15. 鹿狩り
次の朝、貴族やハンターたちが森の手前の開けた場所にあつまり、公爵家当主のグエン様が挨拶を始めた。
「みなのもの、今年も当家主催の鹿狩りに集まってもらい感謝する。鍛えた弓の腕を存分に披露してくれ。それでは鹿狩りを開始する!!」
貴族の中にはアレキサンダー様がまじっていて、緊張気味なようだ。となりにはマルク様がいて、こちらに気づいて笑いかけてきたので、ペコリと頭を下げた。
おまえら準備を始めろ、といいながらタルカスさんは猟犬の準備をはじめ、ハンターたちには森の探索を始めるように指示をだしていた。
わたしは何も指示されなかったので、ほかのハンターがいないあたりを探すことにした。
フードをとり鼻を高い位置にもってきて、においをかぐとかすかに鹿のにおいがした。
あたりの木をみると皮がはげているものがあり、鹿が角をこすりつけた跡のようだ。
この近くを通ったとあたりをつけて地面をみると足跡を発見したのでたどっていくと、その先に立派な角を生やした牡鹿を見つけた。
草を食んでいるところでこちらにはきづいていないようだ。
普段ならここで仕留めるところだけど、アレキサンダー様のところまで追い立てないといけない。
背負っていた弓を構え矢を後ろ足に狙いをさだめ放つと矢が後ろ足に突き刺さった。驚いた鹿はびっこを引きながら逃げ出した。
近くの木の上に上り、矢を射掛けてアレキサンダー様がいる方向に向かうように誘導した。
アレキサンダー様は数人の貴族と弓を手にもち当たりを見回していた。
タルカスさんが連れている猟犬たちが、近づいてくる鹿にきづいたようで一斉に吠え出した。
「貴族様方、鹿がきています準備してくだせえ」
タルカスさんが叫ぶと、貴族たちが弓を構えて鹿が飛び出してくるのを待ち構えた。
茂みの中から鹿が飛び出したのにあわせて、一斉に矢を放った。
数本の矢が鹿の体に突き刺さり、アレキサンダー様の矢は首筋に刺さっていた。ひるんだ鹿に猟犬が一斉にとびかかり引き倒すと、やがて力尽きた。
貴族たちは喝采の声を上げ、アレキサンダー様も喜んでいるのが見えた。
ふぅ、これでアレキサンダー様の面目も保てるだろうし、あとは適当に探索していよう。
森を探索していると、猟犬の吠え声が聞こえたあと鹿の断末魔がきこえてきて、また1頭しとめたようだ。
狩りは順調にすすんでいるようで、このまま安全に終わりそうだ。
歩いていると気になるにおいがしたので、あたりを見て回ると山菜が生えているそばにクマのフンがあった。まだ新しく、おそらく近くにいる可能性が高そうだ。すぐにタルカスさんのもとに行き報告することにした。
「この森にはキツネやタヌキはいるが、クマなんてでたことがない、おまえの見間違いだろ」
そういうと、こちらから視線をはずした。
だめだ、話にならない、そうだ、コルタナに相談してみよう。
森の中で探索をしていたコルタナさんを見つけて、クマのフンをみつけたこと相談した。
「なに、本当か!! 最近はみないが、他から移ってきたクマをときどきみることがあった」
「タルカスさんには報告したのですが、とりあってもらえず…」
「あのバカは… すぐに貴族たちの避難を始めよう」
コルタナさんと一緒にタルカスさんがいる場所に向かった。
向かっている最中、尋常ではない犬の吠え声がきこえてきた。
「ちっ、遅かったか」
まだ距離があったが、猟犬がクマの前で吠えていて、クマが立ち上がって威嚇しているのが見えた。
タルカスさんがクマに矢を放ち、腹につきささるとクマは脇の茂みに逃げていった。
「皆様、クマは撃退しましたのでもう安心です」
タルカスさんが周囲の貴族にいうと、みんなほっとした表情をしていた。
だけど、貴族の中にアレキサンダー様がいない。
「アレキサンダー様はどちらに?」
「彼なら獲物をさがすっていって森の中に入っていったよ」
貴族の一人が森の方を指さした。
すぐにかけだしてアレキサンダー様のもとにむかった。
「おい坊主、どこへいく。そっちはクマが逃げた方向だぞ!!」
「アレキサンダー様をつれてすぐにもどります!!」
アレキサンダー様のにおいをたどっていくと、ひらけた場所にでた。
「くそっ、くるな!!」
そこには、立ち上がり威嚇姿勢のクマと、しりもちをついて剣を前に突き出しているアレキサンダー様がいた。
「アレキサンダー様!!」
わたしは出来る限りの大声をだすと、クマがこちらに注意を向けてきた。
クマはわたしの身長の倍以上あり、牙をむき出しにして興奮状態になっていた。
