能力“確定ツッコミ”
ある時、地球の生物達に異変が起きた。何故か瞬間移動やテレキネシス、テレパシーといった、これまでの物理法則を無視した特殊能力を持った者達が出現し始めたのだ。
そして彼女、長谷川沙世もそんな特殊能力が覚醒した者の内の一人だった。彼女はその特殊能力を期待され、警察の特攻隊に配属される事になった。彼女の配属を強く推したのは警察署長の新部という男である。
「なんでよ!」
と、長谷川沙世はツッコミを入れた。裏手で新部の肩を叩いている。それを見て、新部は嬉しそうな声を上げる。
「おお! 流石だ、長谷川君! まったく防げなかった。その君の能力“確定ツッコミ”は素晴らしいな。是非とも、役に立ってもらいたい!」
ガッツポーズを取りながら、彼はそう言った。
「いやいやいや」と、目の前の何かを払い除けるように手を左右に振りながら沙世はそう返す。
「わたしの能力は、警察じゃまったく役に立ちませんよね?」
というか、そもそも他の何かの役に立つとも彼女には思えていなかったのだが。それに新部は反論する。
「何を言うんだい? 長谷川君! 君の能力“確定ツッコミ”は非常に役に立つとも。数日前の実験で、私はそれを確信したんだ」
数日前。
長谷川沙世はペイント弾を装填した銃で、ある実験を行わされていた。事前に行われた射撃では彼女はまったく標的に弾を当てる事ができなかった。しかし、その相手がボケをかまし、それに対してのツッコミの意味で彼女が銃の引き金を引くと、なんと彼女の撃った弾は全弾標的に命中したのである。
つまり、彼女の能力“確定ツッコミ”とは、ボケに対するツッコミとしてなら、確実に攻撃をヒットさせる事ができる能力なのだ。しかも躱しても防いでもまったく無駄で、物理の法則を無視しているとしか思えない当たり方をするらしい。
「犯人がボケてくれさえすれば、君の攻撃は絶対に当たる! これは絶対に役に立つぞ!」
力強くそう言う新部に対し、沙世は「そんな状況ないです!」とツッコミを入れた。また肩に平手が命中。「おお、素晴らしい」と新部は言う。
まだ納得していない表情の彼女に対し、新部はこう言った。
「まぁ、良いじゃないか。君は事件が起きたら、ただ単に銃を持って現場に行ってくれれば良いんだ。犯人がボケをかましたら、銃でツッコミを入れるだけ。何も危険な事はありはしない」
それで渋々ながら沙世は納得した。そんな状況があるとは思えなかったが、何もなくともただそれだけでお金が貰えるのなら、恵まれた立場だとも言える。
そんなある日、事件が起きた。銀行強盗が現れたのだ。銃を持って現場に行くだけとはいえ、初めての事件という事もあり、沙世は多少なりとも緊張していた。そんな彼女に対し他の隊員達は口々にこんな事を言う。
「安心してくれ、沙世ちゃん。君は俺らが護るから。それを第一にする」
「そうだとも。なんと言っても、君は唯一の女性隊員だからな」
「ああ、素人同然の君を、危険な目に遭わせられるか」
沙世はそれに少なからず感動を覚えた。祈るようにしながら、お礼を言う。
「皆、ありがとう!」
が、次の瞬間、誰かがこう言ったのだった。
「おい! 聞いたか、お前達? どうやら襲われた銀行って、美人職員が多いって有名らしいぞ!」
「なんだってぇ?」
その途端、隊員たちは「うおおお!」と叫び声を上げる。
「みんな! 活躍して、彼女をゲットするぞぉぉ!」
「おー!」
それを見て、沙世はツッコミを入れた。
「わたしを護るが第一じゃなかったんかい! 銃でツッコミを入れるわよ! あなた達!」
現場に辿り着くと、銀行はこう着状態にあった。銀行強盗達が女性職員達を人質に取っている所為で、思うように動けないでいるらしい。
銀行強盗達は全部で五人、偶然なのかどうかは分からないが、人質に取られている女性職員も全部で五人だった。
「本当に美人が多いわねェ」
それを見て、沙世がそんな独り言を言った。当初は緊張していたものの、まるでドラマのワンシーンのような光景に現実感がなくなったからなのか、彼女はどうやらかなりリラックスしているようだった。前面に立っているのは他の隊員達で、彼女自身は後ろで待機しているからでもあったのかもしれないが。
好奇心から沙世は銀行強盗達を凝視していたのだが、その時、それで銀行強盗の一人と彼女は目が合ってしまった。強盗はマスクをしていたのだが、なんとなくそれと分かった。それに彼女は別に危機感を感じなかったが、その後で強盗達は何事かを話し合っている。そして、こんな事を言ったのだった。
「人質の交換を要求する! そこの女性隊員! 彼女と、銀行職員の一人を交換したい!」
“はい?”
