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『マナセ ――それでも赦されるなら』 ~ユダ王国最悪の王は、鉄の鎖の先で初めて空を見上げた~

作者:かおるこ
最終エピソード掲載日:2026/06/09
王冠は重かった。

黄金でできているからではない。

誇りと欲望と、
誰にも言えない恐れが染み込んでいたからだ。

若き王マナセは、
父の残した光から逃げるように闇へ向かった。

祭壇を築き、
偶像を立て、
人々の歓声を力だと思った。

だが歓声は風だった。

吹けば消える。

残ったのは沈黙だけだった。

夜になるたび、
処刑された者たちの足音が聞こえた。

見ないふりをした。

聞こえないふりをした。

王だから。

強くなければならないから。

そう思っていた。

だが鉄の鎖は、
そんな虚勢を簡単に砕いた。

牢獄の石床は冷たかった。

王宮の香油の香りはない。

豪華な食卓もない。

あるのは湿った土の匂い。

滴る水音。

暗闇。

そして自分自身だけだった。

逃げ場はなかった。

初めて知った。

自分が恐れていたのは敵ではない。

自分の罪だった。

失った命は戻らない。

流した血は消えない。

若さも。

王座も。

過去も。

何ひとつ戻らない。

だからこそ彼は祈った。

遅すぎる祈りだった。

愚かな祈りだった。

それでも祈った。

誰に聞かれなくても。

誰に笑われても。

「エホバよ」

長い沈黙のあとにこぼれたその名は、
涙の味がした。

赦しとは忘れることではない。

傷が消えることでもない。

罪がなかったことになることでもない。

赦しとは、

壊したものを知りながら、
それでも歩き続けること。

失ったものを抱えながら、
それでも顔を上げること。

鉄の鎖の先で、

王は初めて空を見上げた。

そこには若い日のような栄光はなかった。

ただ青空があった。

誰の上にも同じように広がる空。

罪人の上にも。

善人の上にも。

涙を流す者の上にも。

マナセは知った。

神は高い玉座の上ではなく、

砕かれた心の中におられることを。

だから彼は歩く。

後悔とともに。

希望とともに。

夕暮れのエルサレムを。

そして最後の祈りを捧げる。

「私は善き王ではありませんでした。

けれど、

あなたは善き神でした」

沈む夕日の向こうで、

赦しの光は静かに燃え続けていた。
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