妹のように思っていた侍女が聖女に覚醒したら、王子の中を力と恋が駆け巡った件
北に緑深き山々を戴き、南に静かな湖を抱くアローラン王国は、自然と魔力に祝福された大国だった。
高山から産出される魔法石は他国の追随を許さぬ純度を誇り、豊かな海は新鮮な魚をもたらし、王国の繁栄を支えていた。
だが、富は争いを呼ぶ。
強欲な隣国、そして世界を滅ぼさんとする魔王軍は、常にこの地を狙っていた。
その脅威を退けてきたのが、王国の双璧──王子アルベールと、騎士団長セドリックである。
幼少より剣を交え、互いを高め合ってきた二人は、戦場においても常に最前線に立った。
風のように駆け、雷のように剣を振るい、魔物の群れを切り裂く姿は、まさに王国の象徴だった。
彼らが敵陣を崩し、誇り高き騎士団が続く──それが、王国の勝利の形だった。
そして、その背後には必ず聖女ローリエの祈りがあった。
彼女の祝福は魔法陣を強化し、騎士たちを守り、王国を見えない盾で包み込む。
彼女なくして、勝利はあり得なかった。
さらにもう一人、名もなき支えがあった。
城に仕える侍女フェリス。
戦から戻る戦士たちの傷を洗い、包帯を巻く──それが彼女の日常だった。
フェリスには、本人すら自覚していない小さな奇跡があった。
触れた傷が、ほんのわずかに早く癒える。
その力の正体に気づいていたのは、聖女ローリエだけだった。
やがて、国王は決断する。
王子アルベールと聖女ローリエの婚約──それは国にとって最善の選択だった。
ローリエはアルベールを嫌ってはいない。
しかし彼女とセドリックは、誰にも知られぬまま、静かに恋を育んでいた。
「王子とフェリスを恋仲にするのはどうでしょう。あの子、アルベール様に懐いていますし」
「……それは恋とは違う気がするが」
ローリエは小さく胸を張った。
「そこは、工夫次第です」
こうして始まった“恋の画策”は、しかし難航を極めた。
◇
∮∮〜二人きり任務〜∮∮
ある日の昼下がり。
訓練場の隅で、セドリックとローリエは顔を突き合わせていた。
「王子殿下とフェリスを、二人きりにする必要がある」
「ええ。自然な形で、距離を縮めましょう」
そこで二人が用意したのが、“城下の薬草調達任務”だった。
本来なら護衛がつくところを、あえて省き、王子とフェリスだけを向かわせる。
「殿下、城下まで同行を」
「了解だ。……フェリス、重い荷は俺が持つ」
──作戦は順調に見えた。
だが、街に着いた途端。
「殿下、薬草はこの三軒で揃います。次は乾燥保存ですね」
「なるほど。効率的だな」
二人は任務に没頭し、会話は終始“業務的”。
気づけば日が暮れ、成果だけは完璧だった。
帰城後。
「どうだった?」と問うローリエに、フェリスは首をかしげる。
「とても勉強になりました! 王子様、すごく頼りになります!」
アルベールも頷く。
「フェリスは優秀だ。妹がいたら、ああいう感じだろうな」
セドリックとローリエは、静かに天を仰いだ。
∮∮〜恋愛小説作戦〜∮∮
次の策は、より直接的だった。
「恋を自覚させるには、恋を“知る”必要がある」
「なるほど……恋愛小説ですね」
ローリエは城の書庫から、甘々な恋物語を選び抜き、“偶然”フェリスの休憩室に置いた。
さらにセドリックは、アルベールにこう言う。
「殿下、最近フェリスが、よく本を読んでいます」
「ほう?」
思惑通り、アルベールはフェリスに声をかけた。
「何を読んでいる?」
「あ、はい。聖女様が置いていかれた本で……」
内容を聞いたアルベールは、腕を組む。
「……この男、なぜここで告白しない?」
「そうですよね! もどかしいです」
二人は真剣に物語を分析し始め、“どうすれば最短で結ばれるか”を戦術会議のように語り合った。
結果。
「恋愛とは、判断と行動の速度が重要だな」
「はい! とても勉強になりました!」
学びはあったが、感情は一切動かなかった。
ローリエは本を抱え、崩れ落ちた。
∮∮〜介抱──そして落胆〜∮∮
最後は、少し大胆な策だった。
訓練後、アルベールがわざと軽傷を負うよう、セドリックが強めの模擬戦を仕掛ける。
「……少しやりすぎたか」
「ええ。でも、これでフェリスが……」
案の定、フェリスは慌てて駆け寄った。
「殿下! お怪我を……!」
包帯を巻き、距離は近い。
手が触れ、視線が絡む──完璧なシチュエーション。
ローリエは祈るように見守った。
しかし。
「殿下、次からは防御を一拍早めてください」
「そうだな。次は避けられる」
二人は真剣に戦闘反省会を始めてしまう。
「……色気がない」
「致命的にな」
結局、アルベールはフェリスの頭を軽く撫で、
「いつも助かる。良い治療係だ」
フェリスはにこっと笑った。
