表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

オオカミ

 光の中に現れたのは、オオカミだった。まばゆい光はとどまるところを知らずに広がり、やがて目に見える空間のすべては、真っ白に染め上げられた。


 大きさは並みだが、白銀しろがね色をしたオオカミは、口を開いた。



『――はじめてだな。こうやって君たちと顔をつきあわせるのは』



 見た目よりもはるかに、荘厳な声だ。声、というのは正しくない気もした。――何せこれは、わたしたちの頭の中に響いてきていたのだから。



『君たちのことは、君たち自身以上によく知っているし、その感情のすべて、僕のものだ。僕は、君たちの秩序と精神の柱だよ』



 柱は、君たちの言葉で、神様かな。そうやってオオカミはつぶやいた。輝かない眼を、わたしたちに向ける。黒玉以上に何も映さないそれは、思っているよりもうつろな怖さを持ってしまっていた。



『君たちはいま、怯えという感情を、最も多く持っている。それもそうだろうね。いきなり見知らぬ場所で目を覚まし、恐怖を抑えて寝に走れば、元の場所とはまた違う、元の世界でもない、この世のどこでもないような無機質な空間にいたのだから』



 初木が、目の端でへたり込む。その姿は、さっきの決然としていて堂々としていた、何にも負けないようなものではない。それこそ、恐怖に震えているようにすら見えた。しかし、――無神論者の国で育った――私は、負けじと口を開く。


「ねえ、神様。教えて、どういうことなの? わたしたちは、死んだのでしょう? 死んだあとは、虚無の闇。そこに魂も、世界の原理も存在しないよ。なのに、ここはなに?」


『ちょっと落ち着きなよ、鈴木遼佳。二つの質問でいいのかな。

まず一つに、ここは君たちの体の、心の中だ。胸の中ではないよ、頭の中でもない。精神の空間だ。頭上に浮かんでいるでも、なんでもご想像通りでいいよ。決まりはないのでね。

 次は、死んだのに、ということかな』


 オオカミが、にやりと笑ったような空気になった。もちろん、その意味は分からない。けれど私は、心臓や首元を、ぎゅっと捕まれたような気分になっていた。



『君たちはね、死んでいるよ。少なくとも、君たちのいた世界ではね』




 瞬時に、空気が凍った。問うた私すらも、左手の爪が柔らかい手のひらに血をにじませていた。誰ひとり――いや、オオカミ以外は、息もしていない。こういうとき場を和ませそうなジュンですら、右手で左腕を血がにじみそうなほど、強く握っていた。


 オオカミは、首をかしげる仕草をした。


『ん? どうしたんだ。さっきそこの今原淳一も、惨く軽く、言っていただろう。分かっていたことだろう。それが、どうしたんだ』


 ジュンが、顔をそらしたのを感じた。いたく傷ついたような顔をしていた。初木は、呆けを通り越して、怒りを生んだ。さっきのような冷然さはかけらもなく、憤りを隠すことなく醜く眉間にしわを寄せて、犬のように吠えた。


「おい、オオカミ! お前、自分のことを神だと言っていたな。ならばその姿は何だ! なぜ、我らはここへ連れてこられた! すべては、なんなのだ」


『そう目くじらを立てるなよ、伊野初木。怒ったって、何も出てこないぜ』


 つかみかかりそうな勢いの初木を、あおるようにそういうオオカミ。初木は、オオカミに近づく。しかし、見えない壁があるようにその手は阻まれた。


『傲慢だね。人ゆえなのか、それは“嘘つきオリヴィエ”。君だからなのか』


 初木は、息を飲み込んだ。それは、さっき私が口を開いたときの初木の顔によく似ていた。絶望、不安、恐怖。そんな負の感情をいっしょくたにしたような顔だ。



『さあ、すべては君たちには教えられないよ。そうやって言われたからね。――もっとも、いまの君らに教えたとしても、何ら意味はないだろうけれど』


 呆然としてる間に、オオカミは、神様は消えてしまっていた。


強烈に難産でした・・・


お読みくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