4. 屋敷の使用人たち
渋るじいちゃんに案内してもらって、屋敷の前に到着した。領主様の屋敷は大通りのつき当たりにあり、屋敷と庭をふくむ広い敷地が塀でぐるりと囲まれていた。
「それじゃあ、じいちゃん行ってくるね」
「ああ、くれぐれも気をつけるんだぞ。つらくなったらいつでも逃げ出して来い」
じいちゃんと別れて、屋敷の門の両脇にたつ衛兵に声をかけた。
「おまえのような子供がなんのようだ」
「アレキサンダー様よりこちらの屋敷にくるようにいわれたユエといいます。取次ぎをお願いします」
衛兵はこちらをみて戸惑ったような顔をしたが、確認してくるといって屋敷の中に入っていった。少したったあとに、衛兵と一緒に黒いパリッとした服を着た初老の男が出てきた。
「当家の執事長を務めておりますクロードと申します。アレキサンダー様よりうかがっておりますので、どうぞ中へ」
クロードさんは無駄のない洗練された歩き方をしていて、いかにも有能そうな執事といった感じだった。屋敷に入ると、玄関ホールだけでじいちゃんの家がすっぽりはいってしまいそうな広さに目をみはった。
正面にある階段をのぼっていった先の部屋に通されると、中は広く調度品が目だなない程度におかれが部屋の雰囲気をほどよく出していた。
革張りのソファに深く腰をおろしながら、お茶をのむアレキサンダー様の姿がみえた。
「アレキサンダー様、ユエさんがいらっしゃいました」
「ん?おまえは… ああ、そうだったな」
ひざまずくわたしを見ながら、少しの間悩んだ後ようやく思い出したようだ。どうやらいままで、忘れていたらしい。
「適当になにかやらせておけ、下がっていいぞ」
けだるげに言い放つと、興味をなくしたように目線をはずした。
部屋から出た後、1階に下りて廊下の奥にある部屋の中に入った。
部屋のなかは厨房兼食堂のようで、簡素なテーブルといすがいくつか並んでいた。クロードさんが席をすすめてきたので座ると、正面にクロードさんも座った。なにをいわれるのか不安におもいながら正面のクロードさんをみた。
「わたしは…ここでなにをすればいいのでしょうか」
「ユエさんにはメイドとして、屋敷内の雑事をやっていただきます」
どんなことをやらされるかと思ったら、ただのメイドかとおもい脱力した。
「まずは、雇用条件についての説明をいたします。給料として月30枚の銀貨を支給します。また住み込みで働いていただくので、使用人用の部屋で寝泊りしてください。食事については、こちらの部屋で昼と晩の2食を用意します」
クロードさんの説明をきいてると、住むところと食事も用意してくれて給料もでるそうだ。銀貨1枚で一般的な家庭が1日につかう生活費なので、これすごく条件いいんじゃないかと思った。
「メイドの仕事の詳しいことについては、メイド長のメールビットさんから説明があります」
クロードさんにつれられて、食堂をでてから廊下の突き当たりの部屋に来た。
クロードさんが扉をノックすると、背筋をぴんとのばして眉根をよせた厳しそうな初老の女性がでてきた。
「こちらが新しく入りましたユエさんです。メイドの仕事の説明をよろしくお願いします」
そういって、クロードさんは離れていき、メールビットさんと二人になった。
「はじめまして、ユエといいます。メイドの仕事は初めてなのでご指導よろしくお願いします。」
「よろしく。それでは屋敷の中を案内しながら説明するのでついてきなさい」
メールビットさんの後をついていきながら、屋敷内の部屋配置や、仕事内容のおおまかな説明を受けた。屋敷の1階は応接間や領主様たちが使う食堂があり、奥の目立たない部分に使用人用の食堂や寝室がある。2階には執務室やお館様の寝室や客室があり、部屋数は10以上あり、かなりの広さのようだ。
「おおまかな説明は以上です。あなたには、主に屋敷内の掃除や洗濯物をやってもらいます。詳しいやり方についてはもう1人のメイドのカティナに聞きなさい」
説明を聞きながら、ふと、気になることがあったので質問してみた。
「あの、質問いいでしょうか」
「いってみなさい」
「屋敷を回って見て他の使用人の方の顔を見ないのですが、全員で何人いるのでしょうか?」
「わたしを含めて全員で5名です。丁度いいです、他のものへの顔あわせを済ませましょう」
この広い屋敷を5名で管理してるのかと自分の耳を疑った。雇用条件はいいのに、人が少ないことに早くも不安になってきた。
メールビットさんに連れられて先ほどまでいた食堂の先にある厨房の中にはいると、料理人の服をきた体格のいい中年の男が作業をしていた。
「ボルクさん、すこしいいですか」
メールビットさんが声をかけると、ボルクさんが振り返った。
「こちらは、あたらしく入ったユエです」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「……よろしく」
ボルクさんは言葉少なく返事をかえすと、また作業にもどった。かなり寡黙なひとのようだ。
厨房をでると次は馬小屋に向かった。馬車用の馬やアレキサンダー様専用の馬の世話をしているらしい。
屋敷の裏口からでた先に馬小屋があり、中をのぞくと柵で区切られ馬が一頭づつ入っており、その中の一頭にブラシをかけている若い男がいた
。
