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恋慕儚きにして邯鄲

掲載日:2025/12/24

これから始まるのは、ただ一人の少女の、儚い恋物語。

宛名:私の最愛の人へ


 私は幸せでした。大好きな人がいて、愛して、愛されて。ずうっと、貴方だけをみていた。ねぇ、こんなことを言ったら笑われちゃうかな?あの時みたいに「何だよそのセリフ、映画の影響でも受けたか?」って、また私と冗談を言い合えるかな?

 最期に貴方に伝えたいことがあるの。普通の、ありきたりな、そんな言葉。


「私は貴方を愛しています。結婚してください。」



 私が高校生の時、貴方と出会いましたね。田舎上がりで、都会のとの字もわからず、不安でいっぱいだった私を見るに見かねて、貴方は話しかけてくれました。きっとその頃の私は訛りなどで会話もしづらかったと思いますが、そんな状況でも時々話に混ぜてくれて、ありがとう。その頃は高校内だけでの付き合いでしたが、一緒に食べる昼食はとっても美味しく感じられましたし、何より一人じゃない昼休憩がとっても楽しかった。私の趣味は読書でしたから、運動が好きな貴方にとっては退屈だったかもしれませんけれど、それでも私のおすすめを読んでくれて、律儀に感想までつけてくれて………。

 いつからでしょう、私が貴方と一緒に帰るようになって、家に遊びにいくようになったのは。一年生からだった気もしますし、二年に上がる時の春からだったかもしれません。私は貴方と一緒に帰ること、そのひと時こそがいちばんの楽しみでした。世間話をしたり、勉強を教えあったり………とっても、普通のお付き合い。そんなことが私にとってはとっても大事なことでした。

 貴方の家に初めて招いてもらった時のことはよく覚えています。あまり片付けが得意じゃないからごめんね、と物がバラバラに積み上がった貴方の部屋に案内された時はとってもびっくりしました。そしてその後大片付けが始まったことも。それからちょくちょく私が家にお邪魔して、掃除や片付けをするようになったことも。幸い、貴方の家と私の借りているアパートは近かったので特に苦ではありませんでした。いえ、私はその時間も幸せと思っていました。

 それからそんな感じの生活が結構続きましたね。私たちが付き合い始めたのは高三の夏頃だったと思います。遊びに行った綺麗な水辺で貴方に告白された時、私は喜びのあまり湖に落ちました。その時貴方は笑いながら私を引き上げてくれましたね。そのあとはすぐに家に帰ってお風呂に入って、貴方と家デートしたのは良い思い出です。

 大学受験で色々忙しかった時も、貴方は支えてくれました。わからないところを教えてくれました。諦めかけた時、励ましてもくれました。貴方は言いましたね、「絶対一緒の大学に受かって、一緒に合格を祝おう!」って。貴方のおかげで、その夢は叶いましたね。名門大の構内の掲示板、番号が私たち二人とも刻まれていたのは記憶に新しいです。そのときは、嬉しくってハイタッチして………私は小指を骨折しました。私は嬉しがると大体痛い目を見るという、そんな運命なんでしょう。

 大学生活が始まって、ようやく恋人らしいことができるようになりましたね。一緒にバイキングに行ったり、遊園地に行ったり、家で色々恋人らしい触れ合いをしたり………。

 それからの生活はあっという間でした。大学での講義を受けたり、単位を取るため勉強したり、貴方と一緒に出かけたり………。楽しい時間は過ぎるのが早い、そう言われている通り、私は大学での四年間がとっても短く感じられました。


 私は幸せの絶頂にいました。貴方といられて、貴方と暮らせて、貴方と色々乗り越えて。嬉しがっていました。このまま行けば、貴方と共に人生を終えられる。そう、とってもとっても嬉しがってしまったのです。

 運命は残酷な物です。私は忘れていました。私は幸せになると、必ず不幸がついてくる。これはもう定められた運命なんです。私は一番の幸せを手に入れましたが、それは手のひらの中からすり抜けて、何もかも後には残りませんでした。


 はっきりと焼きついています。貴方が不幸な事件で命を落とした時のことを。あれは冬の寒空の片鱗が姿を表し出した時のことでした。私の隣を歩いていた貴方がうずくまったかと思うと、腹部から血を流していたのです。ナイフが深く深く刺さっており、救急車が到着した時には全てが遅かった。もう、貴方には会えません。後日、私はニュースを見ました。通り魔事件。そう名付けられた事件の犯人は捕まっていません。

 私は何もかもを失いました。幸せな時間も、これからの未来も、貴方も。全て、あの事件のせいで。無差別的な犯行のせいで、私の人生に意味がなくなりました。私の全てが失われたのです。私は貴方の家に行きました。もらっていた合鍵で家の鍵を開けると、最後に家に来た日のままの姿がそこにはありました。ただ一つ、リビングのテーブルの上に装飾が施された小箱が置かれていることを除いて。あえて、私は開きませんでした。これは貴方が私に手渡したかった、そんな物です。私が開けるのは、貴方の望むことではありません。



 私には、絶望しかありませんでした。いついかなる時も、絶望が私にまとわりつき、離さなかったから。私はここまで生きて来れた、貴方の復讐を完遂させられた。私が焦燥感や罪悪感に苛まれそうになった時も、絶望は私を守ってくれたから。私は絶望を恨むことはできないでしょう。

 私はわかった気がします。絶望は、貴方と似ている。私の心を満たし、生きる意味を作ってくれた、そんな大切な存在。片時も私のそばを離れず、愛するまでに至った存在。

 私は知っているでしょうか。いえ、知らないはずがありません。私を最期に看取るのは絶望であり───。最愛の貴方のそばに寄り添い、永遠を噛み締めんことを。



 私は全てを復讐に使いました。人脈、金、話術、そしてこの体。何もかも注ぎ込んで、ようやくあの殺人者と対面することができました。それは頑丈なロープで縛られており、私を見るなり───おそらくその時の私はひどく不健康な容貌をしていたと思います───怯えた表情で、許しを乞うてきました。私が赦すはずないのに。私は包丁で、それの末端から切り落としていきました。あの時受けた苦痛を、何十倍にして返すために。最期の最期まで、それは惨めったらしく喚いていましたが、傷口から何も流れ出さなくなったあとはしんと静まり返りました。そして細切れになったそれの破片をドラム缶に詰め、ツテの協力を得て、それの残骸を海に沈めました。


 私は何も感じませんでした。満足とも思いませんでしたし、警察にバレたらどうしよう、などという不安も微塵も感じませんでした。ただそこにあったのは、貴方は戻って来ないという絶望だけ。ただこれから何もない、という虚無感。



 話が長くなってしまいましたね。こんな事、貴方は望んでいなかった、分かっていました。けれど、奪われたものを奪われたままにしているのは息が詰まります。わだかまった感情をそのままにはしておけませんでした。私はたった一瞬、楽になることしか望んでいないのですから。あのまま貴方の仇を取れずに生きていくなんて、自分勝手だって………こんなこと、私が始めたくだらない復讐の演劇にすぎないのに………。


 すべて、終わりましたよ、私の最愛の人。こんな私でも、酷く裏に汚れてしまった私でも。



 愛して、くれますか?



差出人:貴方の最愛の人

 後日、彼女を見たものはいませんでした。ただ一人の彼女の友人を除けば。彼女は全てが終わったあと、自ら裏社会に混じり込み、命を落としました。………きっと、彼女は天国にはいけないでしょう。最愛の人が待つ、天国には。それでも最後の願いは聞き届けられるかもしれません。この手紙を、最愛の人に届けて、という願いは。

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