2. 森の中の少女
うっそうと木が生い茂る森の中、鹿を追いかける老齢のハンターの姿があった。
「ユエ、そっちにいったぞ」
「わかった、まかせて」
返事をしたのはフードを目深にかぶった子供だった。ハンターが追い込んだ鹿が向かってきたのにあわせて矢を放った。
ドスッと音がして眉間に矢がつきささり鹿が倒れた。
わたしは鹿が倒れたまま動かないのを確認するとふぅと息をはいて構えをといた。
そこに、よくやったといいながらニコラスじいちゃんが、こちらに近づいてきた。
「ユエもずいぶん上達したな」
「ほんとに! でも、じいちゃんにはまだ勝てないんだよなあ」
ほめられて、少しは上達したかなとおもい頬が緩んだ。
狩った鹿の血抜き処理をしてから、じいちゃんが鹿を肩に背負い家に向かった。
物心ついたころから、ハンターであるじいちゃんに狩りの方法など森で生きていくためことを教わってきた。家と森の中を行き来し、動物を狩ったり、きのこや薬草などをとるのが日常だ。
じいちゃんには人前には出るなといわれいて、近くにある村には近づけさせてくれない。いままで、会ったことがあるのは、じいちゃんと、じいちゃんの友達の医者のトマスおじさんぐらいだ。
母は幼い頃に亡くなっときいており、父については教えてくれず、じいちゃんがわたしとっての唯一の家族だ。
家につき、鹿の解体をし、とりだした内臓を早めに使い切るために今日の晩御飯にだすことにした。
テーブルの上に料理をならべ、じいちゃんの対面の席に座って食べ始めた。
「ユエの料理は、なんというか男らしいな」
じいちゃんが料理をたべながら、なんともいえない顔をしていた。肉は大きめにきったのがすきなので、ぶつ切りにし塩をまぶし森で採ってきた香草をつけて焼いている。
「えー、じいちゃんだって似たような感じじゃないの」
「はぁ、もうすこし女の子らしく育てるべきだったかな…」
料理のしかたもじいちゃんに習ったものなので、似たようになるのは当然だし、おいしければいいじゃないかと思いながら食べていった。
料理を平らげてから、洗い物をすませて、お茶を飲んでまったりしているとじいちゃんが切り出してきた。
「おまえも12歳だし、そろそろ良いだろう… 村にいってみないか?」
いままで頑なに村に行くことを禁じていたのに、唐突にどうしたのかと思い理由をきいてみた。
「そのままの姿をみたら、おそらく村のものはいい顔をしないだろう。しかし、今のおまえなら自分の姿をごまかすことはできるだろう」
「やっぱり、わたしのコレって他のひとにはついていないんだね」
自分の頭についてるものを指差した。
幼い頃は、じいちゃんにもトマスおじさんも同じものがついてないのが不思議で、なんでなんでと聞いたことがあった。
最近は、たぶん自分は普通のひととは違うだろうな~と思うようになっていた。
じいちゃんに、村に行ってみたいというと
「そうか、それじゃあコレを被っていけ」
「ありがとう、かぶってみるね」
じいちゃんが手渡したバンダナをかぶって、うまく頭が隠せるように調整した。
「だいじょうぶだ、ちゃんと隠せてるし、似合ってるぞ」
「ほんと?じいちゃん、ありがと~」
うれしくなって、頭のバンダナをさわりながら口元がにやけてしまった。
明日村にいこうとじいちゃんにいわれ、楽しみにしながらベッドにもぐって眠りについた。
朝おきてから、今日はじめて村にいくとおもうとドキドキしていた。
「とりあえず、トマスのところに向かうぞ」
トマスおじさんはときどきうちに来ることはあるが、こちらからトマスおじさんに会いに行くのは初めてだった。
「ここがトマスの家だ」
村の中央にある大きな家についた。トマスおじさんの家は、診療所と自宅が併設してあるとじいちゃんが説明してくれた。
自宅側の入口にまわりドアをノックすると、トマスおじさんを呼ぶと、すこしたった後に扉を開けてトマスおじさんがでてきた。
「なんだニコラスか、こんな朝から、何か用か」
「すまんな、この時間ならまだ診療所も開けてないと思ってよってみた」
眠そうなおじさんにじいちゃんが挨拶してたので、わたしも横から挨拶した。
「おはよう、トマスおじさん」
「おお!? ユエちゃんじゃないか、おはよう」
おじさんがびっくりした後、笑顔で挨拶を返してくれ、じいちゃんに聞いてきた。
「おい、いいのか、村までつれてきて」
「ああ、ばれないように対策はしてある。そろそろユエにも外の世界に慣れさせようと思ってな」
おじさんは心配そうな顔をしていたが、わかったと頷いて、困ったことがあったらおれを呼べとわたしにいってくれた。
その後、じいちゃんと一緒に、日用雑貨を売ってる店や、狩った獲物を売りにいってるところなどを回っていき、村の人に紹介してくれた。
じいちゃんの孫と紹介されると、真っ白な髪がお母さんにそっくりねといわれ、ほとんど記憶にない母とのつながりができたような気持ちになれた。
一通り村を回り家に帰った後も、はじめていった村のことで頭がいっぱいで晩御飯を食べながら、じいちゃんに今日のことを話した。
「じいちゃん、村ってすごいね人がいっぱいいたよ。それに建物もたくさん」
「村で驚いてるようじゃ、街にいったら目を回しそうだな」
興奮しながら話すわたしに、じいちゃんが笑っていた。
