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召喚魔法陣 展開




 広く薄暗い部屋には巨大な魔法陣が描かれていた。

 低く唸るような呪文を唱える声以外、音を発するものはない。


 儀式の執行者は老婆であった。腰は曲がり、裾から伸びた手はいびつに節くれだっている。目深にかぶったローブから覗く醜い顔には、業病でも患ったかのような瘤がそこかしこに付いていた。

 人間よりは魔物に近い風貌だと、フィリップは思わずにいられなかった。


 こんな怪しげな魔女を城内に呼び寄せて、こんな冒涜的な儀式を行っていることが知れたら、位階の低い彼の王位継承権など剥奪されてしまうだろう。悪ければ即刻処刑だ。

 しかし、取り立てて能力も後ろ盾も無いフィリップの動向にいちいち注目する者などおらず、実際のところ彼の心配は全くの杞憂であった。真夜中から始まった面妖な魔術儀式は、昼近くになった今もなお誰に見咎められる事もなく続いている。


 とは言え、儀式はどこまで進捗しているのか全く分からない事が、フィリップの心に焦りの影を落としていた。

 成功しそうなのか、そうではないのか。それさえも分からない。何度となく襲いかかる心の揺らぎが、彼の胸にくすぶる不安を呼び起こす。

 古に、魔王を屠るために異世界から呼び寄せられた勇者。まずここからして胡散臭い。正史に載っていない勇者の存在は、何らかの隠喩か、あるいは当時のプロパガンダなのだという見解が学者たちの中では主流なのだと聞いた事がある。


 だがフィリップはそこに賭けた。

 勇者がいたとして、そして異世界から召喚されたとして、それを可能とするのは神の奇跡だけだろうか。

 彼は思う。神に祈るより、悪魔におもねる方がまだ確実だと。何故なら神官という神官が魔王の破滅を神に願っているのに、それが成就する気配は無いからだ。

 剣でも勝てず、神も助けてくれないなら、他の手段を模索するしかない。

 その手段が勇者であり、勇者の為の手段が魔女である。


 この思考プロセスが一般的でなく、また倫理的でもない事は重々承知していた。

 だが、どうせまともな手段では成り上がれないのだ。

 彼が躊躇いながら暗闇の道に踏み出したのは、金も力も無いくせに、野心だけは溢れんばかりに持っていたからだ。

 王位継承者の筆頭に名乗り上げるのに、魔王討伐の手柄があれば、兄や叔父たちなど束になってもかなうまい。そう夢想しながらフィリップは暗い愉悦に浸ろうとするが、胸の中に滞る不安は頑迷にその存在を主張し続けた。それもこれも、まずは勇者とやらを召喚できてからの話だ、と。


 ここに至って、フィリップはまだ魔女を、ひいては魔法の存在に不信の念を持っていた。

 錬金術師、呪術師、妖術使い、あらゆる種類の自称魔法使いを目にしてきたが、すべて騙り者であった。

 むしろ彼等を非常に優秀な奇術師、もしくは詐欺師と紹介してくれた方が納得できただろう。

 そんな彼だからこそ、この不気味な老婆を信用できなかったし、そんな彼だからこそ、この魔女は本物だと期待していた。

 危険を冒してまで魔女を城に招いたのは、偽物であったらこんな所にノコノコやってきたりはしないだろうという、彼なりのふるいのつもりであった。

 本物だった場合、勇者も魔女も即座に懐へ抱え込める。

 それが稚拙な策略と知りながら、フィリップはそれに縋りついている。

 全ては、身の丈に合わぬ野望の為に。



 その時、それまで抑揚の無かった老婆の呟きが、波のうねりのようにクライマックスに向けて高まっていくのを感じた。

 すると燭台に灯る陰鬱な明かりしかなかった室内が、全ての窓を開け放って朝日を取り入れるよりもなお、にわかに明るさを増し始めた。

 フィリップは数名の兵と共に小さくどよめいた。部屋いっぱいに描かれた得体の知れない文字、紋様、何重もの円と線、それらが白い光を帯び始めたのだ。


 本物だった! フィリップは興奮した。長年探した本物が目の前にいる、そう思うだけで目頭が熱くなった。その時ようやく、フィリップは己の奥底に眠る願望に気付いた。


 魔王は妖しい魔術を使うという。神を冒涜し、悪魔に魂を売った邪悪な種族の汚れた術だと。

 しかし、フィリップは神を信じない。だから、魔術は魔族だけのものではないと思っている。「ただの優れた技術」だと。


 そう、フィリップは証明したかったのだ。神に愛されているなどという戯れ言などではなく、人間族が魔族に劣していないという真なる証があると。神を逃げ道にせずとも、人は誇りを失わなくてもよいのだと。

 分不相応の野心に身を焦がすのは自尊心の高さ故だ。その自尊心は、身分より何より、種としての劣等を許さなかったのだ。


 眩いばかりの白い輝きが魔法陣から発せられている。

 魔女が両手を高々と掲げて、長い長い呪文の最後の一小節を怪鳥のような甲高い声で叫んだ。

 白い光は目を開けていられない程強まり、何もかもを飲み込んだ。


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