「カール、いま大丈夫かしら」
「あ、メールビットさん、どうしました?」
「こんど新しく入った子がいるので、その顔合わせです」
馬たちの世話をしている人はカールというらしく、挨拶をした。
「よろしく~。ぼくはカール、ここの馬小屋で馬たちの世話をしてるよ」
カールさんはニコニコしながら目線を私に合わせて低くして挨拶をしてくれた。このひといいひとだな~と思ってると
「ここの子たちも紹介するよ、この子はメアリー。馬車を引いてくれる力持ちな子なんだよ。でも、毛並みすごくきれでね、鹿毛の茶色い発色は光り輝くようで、たてがみと尻尾の毛並みはさらさらですごい美人さんなんだ」
すごい勢いでまくしたてながら、馬小屋にいる馬たちの紹介を始めた。どこで口をはさもうかとタイミングを計っていると
「ほかの馬の世話はよいのですか、作業の途中だったのでしょう」
「おっとそうでした。では作業に戻ります」
メールビットさんがいうと、カールさんは馬たちの方に戻っていった。
最後は、私の先輩メイドであるカティナねえさんだ。屋敷の中に戻るかと思ったら、なぜか庭の方に向かっていくと、庭の芝の刈り込みをしている若い女性がいた。
「カティナ、すこし手を休めてもらえるかしら」
「あ、はい、なにか用でしょうか」
明るい茶色の髪を後ろでひとまとめにし青いツナギを着た10代後半の女の子が、手についた草を払いながら立ち上がった。どうやら、このひとがカティナねえさんらしい。
「はじめまして、ユエです。今日からメイドとして働きますので、ご指導よろしくお願いします」
「あー、あんたが新しく入るっていう子か。よろしくね~」
カティナさんは気負わない感じで話しかけてきた。しかし、なんでメイドなのにツナギをきて庭の手入れしてるのか気になってしょうがない。
「これから、あなたと一緒に働いてもらうのでいろいろ教えてやってちょうだい」
メールビットさんがカティナねえさんにいうと、わかりました~と間延びした声で返事していた。
屋敷内に一緒にもどりながら、説明をうけた。
「あとは、執事長であるクロードね。領地の政務の補助や、プレンジア家の財務を管理してるわ。わたしは、アレキサンダー様の身の回りのお世話や屋敷内の使用人の統括を行ってるわ」
使用人用の部屋が集まってる場所にきて、ある部屋を指差しながら
「ここがあなたの部屋よ、カティナと相部屋になっているわ。屋敷内の使用人と設備については以上だけれど、何か不明な点はあるかしら」
詳しいことはカティナねえさんに聞こうと思い、特にありません、と答えた。
「部屋の中にあなたのメイド服がおいてあるから、明日からそれを着てきなさい。とりあえず今日は仕事はないので好きにしていなさい」
メールビットさんがいなくなってから部屋にはいると、部屋の内部にはベッドと机が1つづつ左右に分かれて置かれていた。
支給されたメイド服をさがすと、壁の着物かけにかけられていた。濃紺のワンピースに白いエプロンがついており、メイドキャップがセットでついており、飾り気がなく実用的なデザインをしている。
メイド服を着てみて着心地を確かめていると部屋のドアがあいてカティナが入ってきた。
「お、さっそく着てみたんだね、なかなか様になってるじゃないか」
「カティナさん、これから同室ですね。不束者ですがよろしくお願いします」
そういうと、カティナさんが面白い子だねといいながら笑っていた。なにか変なこといったかな。
それはそうと、なんでつなぎをきてるのか気になってたので聞いてみた。
「わたしは屋敷内の仕事のほかに庭の管理もしててね、さっきまで庭の芝刈りしてたからつなぎを着てたんだよ」
カティナは説明しながら、メイド服に着替えた。
「屋敷の掃除をして、さらに庭のほうもやってるのですか」
「これはあたしが好きでやってるんだよ、メイドの仕事のほかのこともすると給金をあげてくれるからね」
「がんばれば給金ふえるのはいいですね」
「それが気に入ってるから、この仕事続けてるようなものだからね。それとさん付けだとむずがゆいから呼び捨てでいいよ」
それなら、姉御ってよぼうとしたらとめられたのでカティナねえさんと呼ぶことにした。
それから屋敷のことについてきいてると、夕食の時間になったのでカティナねえさんと一緒に食堂にむかうことにした。
「2人分おねがいします」
「ああ、まってろ」
食堂につくとカティナねえさんが料理長のボルクさんに声をかけて席に座った。
どんな料理がでてくるのか楽しみにまってると、できたぞという声がしたので料理を受け取りにいき席に座って食べ始めた。
「なんだい、そんなにあわてて食べなくてもとりゃしないよ」
初めてたべるおいしさに夢中になってるとカティナねえさんに苦笑された。
「おいしくて、つい… もしかして、毎日こんなにおいしいの食べられるんですか!!」
「まあ、ボルクさんの料理はおいしいからその気持ちはわかるよ」
「毎日これが食べられるなんて、この屋敷で働けて幸せです!!」
料理について話してると厨房の方から、咳払いがきこえてきて、カティナねえさんと顔を見合わせて笑った。
おなかがいっぱいになり、ベッドにもぐりこむと今までの不安な気持ちなんてなかったかのようにぐっすり眠れた。
これなら、うまくやれそうかなぁ……