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「はあい! 真矢!」


 扉を開けた途端、茶髪のイケイケギャル(死語かしら?)が出現して思わず固まってしまう。

 ドアを開けた格好のまま、ぽかんと口をあけて彼女を凝視する。

 目の前の若い女性は私の反応がおもしろいのか、豊かでつややかな髪の毛をふわりと揺らし、顔をかしげにこりと笑った。

 ばっちり施されている化粧。うっすらと色づいた頬は色っぽいし、大きく縁どられた瞳はどこかうるみ、弧を描く唇も綺麗に口紅が塗られていて、とてもきれいだと思う。

 服はやはり少し露出が激しいような気もするが、それが今時の子らしくて似合っているのではないかと思う

 だけど。

 何故、ここに、こんな子が?


「ねえ、真矢。聞いてる?」


 やはりどこかおもしろそうに言う彼女は、私の顔の前でシミやしわ一つないきれいな手をひらひらと振った。

 細長い指が(爪もなにかごてごて装飾されている)空を切る。その動きに合わせて真っ白い肌が日の光を浴びてつやつやと輝き若干私にはまぶしい。

 そらした先にあった露わになっている肩もきらきら輝いている所を見ると、なにかお粉でもつけているのだろうと思われる。あ、もしかしてあれがうわさに聞くもち肌というやつなのだろうか?

 そんなことをつらつらと考えていると、しびれをきらした彼女がぷりぷりに張りのある頬をさらに膨らませて、私に顔を近づけてきた。


「聞いてるの!? 真矢ったら!」

「ええ!? なんで私の名前を知っているの!?」

「嘘! 今更!」


 きゃはは! と私のイメージあるがとても今時の女性らしく笑った。と思ったら、一転して彼女は獲物を前にした肉食獣のようににやりと顔をゆがませる。


(ひぃ!)


 今の笑顔はとってもとっても腹黒さを感じさせるものだった! 触れてはいけない獣だった!

 大体なぜ、こんな所にこんな子がやってきているのか!? こんな婆さんの所に何の用があるというのか!?

 ああ! も、も、もしかして、オレオレ詐欺に代わる新しい詐欺だろうか!?

 恐る恐る彼女を見れば、腰に手を当てて悠然と微笑んでいる。なんだか今一番輝いてるオーラが全開である。

 これで詐欺とか、どうなんだろうか? 怪しすぎるにも程があるし、さすがにないだろうと思う。でも、あの存在感とプレッシャーにころっと騙されちゃう人もいるかもしれない。


「恐ろしや……」


 彼女より背も低いし、腰が曲がっているから必然なのだが、下から覗き込むように彼女を見ると、彼女はとても嬉しそうに私を見ていた。

 いやいや、嬉しそうとか、違うでしょう! 

 逃げようとやっとのことで思い至った私の脳は、後ずさり、ドアを閉めろと体に指令を出した。

 が、所詮若い子には敵わない。

 がっちりとドアを掴まれてしまう。


「真矢! 逃がさないわよ」


 にたり……と、ホラーでありそうな笑顔を浮かべた彼女にあっさりと捕まってしまったのだった。







「ええ!? あなた香澄なの!?」


 嘘でしょう。ええ、絶対嘘に決まってる。

 だって香澄は私と同い年。今年70歳になろうかという、おばあちゃんのはずなのだから!

 驚きのあまり、渡された湯呑を握り締める。

 勢いがありすぎたせいで中のお茶が少しこぼれて手にかかったが、これぐらいなんでもない。むしろ、私の家なのに彼女が勝手知ったるとばかりにお茶を入れてきたことや、お茶請けが置いてある場所まで知っていたことの方がなんだかとても怖い。

 彼女はちゃぶ台にお饅頭を置き、私の向かいに腰掛けながら力説する。


「若返ったのよ!」

「嘘ね!」


 騙そうたってそうはいかないわ。

 顔つきも声も香澄の若いころに似ているけれど、人が若返ったりするはずがないもの。


「まあ、疑う気持ちはわかるわ。私だっていきなり若返ったあなたが現れたって信じないもの」

「でしょう」

「でも、若返っちゃったのよ!」

「嘘くさい」


 ふわりと花の香りを舞わせて嬉しそうに言う彼女に断言する。

 そんなことあってたまるかって話ですよ。どういう理屈なのかは知らないけれど、そんな美容法があったならみんな飛びついて、世間の話題に疎い私でもさすがに耳に入ってきたはずだ。

 そもそも彼女が香澄だったとして、昔はそんなんじゃなかったでしょと全力でつっこみを入れたい。すっぴんが楽だからと言って化粧にひとつも興味も持たなかっただろう。髪だって自然に伸ばしたままだっただろう。おしゃれだって全然好きじゃなかっただろうって。

 たしかに若返ったら、今まで興味のなかったことにも手を出したくなるかもしれない。歳を取れば取るほどやりたいことは増え、やれることは目に見えて減っていくのだから。

 でも、これじゃあ別人みたいだ。私の親友に似た、別人。

 彼女は一人っ子で結婚もしていないから子供、孫の可能性はないだろうけれど、香澄に似た親戚かもしれないし、顔だけなら世界中探せば似ている人くらいきっといくらでもいる。


「いっそ清々しいわ。真矢らしいけど」

「なにが」

「真面目なところ」

「素直に固いって言えばいいのに」


 反射的に言ってしまった私の言葉に彼女はきょとんとする。しばらくして意味が理解できたのか、彼女は笑顔を消してお茶をすすった。

 そして静かに湯呑を置いた後、茶たくをいじる。

 彼女は視線を湯呑に落としたまま、口を開いた。


「真矢、いいところも悪いところも一緒なの。私は真矢が好きなんだから、そういう捻くれた言い方しないでほしい」


 顔を上げた彼女の顔は悲しそうだった。


「……ごめんなさい」

「わかってくれたのなら、いいわ」


 彼女はそう言って、ふわりと笑った。そしてお饅頭をほおばる。

 私はおいしそうにお饅頭を食べる彼女から目が離せなかった。

 だってそういうふうに諭されたことが前にもあったから。

 彼女が香澄なんて信じられるわけない。だけど、もしかしたら、彼女は本当に香澄なのかもしれないと思ってしまう自分もいる。物おじしない言動や行動は香澄そのものだし、ストレートな物言いは香澄そのものだ。

 そして、大事なことを言う前に茶たくをいじる癖は、私だけしか知らない香澄の癖。

 外見はまるで違うが、時々垣間見える中身は香澄だと本能的に感じてしまう。


「信じられないのはわかったわ。こればっかりは、しょうがないもの」

「そう」

「ええ。でも、本当はこれが本題じゃないの」

「…………え?」


 今、なんと?


「これが本題じゃないわ」


 じゃあ、なにしにここへ!?

 ちょっとだけ緩んだ気持ちが、再び警戒し始める。

 今度は何を言い出すつもりなのか? さっきよりもっと無理難題を押し付けてくるのか!? それともやっぱり新手の詐欺なのか!?

 逃げる体制を整える私ににこにこと香澄は言う。


「まあ、とりあえず、今夜ここに私を若返らせたやつを連れてくるから。それまでに決めておいて」

「な、何を……?」

「もちろん! 若返るかどうかよ!」

「はあ!?」

「真矢! 一緒に人生を謳歌しよう!」


 じゃあ、また後で。いくとこあるから、と言ってさわやかに去っていく香澄を、私は呆然と見送るしかできなかった。


 私が若返る? 香澄と同じように?

 そんなことできたら、できたら、できたら………………どうしようか?


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