沙世は首を思いっ切り傾げた。
どうしてそうなるのか、意味が分からない。意味が分からないが、一応は沙世は特攻隊の一員である。一般女性と人質交換をしたいと言われれば、交換するのが筋だった。
「分かってくれ、沙世ちゃん。我々だって辛いんだ」
「どうか我慢してくれ」
「多分、大丈夫だから(根拠なし)」
と、いうのは隊員達の弁。
「分かっているわよ」
沙世は吐き捨てるように言うと、ゆっくりと銀行強盗達の許へ向かった。代わりに交換する女性職員の一人が歩いて来る。その職員も美人は美人だったが、他の職員に比べれば見劣りしているように彼女には思えた。
“これなら、わたしの方が勝ってるんじゃない?”
それを見て、沙世はそう思う。そしてそのやって来た女性職員を保護した特攻隊員達もそれと似たような事を言ったのだった。
「これなら、沙世ちゃんの方が良かったんじゃないか?」
「今からでも、取り消してもらおうか?」
沙世は叫ぶ。
「あんたら、ツッコミ入れるわよ!」
もちろん、銃で。彼女は銃を隠し持っていたのだ。
沙世が銃を隠し持っていたのは、もし万が一でも銀行強盗達がボケてくれさえすれば、それで銃を当てる事ができると考えたからだった。もっとも、五人一度にボケてくれなくては一度に仕留める事ができないので彼女自身が危なく、そしてそんな事が起こる可能性は極めて低そうだったが。
銀行強盗達は沙世のボディチェックをしなかった。銃は特殊な衣服に隠してあり、素人ではまず見つけられないが、それでも彼女はそれに安心した。その代わりという訳でもないのだろうが、銀行強盗の一人が彼女に向けて挨拶をしてきた。
「は、はじめまして…」
は?
と、彼女は思う。
“はじめまして? なにそれ? ボケ?”
一瞬、彼女は銃でツッコミを入れようか悩んだが、五人一度でなければ自分の身が危ない事を思い出し、それを止めた。そして現実的にはまずは説得を試みるべきだろうと考えると、こう言ってみる。
「あなた達。こんな事をしてただで済むと思っているの?」
それを聞くと、彼らは黙ったまま顔を見合わせた。何か雰囲気が変だ。奇妙に思いながらも沙世はこう続ける。
「とにかく、人質はわたし一人で充分でしょう? 他の人達は解放しなさい。その方があなた達にも都合が良いはずよ。人質だってリスクになるもの」
すると、銀行強盗の一人がおずおずとした口調でこう口を開く。
「いや、それだと駄目なんだ。男と女が五対五じゃないと。仲間外れができちまう」
他のメンバーも続けた。
「そうだ、仲間外れはまずい」
「うん」
は?
それを聞いて沙世は再び奇妙に感じた。
“この人達は、なにを言っているの? 合コンじゃあるまいし……”
銀行強盗は続ける。
「安心してくれ。女達に危害は加えない。俺達は女には優しいからな。だから、安心して一緒にいてくれていい」
沙世はそれにこう返した。
「いやいや、あなた達はお金が欲しいから、こんな事をやっているのでしょう? もし、人質が邪魔になったら殺すでしょう?」
すると、即座に彼らはそれにこう返す。
「いいや、違う。俺らは決して、金の為なんかに強盗をした訳じゃない。もちろん、金もあった方が良いが!」
それを聞いた瞬間、沙世の中で何かが繋がった。
・この銀行は美人職員が多い事で有名
・男と女が五対五じゃないとまずい
・金の為に強盗した訳じゃない
「まさか…… まさか、あんたら、ストックホルム症候群狙いかぁ!?」
説明しよう!
ストックホルム症候群とは?
人質などが、犯罪者と長時間過ごす事により、犯罪者に同情や好意を抱くようになるといった嘘のような本当の話である!
それを聞いて銀行強盗達は言った。
「その通りだ! 俺らは女との付き合い方が分からなかった! 話し方すらも! しかしある日、ストックホルム症候群のことを知ったんだ! そして、こんな俺らでも、この方法なら女と付き合える! そう思ったんだ!」
次の瞬間、沙世はツッコミを入れた。こう叫びつつ。
「そんなんで女の子と付き合えるか、ボケぇ!」
そして、銃声が五回連続で鳴ったのだった。
タ、タ、タ、タ、ターン
もちろん、銃弾は全て銀行強盗達に当たった。彼らは行動不能になり、それから直ぐに突入して来た特攻隊員達の手によって瞬く間に捕まった。
沙世はその後で思う。
“まさか、この事件そのものが、ボケだったなんて……”
「いやぁ、大活躍だったじゃないか、長谷川君。私が見込んだ通りだ」
新部署長がそう言った。かなりの上機嫌だ。ニコニコと笑いながら彼は続ける。
「これからもこの調子でがんばってくれたまえ」
沙世は淡々と返す。
「滅多にある訳ないじゃないですか。こんな事件」
顔を引きつらせながら。
……もしも、美人職員ばかりの銀行があったのなら、気を付けてください。ストックホルム症候群狙いの強盗が襲ってくるかもしれませんよ。
「だから、ねぇよ! そんな事件!」
銃声が響いた。
ターン
最近、真面目なのばかりだったような気がしたので