「お役に立てて光栄です!」
その光景を見て、セドリックとローリエは同時に悟った。
「これは……外から何をしても無理だ」
「ええ。きっと、何か“決定的な出来事”が必要ですね」
こうして、二人の画策はことごとく失敗に終わる。
結婚など考えもしない王子と、身分の違いから恋を諦めている侍女。
二人はどこまで行っても兄妹のようで、恋の火花は散らなかった。
◇
だが──転機は、突然訪れる。
買い物帰りのフェリスが、魔物に攫われたのだ。
救出に向かったアルベール、セドリック、ローリエ。
激戦の末、フェリスを救い出したその瞬間──瀕死の魔王軍幹部が放った剣が、フェリスへと飛ぶ。
迷いなく彼女を庇ったアルベールは、致命傷を負い倒れた。
その頃、意識を失ったフェリスの心に、女神が降り立つ。
『目覚めなさい、癒しの光を継ぐ者よ』
祝福を受け、フェリスは聖女として覚醒した。
その力でアルベールの命は救われたが、彼は三日間眠り続けた。
目を覚ましたとき、視界に映ったのは──ベッドの端で舟を漕ぐ、小さな侍女の姿だった。
彼女が片時も離れず看病していたと知り、アルベールの胸に、これまで知らなかった感情が静かに芽生えた。
◇
一方、魔王軍は王子の戦線離脱を信じ、再侵攻を開始した。
だが、フェリスの癒しを受けたアルベールは、かつてない力を得ていた。
戦場で剣を振るうたび、身体が軽い。
魔物の動きが遅く見える。
衝撃は受け流され、刃は迷いなく敵を断つ。
(……強い)
だが、その力は自分だけのものではないと、アルベールは分かっていた。
胸の奥から広がる、温かな光。
血となり、脈となり、全身を巡るそれは──フェリスの聖女の力だ。
(今も……俺の中にいる)
そう思った瞬間、脳裏にフェリスの姿が浮かぶ。
包帯を巻いてくれる時の、心配そうな眼差し。
自分が頭を撫でた時の、少し照れた笑顔。
ちょっぴり意地悪をした時に、頬を膨らませて怒る表情。
これまで彼女は、守るべき妹のような存在だった。
だが今は違う。
(俺が、守る)
その想いに応えるように、剣が光を帯びる。
一歩踏み込み、横薙ぎに振るえば、魔物の群れが次々と崩れ落ちた。
圧倒的な力の前に、魔王軍はなすすべもなく退却していった。
◇
勝利の宴。
王城の大広間は、灯された無数の魔法灯に照らされ、杯の音と笑い声に満ちていた。
国王が立ち上がり、満座の貴族と騎士を見渡す。
「此度の勝利を祝い──ここに、王子アルベールと聖女ローリエの婚約を宣言する」
拍手が起こりかけ、しかし途中で止まった。
沈黙の中、アルベールは静かに一歩前へ出る。
視線は迷わず、人々の列の端に立つ一人の少女を捉えていた。
「その話、断らせてもらう」
どよめきが走る。
ざわめく広間で、アルベールはフェリスの手を取り、そっと引き寄せる。
「俺は──この戦いで、何を守りたいのかを知った」
震えるフェリスの指先を、強く、しかし優しく握りながら、アルベールは続けた。
「彼女は俺を救い、俺に──これまで以上に国と民を守る力を与えてくれた。それでも身分を理由に、隣に立てないなどと言わせない」
そうして、アルベールは高らかに宣言した。
「俺は、フェリスと結婚する!」
静寂。
やがて、玉座の上から、低く落ち着いた声が響いた。
「……なるほど」
国王はしばし二人を見つめ、そして小さく息を吐く。
「王子よ。お前は戦場で国を守った。ならば今度は、自ら選んだ者を守る覚悟もあるのだな?」
アルベールは迷いなく頷いた。
「はい。命に代えても」
その答えに、国王は僅かに口元を緩める。
「よかろう。王家の婚姻とは、国のためのものだ。だが──国を支えるのは、いつの時代も人の想いだ」
そう言って、国王は高らかに告げた。
「アルベールとフェリスの婚姻を、ここに認める!」
その瞬間、広間は歓声と拍手に包まれた。
その様子を見て、ローリエは胸に手を当てて微笑んだ。
そして、セドリックもまた、晴れやかな表情で頷いた。
少し離れた場所で、二人は顔を見合わせ、静かに息をついた。
「……ようやく、自分の心に気づいたか」
「ええ。私たちが何をしなくても、いずれこうなる運命だったのでしょうね」
こうして──王子は侍女フェリスと、騎士団長セドリックは聖女ローリエと結ばれ、アローラン王国は、剣の強さだけでなく、人の想いに支えられた国となった。
それは──剣と祈り、そして恋が紡いだ、幸福な物語だった。
〜〜〜Fin〜〜〜
最後まで読んだ頂き有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です!
シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。




