刻まれた恐怖
前話の答え合わせの話なので連投させて頂きました。
王城の庭園
5歳のクレアは迷子になった
ウィリアムと散歩している間によそ見をして逸れたのだ
「ウィリアム様……どこ?……」
ウィリアムを探して涙目でキョロキョロと辺りを探すクレア
(あ……あそこに誰か…)
遠くから全身を白い丈の長い服に包んだ男性が近付いてくる
「クレア様…クレア・ドケーシス公爵令嬢…」
名前を呼ばれてビクリと肩を揺らす
(なまえ呼ばれた…しってる人?)
「どうされたのですか?迷われたのかな?」
ゆっくり近付いて来る白い服の人にクレアは恐怖を覚える
(どうしよう……この人に道を聞けばいいかな…でも…)
「怖がらなくて大丈夫ですよ。私は神殿に仕えるものです」
(神殿?)
「恵みの神・フェイバー神に仕える者ですよ。安心して下さい。少しお話をしませんか?」
白い服を着た大きい男性がニッコリと笑って近付いてくる
クレアから顔はよく見えないが口だけがパックリと開いた印象を残した。
(こわい)
「神様の事を教えて差し上げますよ。お話をしましょう」
(イヤ!…こわい!こわい!こわいこわいこわい……誰か!誰か助けて!)
クレアは逃げ出したいのに足がすくんで動けない
大きな手がクレアに伸ばされる
クレアは涙が滲む瞳をぎゅっと閉じた
「こっちだクレア!」
ハッと瞳を開けて振り向くとウィリアムが手を伸ばしている
「おいで!」
クレアはウィリアムに向かって走り出した。
差し出された手を掴んだ時、胸に安堵が広がった
ウィリアムはクレアの手をしっかり握ると庭園の奥へと走り出す。
クレアがチラリと振り返ると白い服の男はゆっくりと付いて来る
(やだ!こわい!)
クレアはウィリアムの手を強く握り、足に力を込めてしっかりついて行く
ウィリアムとクレアは王領の林に近い生垣まで来てしまった
「クレアはここに隠れてて。僕が来るまで動いちゃダメだよ」
コクコクと頷くクレアを生垣の陰にしゃがませて、ウィリアムは来た道を戻る。
「おい!」
ウィリアムは白い服を着た男に怒鳴った。
「ここは王城の庭園だ。勝手に入って良いところじゃないぞ!お前はかえれ!」
ウィリアムは拳を強く握って体が震えるのを耐える。
白い服の男は薄ら笑いを浮かべて話し出す。
「申し訳ありません。私は怪しい者ではございませんよ。神殿に仕える者です」
そう言って恭しく頭を下げ続けて話す。
「国王陛下にご挨拶に伺った帰りに道に迷いまして、先程のご令嬢に道を聞こうと思って声をかけたのです。……あのお嬢様はどちらへ?」
白い服の男は辺りを見回す
「!…あの子はもう帰った!道が分からないなら案内してやる!付いて来い!」
ニヤリと笑って男は答えた。
「……………ありがとうございます。では、そうさせて頂きます」
ウィリアムは王城に向かって早足で歩き出す。その後ろを男はついて行く。
ウィリアムはチラチラと時折振り返り、ちゃんと付いて来てるか…クレアの元へ戻ろうとしてないかを確認する。
男は心底嬉しそうな笑顔を浮かべてウィリアムに話しかけた
「殿下は先程の令嬢を妃に望まれているのですか?」
急に結婚の話をされて驚くウィリアム
「?!…な!何いってるんだ」
無視すればよかったが答えてしまった、会話が続いてしまう…
「あの令嬢となら可愛らしい御子が産まれるでしょうねぇ」
「は?…御子?」
(子供?何言ってるんだ?……気持ち悪い)
「あぁ…でも殿下は王族ですから沢山の御子を残さないといけません。あの令嬢一人では負担が大きいでしょう…殿下には是非。側妃を娶って沢山の御子を作って頂きたいですねぇ」
(は?…何…?)
