6. マナー講習
それから、1週間アレキサンダー様からイタズラを受け続けたが、すべて防ぐとあきらめたようで何もしてこなくなった。
屋敷の仕事に慣れてきて特に問題なくやっていけそうだったので、じいちゃんに会って無事なことを伝えることにした。
カティナねえさんに外出するときはどうしてるのか聞いてみた。
「メールビットさんに外出することを伝えておけば、後は自由だよ」
来客もなく、クロードさんとメールビットさんで屋敷を仕切っているので、ずっといなくても問題ないらしい。
「ああ、そうだ。明日街の郵便局にいくからあんたもついてきて、ついでに用事すませてくる?」
明日手紙を出しに行くそうで、ついていくことにした。
「よし、屋敷内の仕事も終わったし、街にいこうか」
メールビットさんに、いまから街にいくことを伝えて、カティナねえさんと一緒に屋敷から出発した。
「ここが郵便局だよ」
大通りに面した石造りのしっかりした建物の前にきた。
中に入ると入口の正面に広いカウンターが置いてあり、受付係の職員が並んでいた。
「こちらの手紙の配達をお願いします」
「はい、承りました」
カティナねえさんが金色の小さいプレートをみせてから、受付の人に手紙を渡した。
「それと、こっちの子は屋敷に新しく入った子なので、今後手紙の受け渡しに来るときは、よろしくお願いします」
「なるほど、わかりました」
受付の人に紹介されたので挨拶した。配達代が後で屋敷に請求がくるので屋敷の使用人の顔を覚えてもらっていると、郵便局から出た後に説明してもらった。
「そういえば、さっき受付のひとに見せていた金色のプレートってなんですか?」
「あれは、身分証だよ。手紙の受け取りをするときは見せるのが決まりになってるのさ。特に、プレンジア家から出すものは扱いが慎重になるからね」
そういって見せてくれたプレートには、カティナねえさんの名前とプレンジア家の家紋が彫ってあった。
「あたしは、毎週手紙の受け渡しをしてるから、家紋いりの身分証をもらえたけど、よっぽど主人に信頼されている使用人しかもらえないらしいよ」
平民の身分証は銀のプレート、貴族は金のものになっていて、貴族が使用人に金のプレートをもつことを許可することがあるそうだ。
「これで仕事はおわりだ。わたしは適当にぶらついたら屋敷に帰るから、あんたも用事がすんだら戻っておいで」
カティナねえさんと別れて、わたしはじいちゃんが泊まってる宿に行くことにした。
宿につくと、女将さんがいたので声をかけたら
「あら、ユエちゃんじゃない、メイド服をきているから最初わからなかったよ」
「いま領主様の屋敷で働いているんですよ」
「それはすごいじゃないか、よく働くんだよ」
女将さんは感心したあと励ましてくれた。
「今日はじいちゃんに会いに来たのですが、いますか?」
「残念だけど、ニコラスさんは外に出ちまってるよ。何か用があるなら伝えておくよ」
「それなら、この手紙を渡してもらってもいいですか?」
「わかった、渡しておくよ」
じいちゃんはいなかったか、たぶん滞在中の費用をかせぐためにハンターの仕事にでかけてるんだろうな。いないときのために手紙も用意しておいてよかった。
じいちゃんには会えなかったが手紙を預けられたので屋敷に戻ることにした。
屋敷に戻る途中の道で、わたしを呼ぶ声がしたのでそちらを見た。
喫茶店の前にイスとテーブルが並べられていて、そのひとつにカティナねえさんが座ってお茶を飲んでいた。
「ユエ、用事はすんだのなら、一緒にお茶のんでいかないかい」
まだ時間もあるみたいだし、カティナねえさんの誘いにのることにした。
お使いの帰りに街をぶらつくのがカティナねえさんの楽しみらしく、ここはいきつけの店の一つらしい。
「ここはお茶もおいしいけど、焼き菓子がうまいのさ」
「それじゃあ、カティナねえさんと同じものをたのんでみます」
店員さんを呼び注文して、持ってきてもらった。
クッキー生地の上にフルーツをのせたもので、フルーツは蜜付けにしてありクッキー生地との組み合わせがいままで食べたことのない味だった。
「おいしいです!!喫茶店ってはじめてきましたが、こんなにおいしいものが食べられるんですね」
「そうか。そりゃよかったよ」
味を楽しみながら夢中で食べるわたしを、カティナねえさんは微笑みながら見ていた。
美味しいものをたべて上機嫌で屋敷にもどり、メールビットさんに手紙を出してきたことを報告すると
「ユエ、アレキサンダー様からの指示がきました」
いやな予感がしながら、聞いてみると
「1週間後、アレキサンダー様が珍品展示会にいくのでユエさんが同行せよとのことです」
「え……なんですか、その展示会というのは?」
「貴族同士で自慢の一品をみせあう催し事よ」
メールビットさんのいうことから、会場は貴族だらけということか。
「わたしには、そのような場所は不釣合いだとおもうのですが……」
「貴族同士の催し事ではパートナーとなる女性と一緒に出るのが通例で、その相手としてあなたを選んだそうです」
なんでだ!!貴族だったら、婚約者の一人ぐらいいるだろと心の中で叫びながら、説明をきいた。
「わたしマナーなんてぜんぜん分からないのですが、大丈夫でしょうか」
「問題ありません。展示会まで一週間あるのでそれまでに教えます」
それから、一週間メールビットさんから、立ち振舞いや話し方などのマナーを叩き込まれた。
「立っているときは脚を開いてはいけません。内股になるようにつま先に重心をもっていきなさい」
「手は拳をにぎらない。へその上で手のひらを重ねるようにしなさい」
「イスにはもっとゆっくりすわりなさい。淑女ならではのたおやかさをみせるようにしなさい」
へろへろになりながらベッドで寝転がっているとカティナねえさんが声をかけてきた。
「大変だね。まさか貴族様の催し事にいくなんて」
「そうなんですよ、わたしなんて、どうみても場違いですよね」
「でも、おいしいものとかたくさん食べられそうなのはいいんじゃないかな」
「メールビットさんに聞いたのですが、パーティーなど貴族の催し事で出される料理には手をださないのが普通らしいです。わたしは何もせずアレキサンダー様の後ろをついてまわってれば基本大丈夫といわれました」
そういうと、カティナねえさんはこちらを気の毒そうな目でみて、がんばってねといってきた。
展示会前日、会場に着ていくためのドレスが出来上がったので、試着することになった。ドレスは白い生地をつかい、花の飾りやフリルをあしらったかわいらしいデザインのものだった。
メールビットさんに着せてもらうことになったのだが、まずいことになった、着替えるために服をぬいだら、わたしのアレをみられてしまう。
「今日はドレスにきがえた状態でいままで教えたことの最終確認をしますよ」
さあ、どうしよう…と焦り、メールビットさんにこの場から離れてもらうことにした。
「メールビットさん、アレキサンダー様がよんだような気がします」
「わたしには聞こえませんでしたが、一応きいてきましょう、そのまま待っていなさい」
よし、アレキサンダー様の居室に向かった。このすきに、自分でドレスを着てしまおう。
「なにもなかったですよ、ユエの勘違いね。おや、ドレスを自分できてみたのですが、でもそれだと着付けが崩れてるわね」
なんとか、メールビットさんが戻ってくる前にドレスを着て、頭にヘッドドレスをつけることができた。着方がメイド服と同じようなものだったのが幸いした。
ドレスをきたまま最後の講習をうけたが、ひらひらしていて落ち着かなかった。
不安になってきて、明日の展示会には鎧でも着ていきたい気分だった。