【ほぞを噛む】王妃
側妃候補とのお茶会を終え、王妃と夫人が先に応接室を出るのを見送ってから
レイナはティアとトリステスに言葉を残す
「それでは私達も下がります。お二人は付き添いの方が迎えに来るまでこちらでお待ち下さい。先程の資料は回収させて頂きますね。それと私の障害については口外なさいません様に」
レイナは笑顔で一本指を口元に当てて念押ししてから
応接室をエタンセルと共に退室する
休憩用に用意した客間へ行くために侍女の案内について歩き廊下を進んでいる
少し先には侍女越しに王妃と夫人が見える
レイナの体がビクリと跳ねた。
「ぇ?…ぇ?…」
キョロキョロと辺りを見回し小さく困惑した声を洩らすレイナ
レイナのすぐ後ろを着いて歩いていたエタンセルが変化に気付き声を掛ける
「もしかしてレア様ですか?」
その声にまたもやビクリと体を跳ねさせてからレイナが振り向く
エタンセルと目が合い安堵の表情を浮かべたレアは涙目で
「エタンセル様〜」
そう言って抱き付いた
廊下に響いたレアの涙声に夫人と王妃が振り向く
「レア?」
夫人が声を掛けるとレアは勢い良く夫人の方に振り向き
「おかあ様?!おかあ様ー」
あっという間に夫人に抱き着きに行った。
レアを抱きしめ損ねたエタンセルの両手はワキワキと空気を握っている
抱き付いて来たレアの頭と背中を撫でる夫人、夫人の後ろにいる王妃は困惑している
(……レア…幼少期のクレア…あの頃の…)
頭に浮かぶのは幼少期のウィリアムとクレア
「……レア」
王妃の口からポツリと名前が溢れた…
「……おうひ様?」
王妃の声を拾ったレアは大きな目をキラキラさせ、両手を広げて王妃に抱き着きに行く
「おうひ様ー!」
「えっ?」
体はすっかり大人のレアの力は強い…ぎゅうぎゅうと抱きしめられ王妃は少しの苦しさを感じる
それは懐かしさの蘇る心地の良いものだった
(あぁ…懐かしい…あの小さく愛らしいかった頃…)
レアの体から香る甘い匂いに王妃は熱くなる目頭に力を入れて堪える
「レアは懐かしい香りがするわね…」
王妃がそう言うので、夫人が答えた
「クレアは子供の頃から金木犀の香水を好んでましたから…今も変わらず使ってるようです」
「あぁ、ドケーシスの領地で栽培加工してるんだったわね。ウィリアムも『クレアの香りが好きだ』って言っていたわ…」
そう話せば頭の中に蘇るのは可愛らしく言う幼いウィリアムの姿
「おうひ様。白いお花が見たいです。お約束したおおきい花」
(……約束…白い花…そう言えば)
本城の庭園は色とりどりの花が咲いているが、王妃宮に咲く花は殆どが白で統一されている。
(シャクヤクが咲いたら見せると約束した…幼いクレアとウィリアムに…とても大きな花だと……教えてあげた)
その約束を果たしてなかった事を思い出し、王妃の心は重苦しくなる
「丁度見頃のはずよ…今から行きましょう」
その言葉にレアは満面の笑顔を作り、跳ねる様に体を揺らす
「エタンセル様も!早く早く!」
興奮が抑えられない様子でエタンセルを手招くレアに
「はい。ご一緒させていただきます」
エタンセルは微笑みながら付いて行く
庭園に出れば、遠目にシャクヤクが見え
「エタンセル様。あれ!あれがそう」
あの花がシャクヤクだと教えているつもりのレアが、グイグイとエタンセルを引っ張って連れて行く
その後を王妃と夫人が付いて行く…少し震える王妃の肩に夫人が気付いた
「ヘルミナ様…大丈夫ですか?」
「大丈夫よ…貴方の方が辛いのに…ごめんなさい。守れなくてごめんなさい…」
泣くのを堪える様な声で王妃は答える
目の前の楽しげなレアとエタンセル
重なる過去のウィリアムとクレア
何から守るではなく全てから守ると誓っていた昔を思い出し…その約束を違えた事への後悔が重く伸し掛かる
(泣いてはいけない…少なくともレアの前では…)
そこへ侍女が報告を告げに来た
「リール・シリッカ子爵令嬢がお目覚めになったそうです」
本来だったらレイナが説明に向かう筈だったが…と思案する王妃と夫人に、侍女の言葉が聞こえていたエタンセルが口を開く
「私が行って参ります」
そう言って引き受ける
「レア様。用事ができてしまったので私は失礼しますね」
「うん……また遊べる?」
おずおずと聞くレアにエタンセルは笑顔で応える
「もちろん」
その言葉にレアは顔を綻ばせる
宮内に向かって進むエタンセルを見送ってから、レアは王妃に問いかける
「あの……一本だけ欲しいです。大きなお花」
モジモジと言うレアに王妃と夫人は微笑む
「もちろん良いわよ。香りが良い物を選んで花束を作らせて貴方のお部屋に飾りましょう」
「本当に?あっと…えっと…」
他にも目当ての花があるのだろう、レアはキョロキョロと庭園を見回して歩き進む
三人はしばらく花を愛でる時間を楽しんだ…
その晩…王妃は瞼が腫れる程泣き続ける




