7-2.刻まれた十五年の狂信
──壊れた部品を強力なものに交換しても、器の限界が拡張されるわけではない。ただ崩壊が早まるだけだ。
翌日、カナメとレイナは南第三ブロックにあるキネのジャンク屋を訪れていた。
黒灰組から奪い、ロンダリングを終えた潤沢な資金を使って、激戦で半壊したレイナの左腕をはじめとする身体全体のオーバーホールと大改修を行うためだ。
三重のロックを抜けた先にある闇の施術室。無影灯の下に積まれた莫大な額の物理チップを前に、キネは義眼を細めた。
「左腕の完全換装に、骨格フレームの補強……大手術だよ、坊や。八時間はかかる」
「金なら釣りが出るほどある。一番『殺せる』身体にしろ。それと、軍用規格の『神経加速装置』も脊髄に組み込め」
レイナは冷たい手術台の上に仰向けになりながら、どこか機嫌良さそうに足を揺らしていた。これまでの彼女なら、新しい武器に換装されることだけの無骨な作業だっただろう。だが今の彼女の目は、ただ強くなること以上に、カナメに「最高の道具」として再び使ってもらえるという甘い喜びに満ちていた。
キネが首元の麻酔ポートにコネクタを差し込む。
「深い麻酔をかける。意識があると心臓が保たないからね」
その言葉を聞いた瞬間、レイナの生身の右手が、傍らに立つカナメの手首をきつく握りしめた。
「——カナメ」
麻酔の冷気が肺に回り始め、赤い瞳の焦点がとろけるように揺らいでいる。
「アタシが寝てる間に……どこにも行くなよ」
それは無防備な野良犬が、世界で唯一心を許した飼い主にすがるような、甘く歪んだ独占欲だった。昨夜の拠点での団欒を経て、二人の間にある共犯関係の輪郭は、より濃密で生々しいものへと変質している。
カナメはその指を振り払わず、彼女の手の甲を優しく、だが確かな力で覆った。
「俺はお前の軍師だ。自分の最も優秀な手駒を置いていく合理性はない。ずっとここにいる」
「……へへっ。約束だぜ……」
安堵に満ちた緩い笑みを浮かべた直後、麻酔が脳幹を沈め、レイナは深い人工の眠りに墜ちた。カナメの手首から力の抜けた右手が滑り落ちる。
キネが無影灯を引き寄せ、プラズマバーナーの青い炎が灯った。
装甲の解体は外殻から順に行われた。だが、手術の開始から三十分が経過した頃、キネの持つバーナーの炎が不自然に止められた。老婆の顔から、飄々とした闇医者の顔が消え去っていた。
「……坊や。お前、この娘の『昔の修復痕』をちゃんと見たことあるか?」
「見せろ」
カナメが傍らに歩み寄ると、キネはレイナの左肩——生身と義体の接合部の最深層を指差した。
そこにあったのは、精密とは対極の、吐き気を催すほどの惨状だった。不規則に切断された骨の断面、無理やり繋がれた神経と、壊死した組織。その上に、まるで傷口に鉄杭をねじ込むようにして、使い古されたジャンクフレームが接合されていた。
「ここはアタシが繋いだ場所じゃない。これは——麻酔すらまともに使わず、劣悪な環境で、自分から生きながら手足を切り落とさせた痕だ。見ろ、この防御創の位置。切断の痛みに耐えかねて身体が逃げてる。正気の沙汰じゃない」
キネの義眼が、深く淀んだ光を放つ。
「娼婦にでもなれば、この顔なら楽に生きられたはずだ。だが、こいつはそうしなかった。誰にも生身を売らず、ただ純粋に暴力として生き残るために、自らを拷問みたいな手法で切り刻んだんだ。……何が、ここまでこいつを駆り立てたんだい?」
カナメは息を呑み、沈黙した。
手術台で安らかに眠るレイナの顔。十五年前、気まぐれで与えた百ドル札とマフラー。
彼女にとって、それがどれほどの意味を持っていたのか。生き残るための希望であり、誰にも自分を汚させないための絶対の信仰。カナメと対等な共犯者になるため、この少女は生きたまま自らの肉をノコギリで削ぎ落とす地獄を歩いてきたのだ。
そして再会してからの半年間が、カナメの脳裏に重なる。
路地裏で血塗れの契約を交わして以来、彼女は己の命など欠片も惜しまなかった。無謀な襲撃でも、直近の旧変電所での十字砲火でも、彼女はカナメの残酷な指示一つで嬉々として弾雨に飛び込み、笑いながら己の肉と鉄を削って血路を開いてきた。
ただ、「カナメの役に立つ最高の武器であること」を証明するために。
自分の命令が彼女を死地に立たせるたびに、彼女はその痛みを喜びに変えていたのだ。
先日思い知ったはずの罪悪感とは次元の違う、重狂わしいまでの執念の痕跡がそこにあった。
カナメは奥歯を強く噛みしめた。この傷の本当の理由を、まだキネには語れない。そしてレイナ自身からも、まだ直接は聞いていない。
だが、その全貌を聞き届ける日は必ず来る。
「……手術を続けろ、キネ」
カナメの声は静かだったが、その奥には底知れぬ凄みがあった。
「最高の武器に仕上げろ。こいつが望んだ通りにな」
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