こちらにむかって突進してきたのをわたしは横っ飛びに転がり避けて、アレキサンダー様の前に立った。
ナイフを引き抜きクマに見せ付けるように前にだして構えた。
「アレキサンダー様、お逃げください」
アレキサンダー様に声をかけたが、ヒッとかすれた声を出しながら後ずさりするだけでなかなか動こうとしなかった。
「こ、こしが、ぬけてしまって、動けない」
どうする… アレキサンダーさまをこの場から逃がしたらわたしも逃げようとおもったが、これでは無理そうだ。
クマの様子をみると、こちらを敵とみなしたようで逃げそうもない。
わたしは覚悟を決めて、クマにむかって走っていった。
クマは立ち上がり、わたしに右手を振り下ろしてきた。その手を、走りながらさらに姿勢を低くしてよけて、走りぬきざまに足首を切りつけた。
足首から血をだしクマがよろけたのをみて、ジャンプして背中にとりつくと落ちる勢いのままナイフを首筋に突き入れた。
だがクマはそれでも倒れず、腕をふり回しながら体をゆすりわたしを振り落とした。
着地をしてクマをみると、クマが前足を地面につけてこちらに向かって全力で突進してきていた。
とっさに横に転がったが、回避しきれずはじかれて木に頭からぶつかった。
「ユエ!!」と叫ぶアレキサンダー様の声がもうろうとする頭で聞こえた。
頭から血を流し、よろけながら立ち上がると、クマはこちらの様子を見るようにジリジリと近づいてきていた。
残りの武器は解体用のナイフがあるが、取り扱いやすいように頑丈なつくりにはなってないので、クマの分厚い皮膚と筋肉を貫くことは難しいだろう。
わたしは背後を振り向いて木を全身をつかってよじ登っていき、太目の枝の上にのった。
それをみたクマは、木の下まできてこちらをにらみながらうろうろし始めた。
そして、立ち上がり前足を木にかけたのを見ると、ナイフを引き抜き、枝からクマの頭めがけて飛び降りた。
クマの肩に飛び乗り、逆手にもったナイフをクマの目に向けてつきたて、さらに押し込んで柄下まで入っていった。
つきたてたあとすぐに飛び降りてクマから距離をとると、クマはよろけてから重い音をたてて倒れた。
しばらくみていたが動く様子もなかったので、首筋に刺さっていたナイフを抜いてもう一度さして反応をみて死んでいることを確認した。
「アレキサンダーさま、お怪我はありませんか」
ナイフを鞘にしまい、声をかけると
「大丈夫だ、おれよりもお前のケガは大丈夫なのか!!」
そういいながら、わたしの方に駆け寄ってきて頭を触ってきた。
「血はとまっているようだな、ん、これはなんだ…」
「だ、大丈夫です。ぜんぜん問題ありません!!」
アレキサンダー様の手からのがれて、わたしはすばやく距離をとった。
あぶなかった、もうすこしでばれるとこだった。
「坊主、大丈夫か!!」
そこに、タルカスさんとコルタナさんが兵士を伴ってやってきた。
「大丈夫です」と答えて、倒したクマのことも説明した。
「ナイフでクマをたおすなんて、無茶なことをしやがって」
タルカスさんが怒った口調でいってきた。
わたしだって二度とこんなことやりたくないよ。
それから、タルカスさんがハンターを指揮して周囲の探索をして、ほかにクマがいないことを確認していた。
その間、わたしはコルタナさんに手当てをしてもらっていた。
「いたいところはないか?」
「大丈夫です。ほとんど擦り傷程度なので」
頭から派手に血がでていて心配されたが、頭をみられると厄介なことになるので自分で包帯をまいた。
「すまんな、今回のことはわれわれの準備不足だった。タルカスのやつにはきつくいっておく」
「いえいえ、タルカスさんはちゃんとクマを追い払えていました。うちのご主人様が一人で森に入っていたのがいけなかったのです」
「ん?おまえさんはあの貴族に仕えているのか」
「はい、プレンジア家でメイドをしています」
「そうだったのか、クマを近接戦闘で仕留めるぐらいの腕をもっているのにメイドとは…」
驚いた顔をしながら、わたしの顔をまじまじと見ていた。
「そのことなのですが、クマを仕留めたのはアレキサンダー様ということにしてもらえますか」
「どうしてだ?直接たたかっている場面を見ていたわけではないが、状況からみておまえさん一人で倒したのだろう」
「うちのご主人様は今回の鹿狩りでえらく張り切っていまして、クマを仕留めたとなれば方々で自慢できると思ったのですよ」
「そういうことならわかった」
タルカスさんは目を細めて笑いながらうなずいてくれた。




