに話し、マルク様がほほえみながら聞いていた。
「ユエ、どこにいる」
わたしを呼ぶアレキサンダー様の声が聞こえた。どうやら、取り巻きたちとの話がおわったようだな。
アレキサンダー様はテラス入口付近にいたので近寄っていった。
「申し訳ありません。テラスで風にあたっていました」
「まったく、フラフラとほっつきおって。まるで迷子の子供のようだな」
憎まれ口をたたきながらこちらを見下ろしていた。
そこに、マルク様が近づいてきてアレキサンダー様に話しかけてきた。
「アレキサンダー殿、申し訳ない。ユエ嬢には話相手になってもらっていたのだ」
「こ、これはマルク殿、うちのメイドでしたら好きに使っていただいてよろしいです」
アレキサンダー様は驚いた顔をしてから狼狽しながら話していた。
「アレキサンダー殿がうらやましい、このような優秀な使用人がいるとは」
「いえいえ、もったいないお言葉です。近隣の村から雇っただけのただの平民です」
「ほう、そうでしたか、人を見抜く目をお持ちなようだ」
マルク様がアレキサンダー様をもちあげると、まんざらでもない顔をしていた。
なるほど、こうやって褒めればアレキサンダー様は上機嫌になるのか、マルク様はひとの扱い方がうまいな。
「よろしければ、今度当家でひらかれるヨハンの誕生パーティーに出席していただけないだろうか。ぜひ、アレキサンダー殿ともっと話をしてみたい」
「もちろん、よろこんで参加させていただきます」
マルク様の横にいるヨハン様が赤い顔をしながら、こちらをチラチラみていた。
「それと、ヨハンがユエ殿をいたく気に入ったようなのでな、連れてきてもらえないだろうか」
「場違いになるやもしれませんが、連れて行きましょう」
アレキサンダー様がこちらをにらみつけたが、すぐに作り笑いをした。
いつのまにか話が変な方向にいってる。もしかして、貴族の誕生パーティーにいくことになるのか。
「それでは、わたしはそろそろ失礼させていただくよ。パーティーの件楽しみにしているよ」
「ユエさん、きっときてくださいね」
挨拶を交わすと、マルク様とヨハン様が離れていった。
「やったぞ!!まさか、公爵家であるマルク殿に招待されるとはな」
アレキサンダー様がおさえきれないように喜びを露にをしていた。
お二人は、公爵家の人間だったのか。金髪碧眼で顔も整っていてああいうのが王子さまっていうんだな。
「アレキサンダー様、やはりわたしも誕生パーティーにでないといけないですよね」
「当たり前だ。貴様がきっかけで公爵家とのつながりをつくることができた。一体どんな手を使ったんだ」
普通に話をしてただけなんだけどなと思ったが、アレキサンダー様の喜びに水を差さないように黙っていることにした。