11. ヨハンからのお願い
わたしの前にきたヨハン様は少し緊張した面持ちをしていた。
「少し話がしたいので、あちらへ参りませんか」
そういわれて、会場からでて客室の一つにさそわれた。バルンシュタイン家用のプライベートルームで、他に人はこないそうだ。
「ヨハン様、先ほどは踊っていただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、それにアレキサンダー殿とのダンスが印象深くて」
まずい… あのダンスについての話題はさけないと
「そうだ、ヨハン様にお渡ししたいものがあったのです」
そういいながら、プレゼントの包みを渡した。
「これは、ぼくへの誕生日プレゼントでしょうか。ありがとうございます」
「いつ渡そうかタイミングをみてたのですが、渡せてよかったです」
ヨハン様が開けてもいいかときいてきたのでどうぞと促すと、丁寧に包みをあけて中身を取り出した。
「これは、青い羽かざりですか」
「はい、わたしの祖父に教えてもらったもので、青い羽を送って相手の幸運を願うそうです」
「いい風習だと思います。大切にしますね」
そういいながら、胸に羽飾りをさして嬉しそうに笑ってくれた。
「あの、それで、ひとつお願いがあるのですが…」
「なんでしょうか、わたしにできることならお任せください」
ヨハン君はいいにくそうにしていたが、唇を引き結ぶと
「ぼくに弓の手ほどきしてほしいのです」
「わたしなどより、公爵家ならば優秀な指南役がいらっしゃるのでは?」
「退役した騎士の方に指導してもらってるのですが、なかなか上手くならずにいて、なにかユエさんに指摘してもらえたらと思って」
ヨハン君は必死な顔で頼んできていた。
早く上手くなりたいか… わたしも弓の練習をはじめたころに感じてたな。
「わかりました!! アレキサンダー様に相談してみますね」
わたしの言葉をきいたヨハン様はパッと表情を明るくした。
ヨハン様と別れた後、踊りつかれたアレキサンダー様をみつけ会場を後にした。
会場からの帰りの馬車の中で、思い切ってアレキサンダー様にヨハン様のことを聞いて見ることにした。
「ヨハン様から頼みごとをされまして、弓の指導をしてほしいとのことですが、いかがいたしましょうか?」
「ほう、公爵家からの頼みごととはな。これで貸しがつくれるな、受けていいぞ」
思ったよりもすんなり通った。令嬢たちからダンスにさそわれて上機嫌だったのがよかったのかもしれない。
クロードさんにヨハン様の件をつたえると、翌日にはバルンシュタイン家と連絡をとってくれて、二日後と予定が決まった。
バルンシュタイン家にむけてアレキサンダー様と一緒に馬車に乗っている。
バルンシュタイン家にまた行くことになるとは思わなかったが、今度はメイド服を着ていて、とくに気負う必要もなく気軽にいけそうだ。
入口ではバルンシュタイン家の執事が出迎えてくれ、居間に案内してくれた。
少し待っていると、マルク様とヨハン様がいっしょに来た。
「アレキサンダー殿とユエ嬢、今回は弟のために来ていただき感謝する」
「いえいえ、うちの使用人で役立つのならば好きなだけ使ってください」
「ぼくのわがままに付き合っていただいて申し訳ありません」
挨拶を交わしあい、敷地内にある訓練場に移動した。
訓練場は広く、打ち込みのための人形や弓の練習のための的が置いてあった。
「それでは、矢を射るのでなにか注意する点があった指摘をお願いします」
ヨハン様が弓を構えて的に向かって矢を放った。
矢は的から大きくそれて壁に刺さり、ヨハン様は悔しそうな顔をしていた。
「的までの距離をだすことはできるようになったのですが、的から大きくそれてしまいます」
「なるほど… まずは的にあてる感覚をつかむことから始めてはいかがでしょうか。少々用意していただきたいものがあります」
大量のわらと、それを縛るための縄、後は腰ぐらいの高さの台を用意してもらうようにお願いした。
「ああ、かまわないけど何につかうんだい?」