「そく妃?…そく妃って何…」
ウィリアムは歩く足を止めて振り返り尋ねる。
「おや?ご存知ない?………王になる者は多くの妃を娶るのですよ」
「………な…んで?」
男は手を広げて仰々しく語る
「王とは神の力を継ぐお方。沢山の神の力を持つ御子を儲けて国を守るのです」
「……でも…父上は…」
「えぇ。えぇ。国王陛下も…その前の陛下も…もう何代もの国王が側妃を娶らず。御子を増やさず。その為この国の神の力は弱って来ています」
男は大袈裟に残念がって言った
(……何をいってるんだろう?…でも)
「………やだ…い…やだ…僕はひとりが良い…クレアひとりだけがいい…」
「大丈夫です。想いを口にせず。御心は一人を…王妃になる一人に捧げれば良い。妃全員に心を捧げずとも良いのです。気付かれない様に平等に振る舞えば大丈夫です」
「……でもだって…それじゃあクレアが嫌がる…僕が沢山をそく妃にするなんて」
男のニヤリと笑った大きな口がウィリアムの瞳に映る
「大丈夫です。王妃になる者は弁えております。王は一人の物では無いと。妃教育で教えられるのですよ。王は王妃だけの物では無いから、その御心を強く求めてはならない。欲してはならない」
(……わきまえて?…どう言う意味?……言ってる事が難しい…クレアは僕をほっしない?…好きにならないってこと?……そんなの嫌だ…)
「クレア嬢が殿下を独り占めしたいなんて思う事は有りません」
(………嫌だ!…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!…そんなの嫌だそんなの嘘だ!お願いクレア!僕を!僕を僕を僕を僕を…僕の事を…クレアは僕だけの)
(気持ちが悪い)
ゲェ…
ウィリアムは嘔吐して倒れた
◇
ウィリアムは王城の自室のベッドに寝かされている。
「………も大分下がって、容体は落ち着いています。吐瀉物に有害な成分は発見されませんでした。うつ伏せだったお陰で吐瀉物が喉を詰まられる事が無く。ひきつけを起こしていましたが、発見した者の対応が適切で良かった…吐いたのもひきつけのせいと思われます」
「随分魘されていたけれど…」
「高熱が出る時は夢見が悪い事が、特に幼な子にはよくありますから…大丈夫でしょう。では、一旦私は失礼します」
「ありがとう。メンテ先生…何かあったらすぐ呼びますから」
パタンと扉の閉まる音がした。
薄ら目を開けたウィリアムはベットの天蓋を茫然と見ている
(………?…僕の部屋?いつ寝たんだろ?)
「ウィリアム…目を覚ましたのね…良かった」
(母上?)
ウィリアムが声の方を見ると疲れた顔の王妃が居る、ウィリアムがモゾモゾと起きあがろうとすると
「まだ少し熱があるのよ。寝ていなさい」
そう言って止められた
(……熱?…僕は熱をだしたの?…なんで)
「……僕…なんで?」
「庭園で倒れていたのを侍女が見つけたのよ。誰かが倒れているって聞こえて、その侍女が駆けつけた時には貴方しかいなかったケド。それから丸二日も寝込んでたの…熱が高くて…心配したのよ。具合が悪くなる前、何かあったの?」
(ねつ?…吐いた?…覚えてない……何してたっけ?……たしかクレアと)
ウィリアムはハッと気付いて目を見開く
「母上!クレアは?僕、クレアを探してたんだ!」
慌てて起きあがろうとするウィリアムを制して王妃は口を開く
「クレアは大丈夫よ。ガゼボの造り付けベンチで寝ていたのを侍従が見つけてくれたわ。ウィリアムと庭園を散歩してたら逸れてしまったと言って…気付いたらガゼボに居て疲れたから寝てしまったんですって」
(……そうだ…探検してたんだ……きづいたらクレアが居なくて……そのあと…どうしたんだっけ?)
「……思い出せない」
そう呟いたウィリアムはうつらうつらと瞼を重そうにし始めた。
「クレアもウィリアムと逸れてからの事は覚えて無いんですって…」
王妃は困った様に眉尻を下げたが、優しい声音で
「寝て起きたら思い出すかもしれないわ。今はゆっくり休みましょうね」
頭を優しく撫でられるとウィリアムの瞼はいよいよ開けていられなくなり、静かに寝息を立て始める。
もう魘される事は無かったが…
ウィリアムが思い出す事も無かった。
この時あった事は恐怖の棘だけをさして消えてしまった。




