召喚装置 起動
「ここか」
ほんの一言、その短い台詞だけでも、女の性質を伺い知る事ができた。
凛とした声には自信、矜持、高慢さ、凶暴性、指導力、そして若さが隠される事なく表れていた。
女の眼差しは前方の扉に注がれていた。絶海の孤島の奥地に眠る古の地下施設、その最奥と思われる扉。伝承と文献が正しければ、そこにはかつてない魔法装置が眠っているはずだった。
「おい」
女が顎で指し示すと、脇に控えた手下の男たちの一人がすぐさま扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
男たちの見た目を端的に表現するなら「海賊」だった。海の男特有の浅黒い肌に、陽と潮で焼かれた衣服、鍛え上げられた筋肉、ただの船乗りには見られない類の傷跡と、身にまとった暴力の香り。
しかしそんな荒くれに囲まれながらも、若い女の放つ支配者然とした雰囲気は小揺るぎもしなかった。逆らえば死ぬ。そんな暴力的な匂いを撒き散らしていた。
「船長」
「ああ」
船長と呼ばれた女は男たちを従えて部屋の中に侵入する。奥の壁にカンテラの明かりがやっと届くくらいの広い部屋だった。天井に至っては全く光が届かない。
しかし、広さの割には何もない。椅子や机、棚のようなものが少々転がっている程度だった。
手下たちを散開させながら、用心深く辺りを探る女は、やがてある事に気付いた。
「船長、こりゃあ……」
手下もその事に気付いて、手にしたカンテラを頭上に掲げた。
壁だと思っていたものは、部屋と呼ぶのも躊躇うような広大な閉鎖空間に据え付けられた、途方もなく巨大な魔法装置だった。
凄まじい量の金属板で形成された巨大な円筒がそびえ立ち、あちこちから不規則に生えた管が壁に向かって延びている。一つの塔を丸ごと地下施設に収めたような形は、尋常ならざる異常性を感じさせた。
彼らは何度も古代文明の遺跡に潜り、今は失われてしまった技術で作られた装置や道具を目にしてきた。それらの殆どは壊れていたり、不完全にしか機能しないものであったが、何にしてもこれほど巨大なものにお目にかかった事はなかった。
圧倒されている手下どもを尻目に、女は装置の表面を指でなぞりながら、ゆっくりと歩き始めた。鉄の板は所々錆び付き、痛んでいる。しかし何百年も前のものとしては、むしろ奇跡的に良好な状態と言える。
ややあって、しなやかな指先が冷たい違和感に触れた。装置の外周を覆う鉄とは明らかに違う材質の金属板が、ほんの僅かな一角にはめ込まれている。
紅もひいていないのに赤味がかっている血色のいい唇が、三日月を形作る。
女は装置に「バン!」と両手を付くと、思いつく限りの魔法の言葉を唱え始めた。すると幾つ目かの言葉に呼応して、魔法装置は低く唸り始めた。
手下たちが驚きの声をあげながら女の元に集まる。
女の探し当てた金属板には、見えない焼き鏝を押し当てているかのように、赤熱した文字が次々浮かび上がってくる。
「っははは! そうかいそうかい、こいつはレミアス系の魔具と同じやり方だね? 楽勝だ」
女は喜色をたたえた表情でそう告げた。
「船長、しかしこいつは持ってくって訳にはいかないですぜ」
手下の一人が困惑を隠そうともせずに進言する。
しかし女は上機嫌だった。
「お前は相変わらずバカだなぁ。金貨や宝石なんて分かり易いお宝が転がってるとでも思ってたのか?」
女は後ろ手に装置を平手で叩いた。
「コイツは金になる! カタギみてーに商売やってもよし、今の稼業の足しにしてもよし、面倒臭かったら座標と操作方法だけ売りつけてもよし!」
女は手下たちに背を向けて装置に取り付いた。
「まずは、いっちょ試運転といくか」
先ほどと同じ要領で、魔法の言葉を唱え始める。
魔具の知識において、女は世界でも屈指であると自負していた。大海賊ガッソスの傘下にありながら、その命令を無視して遺跡荒らしに没頭していたからだ。
彼女の父は名のある海賊であったが、その実態はどちらかと言うと「海洋冒険家」であり、彼女は父からその性質と、船と、乗組員を受け継いだ。
遺跡から持ち去った数々の魔具は、若輩者の小娘が率いる海賊船の地位を確固たるものにするはずだった。
しかし幸か不幸か、発掘する魔具は強力な武器になり得る物ばかりであった。生活を豊かにする類の魔具であれば良かったのだが、戦闘にかかわる魔具はガッソスに上納を強要される可能性があり、身内以外には秘密にするしかなかった。
結果として、海賊団の中での評価は芳しくなく、命令に従わない彼女には制裁を下すべきとの声が上がり始めている。
結局の所、金が要る。金を稼げる存在である事を証明する必要がある。
彼女には学が無いが、こと魔具とそれにまつわる伝承には学者顔負けの知識を持っている。
その彼女が目をつけたのがこの遺跡に眠っていた魔法装置だった。
装置からもれる重低音が一層強く響くと、装置の隣にあった、円形劇場の舞台のようなスペースで異常が発生した。
突如円形に紫電が発生したかと思うと、その中にドーム状の淡い光が生み出される。光の内部では目に見えない何かが渦を巻いているのがはっきりと分かった。
恐れおののいて半球体を遠巻きに眺める手下たちを掻き分けて、やや興奮した様子の女が躍り出た。
エネルギーの密度は次第に高まっているらしく、向こうの景色はたゆたう水の中のように歪んでいる。
「そ、それで船長。コイツは一体何なんで?」
躊躇いがちに声を掛ける手下に、女は巨大なエネルギーの渦を見つめながら熱病に冒されたように答えた。
「こいつはな、ここじゃない別の世界のモノを呼び寄せるのさ」