クレアの中には…
「……クレアが…死んだ?……意味が分からない……じゃぁ君は……一体誰なんだ……」
「私の事はレイナとお呼びください。」
胸に手を当てて知らない名を名乗ったクレアを
ウィリアムは微かに震えながら見つめる。
「説明すると長くなるのですが………………………………………………………」
話してる途中で、クレアの動きが止まった。
表情から感情が抜け落ちた様に見えた次の瞬間。
クレアは瞬きをパチパチとして、ウィリアムを見つめながらコテンと首を傾げる。
明らかに様子がおかしいクレアにウィリアムの震えも止まった。
「……?…どうした」
ソファから腰を浮かしクレアに手を差し伸べようとした瞬間…
「!!!!!」
ビクリとクレアの体が飛び上がる様に跳ねた。
「お嬢様!?」
クレアの後ろに控えていた侍女が話しかける、侍女に気付いたクレアは突然パニックになり。
「アニタ!アニターー!」
クレアは侍女に半泣きでしがみ付いた。
(………一体…何が……どうしたんだ…)
クレアの豹変にウィリアムは困惑して動けない
「キャロル!奥様達を呼んできて!」
護衛騎士がドアへと駆ける
「アニタ!ここどこ?!おかあ様とおとう様は?!」
侍女にしがみ付きながら叫ぶ様に話すクレアの声は、少し高い。
「すぐ、いらっしゃいます。大丈夫ですよ。」
侍女は まるで幼な子をあやす様に、クレアの背中を摩っている。程なくして公爵夫妻が部屋に駆け込んできた。
「レア!」
「おかあ様!!!おかあ様ーー!」
夫人に気付いたクレアはソファから立ち上がり、両手を伸ばして公爵夫妻の方へ駆けて行く。
ウィリアムはそれを放心して見ている
(……まるで…幼な子じゃないか……それにレアって……)
『私、小さい頃…自分の名前が全部言えなくて。自分をレアって言ってたの。そしたらお父様とお母様も愛称でレアって呼んで。だから余計に、中々クレアって覚えられなかったの。』
そう言って幼い頃の自分をクスクス笑うクレアを思い出した
「よしよし…大丈夫よ。」
クレアは夫人に抱き付いてグスグスと泣く。公爵は夫人がクレアの重みで倒れないよう背中に手を添え、クレアの頭を撫でている。
「レア…大丈夫だから…怖い事は何もないよ。」
ウィリアムはオズオズと立ち上がり
「……公爵…これは一体…」
話しかけるウィリアムに視線を移した公爵は
「……クレアから、何か聞けましたか?」
冷え切った表情で聞き返した。
無表情なのに怒りが漂う公爵の様子にウィリアムはたじろぐ
「……クレアは死んだと……自分はレイナだと名乗った。…その後直ぐ、今の様子に……」
それを聞いた公爵夫妻は悲しげに顔を歪ませた。
「そうですか……クラリス…レアと奥のソファに。」
公爵は二人を部屋の奥へと促す
クレアはキョロキョロと公爵と夫人を交互に見て落ち着かない。
「…はい。……大丈夫よレア…あっちに行ってお茶とお菓子を頂きましょう。アニタ、用意して。キャロルは私達と一緒に奥へ。」
「「はい。奥様。」」
侍女は一礼して別扉から出て行き、三人は部屋の奥へ進む。
「殿下、お座り下さい。」
ウィリアムは座るように促され、公爵はクレアの座っていた場所に腰掛けた
程なく侍女がワゴンを押して戻ってくる。
公爵は重く口を開く
「…クレアの中には何人かの人格が存在します……」
苦悶の表情でそう言った。
ウィリアムは公爵の言う意味が分からず問い返す
「……それは……どう言う意味ですか?」
「言ったそのままです。多重人格と言う状態だそうです。」
「多重人格…」
「……医者には…幼少期のストレスによって、稀に引き起こる精神疾患と説明されました。……今のクレアはレアと言う名で、五歳頃のクレアです。」
(…幼少期のストレス…)
「その前に殿下と話していたクレアはレイナと言う名で……王妃の責務を全うする事を主軸にした人格のようです……」
(……王妃の責務……)
「………十日前…金曜の夕刻……学園から帰宅したクレアは…自室付けの浴室で…………睡眠薬を大量に飲み……自死を試みました…」
公爵は言葉にするのが苦しい様子でポツリポツリと話す
ウィリアムは息が止まりそうになった
(……………金曜の夕刻……まさか…)
「一命を取り留めましたが……目を覚ました時は、レイナになっていて…(クレアは死んだ。もう居ない。)と、言うのです。」
(まさか………)
『確かにあれが決定打でしたわね』
レイナの言葉が頭で反響する
「あの日…何があって…クレアは自死まで追い詰められたのか…」
(………………僕のせいだ……)
「元々…随分、追い詰められていたんです…気付いていたのに…ちゃんと汲んでやらなかった………私も意図せず追い詰めてしまった…」
公爵が真っ直ぐウィリアムを見る
怒りと後悔と失望と悲しみが綯い交ぜになった表情は、自身に向けたものか…ウィリアムへなのか。
膝の上の握り拳はフルフルと震えている。
「おとう様!」
少し高い明るいレアの声が公爵を呼ぶ
「おとう様ーお話終わった?このお菓子、すごく美味しいの♪ おとう様も一緒に食べたい♪ 」
公爵の喉がグッとなった
「……あぁ分かった。直ぐに行く。」
レアの呼び掛けに、公爵は涙を堪えて笑顔で応える
「殿下は応接室にお戻り下さい…私達はレイナが出てくるまで、レアに付いてます。陛下は事情を把握されてます…詳細を説明して下さるでしょう。」
「…………分かった。」
二人は同時に立ち上がり公爵はレアと夫人の方へ向かって歩く
ウィリアムは公爵の進む先にいるレアと目が合った。
するとレアはムッした顔をしてプイッと外方を向く
ウィリアムの胸が締め付けられる。
(……あぁ…あの仕草はクレアだ…)
ウィリアムは応接室へ続く扉へ向かう
背後から聞こえるレアの可愛らしい声に…
(……全部、僕のせいだ……)
震える手を握り込んで止める。