マルク様が不思議そうな顔をしていた。
使用人がわらと縄と台をもってきてくれたのでお礼をいって、作業に取り掛かった。わらを束ねて縄でしばり思いっきり締め付けると、一抱えある円柱状のわらの束ができた。出来上がったわらの束を台の上にのせてできあがりだ。
「準備できました。では、ヨハンさまこちらのわら束に矢を打ち込んでください。まずは一歩ほど離れた位置からおねがいします」
ヨハン様が弓を構え打ち込むと、ボスっという音がしてわらの束に矢が打ち込まれた。
「その調子でだんだんと距離を開けていき、的にあてる感覚をつかんでいってください」
「的に当たる感覚があると全然ちがいますね。がんばってみます!!」
ヨハン様は明るい表情をしていて、やる気がでたようだ。
「なるほど、おもしろい練習法だ。しかも、わらに刺さっているだけだから矢を再利用できて節約にもなるな」
横でみていたマルク様がうなずきながら感心していた。
「ところでユエ嬢よ、あなたの腕前をひとつ披露してもらえないだろうか」
マルク様の横でヨハン様が、目をキラキラさせて期待のまなざしを送っていた。
やらないわけにはいかないか。
「わたしなどの拙い技術でよろしければ、お見せいたします」
壁にかけられた訓練用の弓のひとつを拝借して的の前に移動した。
みんなでわたしの方を注目していて少しやりづらかった。
弓を構え的に集中した。そして、放った矢は勢いよく飛んでいき的の中心に突き立った。
ヨハン様が顔を紅潮させながら拍手をしていて、マルク様は目を細めながらじっとこちらをみていた。
「すばらしい腕前だ。メイドとして埋もれさせるにはおしいな」
「恐縮です。ただの獣を狩るための技に過ぎません」
「どうだろう、騎士団にはいらないか?」
マルク様がにっこりと笑いながらいってきて、突然の話に戸惑っていると
「マルク殿、このものは平民にすぎません、それを騎士団にいれるなどとてもとても」
アレキサンダー様がわたしの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、焦るようにいった。
ちょっと、やめて、とれてしまうと思いながら、メイドキャップを手でおさえた。
「無理をいってしまったようだな、アレキサンダー殿としてもこれほどのものを手放すのは惜しいでしょうな」
マルク様は笑い声をあげた後、お茶の時間にしようといってきた。
居間にもどりマルク様とヨハン様が並んでソファーに座り、その対面にアレキサンダー様が座った。わたしはアレキサンダー様の後ろに立って控えた。
「今回はアレキサンダー殿にお願いして実によかった。あの練習法は、プレンジア領では一般的にとりいられているのだろうか」
あのやり方は、わたしがじいちゃんに教えてもらったものだ。領内での練習法は知らないので、どう答えようかと考えていると
「あれは我がプレンジア家でも行われている練習法です。わたくしも幼い頃からつづけております」
横からアレキサンダー様が説明してきた。他のところでもやっていた方法だったのか、それにしても弓の訓練をしていたなんて知らなかった。
「このわらの束を用いた練習法だが、騎士団でも採用したいのだがいいだろうか?」
「もちろんよろしいですとも、騎士団のお役に立てるのなら幸いです」
アレキサンダー様は調子のいい感じで返事をかえすと、マルク様が切り出してきた。
「秋になると王都付近の森で鹿狩りをするのだが、アレキサンダー殿にも参加していただき、その腕前をぜひ披露してもらえないだろうか」
「なんと… あの鹿狩りの会に参加させていただけるのですか。喜んで参加いたします」
アレキサンダー様は少し迷うそぶりを見せたが、承諾した。
その後、なごやかに話をしばらくし、屋敷からお暇した。
帰り際にヨハン様から声をかけられた。
「上達した腕をお見せしたいので、また来てもらえますか」
「いつでも喜んで参ります」
笑顔で返事をし、屋敷を後にした。
しかし、帰りの馬車の中のアレキサンダー様は浮かない顔をしていた。




