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遼かに、そして佳しく

 ぼんやりと日の光で目を覚まし、自分を淡色の優しい世界が取り巻いていることに気がついた。白い雲に、青い空、だだっ広いくさっぱら。透き通った風が心地よい。

 どうやら、まだ夢を見ているらしい。そういうよりも、現実の中で夢を見ているような、ほわほわとした不思議で幸せな気分だった。

 強い風が、隣をかける。髪がざっくばらんに舞って、次いできた暖かな風が優しげなにおいを運んできた。


「あれ・・・」


 なれない草木のにおいに、はっと息をのんだ。体を起こす。まさか。

 見たことのない服、景色。何もかも、まっさらに作り替えたような、現実味を帯びた夢想の空間。肌の色も、血の透き通りそうな白でないし、そもそも、自分の体は外で行使できるほど、強かっただろうか。

 首をひねった。たしかに、科学に限界があって、知られていることも、自分が知っていることもわずかであるのは承知している。けれど、大きな疑問符が付くほど、自分にとって理解はできなかった。

 つい先ほど、自分は死んだのではなかったか?

 しかし、疑問などではない。その通りだ。

 母に手を取られ、父はひどく錯乱して医者を責め、しばらく顔を見せなかった友だちの声が廊下から聞こえてきた。自分でこういうのは何だが、いい最期だった、と思う。

そしてすっと体から精神――科学の力で生きてきた人間なので、魂と言うにはちょっと抵抗があった――を引きはがされるような、ゆっくりと眠りにつく瞬間のような感覚がして、心臓が止まった。心臓の停止を告げる電子音が聞こえた。

 あとは、何も覚えていない。デジャヴ、という言葉もある。既視感。もしかし

て、それさえも作られた、偽記憶なのか?

 かぶりを振る。そうだとしても、自分はそれを信じることは――恐らくでなく確実に――できないだろう。あの、優しい悲しい記憶が、偽物のはずがない。信じている。

 じゃあ、偽物の記憶だと言うほかに、どんな可能性がある?

 転生、という現実味のない言葉が思い浮かんだ。再び、かぶりを振る。そんな、非科学的な。科学で証明できないものはすべて嘘、ということをいえるほど自分は科学至上主義ではなかったが、それでもありえない。そう思った。


 それにしても、こんな高い空は初めて見たものだ。

 都会の空は低いと、田舎育ちの父母と祖父母は繰り返していたが、その通りかもしれない。この空を見たあと、都会の空を見上げてしまえば、なんて狭いことだろう、と思ったに違いない。――まあ、そんなこともできない人生だったのだが。

 もう一度、草の上に寝転がる。肺いっぱいに空気を吸い込む。いい気持ちだ。とても安らかで、害するものがないせいか、肩の力が存分に抜ける。力を抜いて、ふわふわと顔を緩めていると、いつの間にか思考が飛んでいった。









 眠ったはずだった。意識が引っ張られるような感覚がした。眠るときの入眠感は、死んだときのあの、精神と体が分裂するような感覚だ。本当に死んでいるとは、考えたくないけど。

 ここは、夢の中のようだった。床があった。床だ。柔らかくなく、硬くなく、カーペットの上のような暖かさをそれは持っている。意識して呼吸でもしなければ、本当に眠ってしまいたくなる、理想的なベットだった。けど、自分が本当に起きていたときの、あの、くさっぱらのふわふわしてわさわさした自然のベットの感覚はなかった。それが不思議で、夢と分かったのだ。

 床に寝ているだけの状態だ。なのにゆったりと――あれだ、風呂の中に入っている、無駄な力の抜けた感覚しかない。つまり、むしろ心地よいのだ。

 ゆっくりと目を開ける。――真っ暗闇だ。自分は目を何度か開け閉めした。しかし、変わることはない。それをたとえるならば、冬の布団に顔を埋めたときの、あの変わることのない暖かな闇。不快感も、不安感もかけらもなかった。むしろ、本当に布団にくるまれているような、無理ない安心感だった。


「うん・・・・・・、夢なのかな」


 我ながら、間抜けな声だ。安心しきって、一人きりの時にだすバカ。顔の険がとれ、油断しかなくなる。寝る準備に入った。目を閉じようと、力を抜いた。その目を閉じる一瞬、桃源郷の草原を思い浮かべるのだった。





 そんなところに、一つの影。柔い光が差し込んで、薄い影りを作る。かかとがかつりと鳴った。影は、頭の方に近づいた。それに寝入って彼女は気がつかない。その他がいれば、影は頭でも蹴ろうと近寄ったと思っても仕方ない。そんな殺意に似た、何か空気を張り続けるものがあった。目をゆったりと閉じたのんきなさまに、仏頂面のそれは大きく肩を落とし、


「夢の中、であったらよかったな」


 ぽつりとした、あざけるような冷徹。冷たい、そう言うよりも氷や雨のような冷ややかと言うよりも、声でひと一人を殺してしまえをそうなそれだ。悲しみの色と、隠された怒りの激しさ。まるで氷と炎を併せ持つようだ。

 そして影のその容貌が、言葉をいっそう際立たせているのだった。

 その人は、常識に収まらぬ麗人だった。

 暗闇に映える、うっそうと白い顔。鼻梁はすっと整い、目は切れ長。足も手も、神様が最も整ったパーツをバランス良くはめ込んだような、そんな作り物じみた美しさ。そして、顔の横を流れるのは、水のように流されたプラチナブロンド。緩く三つ編みが編まれて、その顔を華やかに彩っていた。

 美しいの一言では、収めてはいけない。神々しさをも感じる。その柔い光も、神様の力が光として具現化した――そんな科学的にあり得ないことさえも考えてしまう。


「夢ならば、俺がこうして悩むことも――なにもかもを、捨てる決意を持つことも、きっとなかったのだろう」


 そうやって、ひどく酷薄に笑った。

ほぼ初投稿です。よろしくお願いしますm(_ _)m

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