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『ノイズ・イン・ザ・システム〜「あたしを見捨てなかった神様へ」と笑う狂犬を連れて、元企業エリートはどん底から世界を壊す〜』  作者: はーまやー


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6-3.兵器の安全装置

──過去の哀れみで相手を庇うこと。それは、相手のこれまでの苛烈な生き様に対する最悪の侮辱だ。

 コンクリートの柱が、溶けるように削れていく。


 重機関銃の徹甲弾が容赦なく降り注ぎ、直径四十センチの柱はすでに半分以下の厚みになっていた。跳弾が飛び交い、レイナの義体の装甲板から火花を散らす。


 カナメは給水塔の上から、モニターの赤い警告を絶望的な気分で見つめていた。自分が作った窮地だ。「怪我をさせたくない」「死なせたくない」という安い同情のせいで、最適解を捨て続けた結果がこれだ。


「……レイナ」


 通信越しのカナメの声は、ひどく掠れていた。


「俺のミスだ。指示が間違っていた。もう、打開する経路がない。……俺の指示は無視して、這ってでもお前だけ逃げろ」


「は?」


 レイナの声が、通信を氷のように切り裂いた。恐怖でも痛みでもない。混じりけのない、殺意に近い怒りだった。


「逃げろってなんだよ。アタシを舐めンじゃねェぞ」


「聞け。このままでは死ぬ。だから──」


「うるせぇ!」


 レイナの叫びが、弾幕の轟音すら凌駕して響いた。


「アンタ今日おかしいぞ! アタシを前に出さねェ、危ない道は避ける、終いには逃げろ? アタシの何がお気に召さねェンだ!」


「違う。お前を──お前を傷つけたくないだけだ」


 思わず、カナメの口から喉の奥に隠していた本音が漏れた。

 一瞬の静寂のあと、通信機越しにレイナの激しい歯軋りが聞こえた。


「……アタシを、憐れんでンのか」


「──!」


「十五年前、フェンス越しにマフラーを投げてくれたガキが……アタシだって気づいて、可哀想だからって庇ってンのかよ!」


 心臓を素手で掴まれたような衝撃を受けた。気づかれていたのか。いや、今日の一変した態度から、鋭い嗅覚でカナメが真実に辿り着いたことを自ら察したのだ。


「誰の助けもねえスラムの底這いずり回って生きてきたアタシにとって……アンタのあの無邪気で身勝手な善意だけが心の支えで、宗教だったンだぞ!」


 弾幕の轟音を凌駕する怒号には、血を吐くような悲痛さが混じっていた。


「そんなの、自分の都合のいいように解釈してるだけだってことは分かってた! でも、いつかアンタにもう一度会えるかもしれないって希望がなきゃ、こんな地獄、生き残れなかったンだ!」


 通信機越しに、レイナの激しい歯軋りが響く。


「そのアタシの気持ちを、ほかでもないアンタ自身が安い同情なんかで否定すンじゃねェ! アタシは可哀想なガキなんかじゃねェ、アンタの隣に立つために肉を削って鉄に変えてきたンだ!」


 それは、ただの哀れな被害者でも、狂信的な人形でもない。過去の気まぐれな善意を自ら「絶対の信仰」へと昇華させ、地獄を自らの足で這い上がってきた一人の女の凄まじい咆哮だった。


「兵器だとか道具だとかどうでもいい! アタシはアンタと一緒にここから上をぶっ潰す共犯者だ! 綺麗事でアタシの戦いを汚すな! 最低で最悪のやり方で、最後まで一緒に泥被るって約束したンだろうが!」


 通信の向こうで、金属の軋む音がした。レイナが立ち上がっている。弾雨の中で。


「綺麗事は捨てろよカナメ! アタシを見捨てるな! 最低で最悪の指示を出せ!」


 血を吐くような叫びが、カナメの脳内にこびりついていた十五年前の少女の幻影を、完全に粉砕した。


 そうだ。十五年前の弱々しい子供はもういない。

 いるのは、共に泥水をすすり、共に血を被り、企業という巨大な理不尽に噛み付くために立ち上がった、掛け替えのない対等の共犯者パートナーだ。


 カナメの目から、迷いが完全に消え去った。安い同情も、中途半端な罪悪感も、すべてを冷徹な軍師の仮面の奥底で焼き尽くす。

 指先がキーボードを叩き、数秒で最も残酷で、最も成功率の高い血の経路ルートが弾き出された。


「……西側のサイボーグ兵との距離は十二メートル」


 声が戻った。完全に冷たく、研ぎ澄まされた、あの絶対的な軍師の声だ。


「奴の射線を三秒だけ無視して前に出ろ。左腕を盾にしろ。腕が千切れても止まるな。右のマチェットで機関銃手の首を落とす。できるな」


「当たり前だ!」


 レイナが歓喜に濡れた叫びを上げ、遮蔽物の柱を蹴り飛ばした。


 重機関銃の弾幕の中を、狂犬が駆け抜ける。西側のサイボーグ兵が銃撃を放ち、レイナの左腕の義体装甲を何枚も吹き飛ばした。内部フレームがひしゃげ、冷却液が血のように撒き散らされる。だがレイナは一歩も止まらない。痛みも衝撃も、カナメの完璧な指示と、彼に信頼されているという圧倒的な誇りが打ち消していた。


 レイナはサイボーグの残骸やガレキを踏み台にし、空高く跳躍した。

 機関銃手が頭上を見上げた瞬間、重力と共に振り下ろされたマチェットの刃が、敵の脳天から鎖骨までを綺麗に両断した。そのままの勢いで着地し、振り返りざまにサイボーグ兵の胸部制御ユニットを義体の脚で粉砕する。


 残された数名の兵士たちが、血と油に塗れて笑う女の姿に完全に戦意を喪失した。

 十字砲火が消えた。大広間は、静寂の中にある。


「全部終わったぜ、カナメ」


 レイナが血まみれの口元を歪めて笑う。

 カナメは端末越しに、新しい本拠地の制圧完了を静かに確認した。


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