それから狩った獲物を村まで売りに行くのが日常になり、今日もじいちゃんと肉屋のおじさんのところに来た。
「やあ、ユエちゃん、今日の獲物はなんだい。ユエちゃんは獲物の処理が丁寧だから助かるよ」
今日の獲物のウサギを手渡すと、おじさんにほめられてくすぐったく思いながらも嬉しかった。
「ニコラスさん、いいお孫さんをもったね。この歳でこれだけ出来る子はいないよ」
「おれが教えられることはすべて教えてきたからな。1人でも十分やっていけるぐらいだ」
「そんなこといって、まだ離れるのが寂しいんだろ」
おじさんがじいちゃんのことをからかうようにいっていたので、わたしはずっとじいちゃんといたいというと、じいちゃんが照れた顔をして、それをみておじさんがニヤニヤ笑っていた。
村からの帰り道じいちゃんと並んで歩いてると、後ろから馬が走ってくる音が聞こえた。後ろを振り向くと、村では見たことないような上等な生地で仕立てられた服をきた男が乗ってこちらに向かってきた。
じいちゃんが慌てて道のわきにずれ、ひざまづいた。あれは貴族だと小さな声でいいながら、わたしにも同じようにするようにいってきた。
ひざまづきながら、通り過ぎるのをまっていると、馬が目の前で止まったようだ。
「表を上げよ」
貴族は若い男で茶色い髪を無造作にのばし整った顔立ちをしていた。こちらを蔑むような目で、馬にまたがったままこちらを見下ろしていた。
「貴様らはハンターか」
わたしたちが弓を背負っているので聞いてきたようだ。
「へい、こちらの森で獲物を狩らせていただいてます」
「ほう、その年までハンターをやっているとは相当の腕なんだろうな」
じいちゃんの返答をきき、感心したような口調でいってから何か思いついた顔をした。
「そうだ、おれとゲームをしないか。貴様が勝ったら金貨1枚をやろう」
「恐れ多いことです。ご容赦ねがいます」
「なあに、簡単なことだ、貴様の弓の腕をみせてくれるだけでいい。おい、そこのガキ。貴様はそこの木まで行って、頭のうえにリンゴを置け」
貴族はニヤニヤ笑いながら、わたしにリンゴを渡して50歩ぐらい離れた木を指差した。
「あのリンゴに矢を当てれば貴様の勝ちだ。ただし、はずしたら… 貴様の大事なものを1つもうらうぞ」
じいちゃんは、リンゴを頭にのせたわたしをみると、顔色がみるみる青くなり
「どうかどうか、お許ししください、わたしにはできません」
じいちゃんが繰り返しいったが、貴族はイラつきはじめ早くやれといった。
じいちゃんは震えながら弓に矢をつがえ、そのままの姿勢のまま数十秒たったあと、矢を放った……
矢は大きく離れた場所に刺さった。じいちゃんはふぅと息をはき、安心した表情をしていた。
「わざとはずしおったな、ガキがそんなに大事か。」
貴族は大笑して言いながら、勝ち誇ったような顔をしていた。
「では、貴様の一番大事なものをもらおうか」
「わたしにとってこの弓が一番大事なものです、長い間つかい続け相棒とよべる存在でございます」
「じいちゃんだめだよ!!」
そういいながらじいちゃんは弓をさしだそうとしたのをみて、わたしは慌ててとめた。じいちゃんがあの弓を大事そうに毎晩手入れしているのをみていた。
貴族は止めにはいったわたしをみると
「そのような粗末な弓より、貴様がもっと大事にしてるものがあったな」
そういいながら、わたしを指さした。それを聞き、じいちゃんが慌てながらいった。
「他のものならどれでも差し上げます、どうかその子だけはお許しください!!」
「その慌てよう、やはりそのガキが貴様にとって大事なもののようだな。これは命令だ、そのガキをうちの屋敷によこせ。もしも、逃げたりしたらこの村の税を2倍に増やす」
貴族は一方的に言うと、馬を走らせてはなれていった。
貴族がいなくなった後、黙ったままのじいちゃんと家に帰った。
「バカやろう!!なんであそこで止めた。あのまま弓をわたせば貴族は帰っていったんだぞ」
「だって、あの弓はじいちゃんの大事なものでしょ。価値もわからないあんなやつに渡したくない」
家に帰ると、じいちゃんと怒鳴りあいになった。しばらく言い合った後、じいちゃんが頭をかかえてどうすればいいんだとつぶやきながら、頭を抱えていた。
「いいよ、わたし屋敷にいくよ、そうしないと村の税がふえちゃうじゃない。知ってるよ、この村にそんなに余裕がないってことぐらい」
わたしは、こうする意外ないだろと思いながらいうと、じいちゃんがばっと顔を起こして言って来た。
「そうはいっても、村のためにおまえが犠牲になる必要はないぞ」
「犠牲になろうなんて思ってないよ。それにわたし、街にいってみたかったんだよ。いいじゃない貴族の屋敷ではたらけるなんて」
「あの貴族はアレキサンダー様といってな、領主様の息子で、あまりいいウワサを聞かない。そんなところで働くなど…」
じいちゃんは渋い顔をしながらそういい、しばらくうなっていると
「よし、街まではおれが一緒についていく。しばらく街にとどまっておくから、いつでも逃げられるようにしておくぞ」
じいちゃんがなにかを決意した表情でいってきた。奴隷になるわけじゃないんだから、そこまで思いつめなくてもとおもいがら、じいちゃんと一緒に街にいくことにした。