河童の話
第115段(遠野物語)
御伽話のことを昔々という。
●第56段(遠野物語)
上郷村の何某の家にても河童らしき物の子を産みたることあり。確なる証とてはなけれど、身内まつ赤にして口大きく、まことにいやな子なりき。忌はしければ棄てんとてこれを携へて道ちがへに持ち行き、そこに置きて一間ばかりも離れたりしが、ふと思ひ直し、惜しきものなり、売りて見せ物にせば金になるべきにとて立ち帰りたるに、早取り隠されて見えざりきといふ。
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むかしむかし 遠野近くの山中に一人の異人が住んでいました。その姿は背高く、日に焼けた肌は赤く、濃い体毛に覆われ、赤い髪の毛はザンバラで、目青く、鼻高く、大きな口をしていました。要するに白人男性のような姿かたちなのですが、彼の父母はそうではありませんでした。彼の一族は、当時の農民に比べれば大柄だったかもしれませんが、普通の日本人とそうは変わりません。ただ、主に山中で生活し、 狩猟や木椀を作ることを生業としていた為、村の人たちからは山窩とよばれ恐れられる人達でした。
異人は幼い頃から他の子供たちとは違っていたのでよくいじめられました。しかし、力が強く相撲を取れば年長の子にも負けません。だからでしょうか異人は仲間はずれにされ、いつも一人でした。異人はさびしくなると里の近くまで降りてきては河原で遊んでいる子供たちの仲間に入れてもらおうとしました。ほとんどの場合は逃げられてしまうのですが、たまに力自慢のガキ大将と相撲を取ることもあったようです。
一族の中では両親からさえ疎まれていた異人ですが、長老様には可愛がられました。長老様は一族がかつて大陸から技術者として連れてこられた異人の末であり、天狗のような姿をしていたと伝え聞いていたからです。長老様はこの子供をかつてのご先祖様の生まれ変わりと考えたようです。一族に伝わる景教の祈りの言葉を早くから異人に教えました。
異人は長じてもなかなか一人前に認めてもらえませんでした。狩をすることも木を切ることも仲間のいない異人には満足に出来なかったからです。ましてや毛皮や木椀を売りに行くことなどできるわけがありません。鬼と間違われて逃げられてしまいます。異人は大きな体と強い力を持っているのに、木椀つくりを生業とするしかありませんでした。
異人はよく里の近くに下りて来ては、河原で遊ぶ子供たちや洗濯する女たちを眺めていました。小さい頃に遊んでくれた子供たちを思い出し、一族の女が自分に向けるのとは違う、楽しそうな女たちの笑顔に心ときめかせていたのです。
あるとき異人が河原を見ていると一人の女が何枚もの着物を入れたかごを抱えてやってきました。どこかのお屋敷の下女なのでしょう、やせた小さな体で大きな籠を危なっかしく抱えて河原に下りてきます。見ている間に転び、何枚もの美しい着物が川に流されてしまいました。異人はすばやく川に飛び込み着物を拾ってあげました。しかし異人は自分の姿が恐ろしいことを知っています。着物を大きな石の上においてすばやく立ち去りました。
次の日に異人が河原に行くとその大石の傍らで女が洗濯をしていました。どうしたのか女は異人に気付いてニコニコと手を振ってきます。異人は恐る恐る森から姿を現しました。異人は女が驚いて逃げてしまうだろうと思っていたのですが、女は相変わらずニコニコと手を振っています。もしかすると女は少し頭が弱かったのかもしれません。そのときは別の人が来たので異人は逃げましたが、それから度々異人は女に会いに行くようになりました。他の人がいないときにしか合えないので、異人が会いに来たときには景教の祈りの歌を歌うことに決めました。歌は村人に分からない言葉で緩やかな抑揚を持って歌い上げられます。村人には不思議な鳥の声のように聞こえたといいます。村にはこの歌声が聞こえたら山から化け物が下りてくるという噂が立ち、河原から人がいなくなるようになりました。
そして、女が懐妊してしまったのです。
女は化け物の子を身ごもったと噂になり、家に帰され押し込められてしまいました。異人は会えなくても河原を訪れては歌を歌います。女に思いを伝える為の歌だったのですが、村人にとっては恐ろしいことだったでしょう。
月が満ちて生まれた子供は異人に似ていました。口が大きく将来高くなる鼻はつぶれて上を向いています。なにより真っ赤な肌をして既に赤い髪が生えていました。見慣れた村の子供とあまりにも違う姿に、女の親は恐れました。捨てて来い。そう命じたのです。
そのときあの異人の歌が聞こえてきました。女は未だ出血も止まらない体で子供を抱えると河原へと歩いていきました。
女の親が見世物にでも売ればいくらかの金になるかと思い直し、女の後を追って河原に行くと女は大きな石にもたれかかるように倒れていて、子供はいなくなっていました。