32. ベッドに引きこまれて
アレキサンダー様やエリザベス様に振り回されながらようやく誕生パーティーの当日となった。
夕暮れごろ、ドレスに着替えたわたしは、アレキサンダー様と一緒に、ジョスさんに馬車で公爵家邸宅まで送ってもらった。
馬車を降りて、会場の中に腕を組んで入っていくアレキサンダー様とエリザベス様を見送った。
会場の入口で受付をしていた公爵家使用人に、ヨハン様からの手紙を見せると、別の入口から客室に案内された。
部屋の中は広く、品のいい調度品がさりげなくおいてあり落ち着ける雰囲気だった。部屋においてあるふかふかのソファーに座って待っていた。
小一時間まっていると、入口の扉があいた。
「すいません、お待たせしました」
ヨハン様が入ってきたので、ひざをつき礼をした。
「ユエさん、楽にしてください」
立ち上げりヨハン様をみると、わたしより頭一つ分ぐらい大きくなっていた。
「おひさしぶりです。お変わりありませんでしたか」
「お誕生日おめでとうございます。ヨハンさまはすっかり大きくなられましたね」
1年前に見たときはまだ子供っぽかったが、いまは幼さと大人っぽさを合わせた成長期特有の顔つきをしていた。
ヨハン様と挨拶を交わしていると、ドアが開き2人が入ってきた。
「おっと、邪魔をしてしまったかな」
以前の誕生パーティーや鹿狩りで見たことのある顔で、少し考えてから思い出した。公爵家当主のグエン様と、長女のレティシア様だった。
急いでひざまずいて頭を垂れたわたしに、グエン様が声を掛けた。
「よいよい、楽にせよ。おぬしがユエか」
おずおずと立ち上がったわたしをしげしげと見ていた。貴族の中でも大物である人物にみられて、失礼がないか不安になってきた。
「うーむ、このような少女がクマをナイフで倒したとはな…」
「お父様、女性をじろじろとみては失礼ですよ」
グエン様の隣にいたレティシア様が嗜めると、これは失礼といってグエン様は大口をあけて笑っていた。
「昨年の鹿狩りで、アレキサンダーとおぬしでクマを倒したときいてな。そのときの戦いを聞かせてくれぬか」
グエン様は目をキラキラさせながらこちらを見ていた。
アレキサンダー様の手柄となるようにすこし脚色しながら説明した。
「なんと!?木に登って上から目に直接ナイフを叩き込んでとどめをさしたのか」
グエン様は大仰な反応を返しながらうなずいていた。隣のレティシア様が、本当にこんなにかわいい子がたおしたのねとつぶやいていた。
「実に興味深い話であった。主を守るためにクマに立ち向かうとは天晴れであるぞ!!」
「お父様、そろそろ会場にもどりませんと」
レティシア様が、まだ話を続けたそうにするグエン様を部屋からつれ出していった。
「がんばりなさい、ヨハン」
去り際に、レティシア様がヨハン様に声をかけてから出て行った。
「すいません、父がユエさんが来ると聞いてどうしても話をききたいといって」
「いえ、そんな大した話でありませんよ」
謝ってくるヨハン様に恐縮しながら返事をした。
「少し、外を歩きませんか」
ヨハン様についていくと邸宅の前にひろがる庭にきた。外は暗くなっていたが、庭には外灯があり、手入れの行き届いた庭を照らしていた。
「どうですか、うちの庭は?考え事をするときなど、ここでよく散歩しています」
レンガでつくられた道の脇にはど色とりどりの花が計算された配置で咲いていて、見事なものだった。ヨハン様と最近のことなどを話しながら一緒に庭の中を散策した。
○●○●○●○
参加しているほかの貴族たちに挨拶してまわり、緊張をほぐすために酒を飲んだのだが少し飲みすぎたようだ。
エリザベスは他の子女の着ているドレスが気になったようで別れて、オレは涼みにバルコニーに出た。
バルコニーにはドレス姿の女性がいて、公爵家のレティシア殿のようだ。
「もう、ヨハンったら、公爵家の男子たるものもっとぐいぐいと攻めていきなさいよ」
声を掛けようとしたら、庭の方を見ながらつぶやいていた。
気になったので見てみると、外灯に照らされた庭の中の道をユエとヨハン殿が一緒に歩いているのを見つけた。
ヨハン殿は上気した顔でぎこちなくしゃべりかけ、ユエはうれしそうに笑いながら聞いていた。
ユエの様子をみていると焦りにも似たもやもやした気分になり、会場にもどって酒をさらにのんでごまかした。
○●○●○●○
ヨハン様と話しているところに、メイドさんが来た。
「申し訳ありません、エリザベス様よりユエ様をお呼びしてほしいとのお言伝です」
「申し訳ありません。もう少しお話をしていたかったですが、失礼いたします」
残念そうな顔をするヨハン様に別れを告げて、メイドさんに案内されて後をついていった。
案内された先は客室で、中にはいると、ベッドの上にうめくアレキサンダー様をエリザベス様が介抱していた。
「のみすぎよ、もう…」
アレキサンダー様は真っ赤な顔をしていて、お酒を飲みすぎたらしい。
「立てますか、アレキサンダー様」
アレキサンダー様はふらふらとしながらも立ち上がったので、支えながら馬車まで連れて行った。
くるしそうにうめくアレキサンダー様を乗せて、ようやく別宅についた。
「それじゃあ、ユエ。あと頼むわね」
自室のベッドに寝かされたアレキサンダー様を、あきれたよう見ていたエリザベス様が部屋から出て行った。
「水をのむとすこしは楽になりますよ」
水の入ったコップを盆に載せて渡すと、アレキサンダー様は一気に飲み干した。
空になったコップを受け取ろうと、お盆を差し出した。
アレキサンダー様はわたしの方をとろんとした目でみつめてきた。
「ユエ… おまえはオレのものだ」
「へっ、ちょっと、なにを!?」
アレキサンダー様はお盆を持っていたわたしの手首をつかむと、引き寄せてきた。
コップとお盆が床におちてコロコロと転がっていった。
肩をベッドに押さえつけられて組み敷かれ、アレキサンダー様が見下ろしてきた。
どうしようと混乱する頭で、アレキサンダー様を見るとなにか切羽詰ったような顔をしていた。
「どうしてそんな顔をしているのですか」
わたしはアレキサンダー様に手を伸ばして、ほおに触れた。
「お前はオレをおいていかないでくれ。ずっと一緒にいてくれ…」
アレキサンダー様は泣きそうな表情になると、わたしの背中に手を回して抱きついてきた。
わたしはアレキサンダー様の髪の毛をよしよしとなでた。
しばらくそうしてると、寝息が聞こえてきた。ベッドから出たいけど、がっちりと両手で胸に抱え込まれていた。
抜け出せそうもないのであきらめて目をつむると、ほどなく眠気がやってきた。
小さかった頃の夢をみた。
じいちゃんに父と母に会いたいというと、困った顔をされた。
父と母はどこか遠くにいってしまってもう会えないんだといわれて、わたしは大声で泣いた。
そんなわたしを抱きしめて、泣き疲れて寝るまで頭をなでてくれた。




