邂逅
矢の先を頸椎に当てられた。それは銀ではなく、金の色をしていて、暗い森の中だというのに、ひどく輝いて見えた。
俺の頭の中では、やばい、ひどい、しぬ、しにたくない、しぬという言葉が巡っていた。端的に言えば、かなり動揺していた。
『!? 落ち着け』
『いや、落ち着けませんよね!?』
脂汗が、首を伝った。息がしづらい。というよりも、時間が止まっているようだ。視線は自然に、下へ下がっていた。あれ、なにかやったっけ。息ってどうやって吸うんだっけ。そう思って目が大きく見開いた。
普通の人間が、異世界では最強の存在で――とか、割と俺好きだったのに、今、嘘だと分かってしまって、がっかりというよりもそりゃそうじゃん、という気分になってしまった。
そうやって別のことを考えてしまう程度には動揺している。
『誰なんだ?』
『少なくとも、知り合いじゃないのは確かですよね。こうやって鏃を向けるなんて』
あの部分って、鏃っていうんだ。そんなことまで考えてしまう。俺は無意識に、死を覚悟していた。
「・・・・・・? なんだ、人の子か。こんなところで、迷い子か?」
吐息混じりで、堂々とした芯のある声だ。誰が近いかといわれれば、初木がオリヴィエといわれたときの声に似ているが――つまりは、不機嫌な声だった――、これは完全に敵意の声だった。
「人の子、どうした?」
その弓を持つものが、矢を下げ、目の前に現れた。
麻のような淡翠の生地の、半袖半ズボンの服。背には弓矢を下げる筒があった。瞳は金で、髪は深緑、肌は驚くほど白い。耳は――とがっている。
「!?」
どうした、といってそれは手ぬぐいを渡してきた。それと、水筒。
つり目といい、落ち着いた美貌といい、このきちんとついた筋肉といい――
「え、エルフ!?」
『エルフ・・・・・・?』
『知らないのか。北欧神話に出てくる種族だ。長命で、魔法をよく使うそうだ』
初木が妙に落ち着いてるとか、そんなことはどうでも良かった。
魔法。俺と同じか、それとも初木と同じなのか。神話とか、憧れのものに出てくる彼らと同じ舞台に立ってるなんて、生きながら夢を見ているような気分だ。
オオカミ様に会ってから、本当は死んだところからその原因、今までがすべて夢なのかもしれないと、ふとしたときに考え込むことはあった。けれど、そうは思えなくなってきたのも、最近だった。――いや、思いたくない、そういうことなんだろうか。会って数日だし(たぶん)、深い話も何もしていない仲だけど、なにか、どこかがつながっているような気分なのだ。感覚だから、分からないけど。
『なにをボーッとしてんの、ジュン!』
「あ、ごめん・・・・・・」
うつろに答えてしまう。さっきまで口で会話していたから、頭の中で意識する、という会話の仕方に慣れていないのだ。
エルフの目が、鋭く細められた。ぞくりと背中に何かが伝った。冷や汗と、それから嫌な感じ――殺気だった。
「・・・・・・誰に何を言っているのか理解できないが、一ついわせてもらおうか。
エルフ、というのは差別の言葉だ。エルフ、耳のとがったものというな。我々は、大きな魔法は使えない、ただの狩猟民族だ」
エルフはそういった。エルフというな、そういうことだろうか――じゃあ、なんといえばいいのだろうか。
「私は、エレだ。意味はあるが、真名につながるからお前にはいわぬ。エルフは今後、緑の民というべきだな」
エレ。言葉を反芻する。意味は分からないけれど、とにかく気高さだけを感じた。
その緑の民エレが、背を向ける。今にも走り出そうとするその背を、片手でつかんだ。
「待てよ、ちょっと頼み事があるに」
「に・・・・・・?」
お国言葉が出て、ああやばいっ、となる。つい反射でいってしまった言葉に、冷や汗どころか、震えが起こり始める。その手は、肩をつかんだままだ。
しかしエレは、口元を手に、笑んでいた。
「ふふ・・・・・・お前、おかしいな」
それを見て、俺は思った。よし、怒っていない。そして、頭の中で響く制止の声も聞かずに、頼み事を切り出す。
「お願い事、聞いてもらってもいいか?」
「ん、いいぞ」
「その、緑の民の村へ連れて行ってくれ!」