【ほぞを噛む】国王陛下
日を跨ぎ一時間程経ってから議会が終わりを迎え、陛下とハーミット公爵は王の執務室に居る
そこへ、リッター医師が六冊のノートを入れた革の鞄を持って訪れた
「失礼します。議会は随分長くかかりましたな…お疲れではございませんか?」
リッター医師の二人を気遣う言葉に陛下が応えた
「大丈夫だ。レイナは無事に居を移せたか?」
「はい。王妃宮の専属医とも顔合わせして、レイナ様達の障害についても共有できてます。宮内は天地を引っくり返す様な騒ぎですが…」
苦笑混じりにリッター医師が返す
「エタンセル嬢に感謝だな…成る可く早くと思っていたが、こんなに直ぐ転居が叶ったのはエタンセル嬢が急かしてくれたお陰だ」
一息つく様なため息を吐きながら、陛下は椅子に深く凭れてそう言った。
「我々だと、体制を整えてからと言う癖が付いてるんでしょうかね…エタンセル嬢の瞬発力はフラム侯爵似でしょうか」
そう言ったのはハーミット公爵だった
「あと、こちらを借り受けて来ました。……シェイム様のノートです」
「……これが」
陛下はクレアの障害について書かれた報告書に記載されていたシェイムのノート…レイナが『シェイムとの交換日記』と言う物を見ておきたかった。
陛下は一番古いノートに手を伸ばし読み始める…読むと言うより見るに近い
幼さの残る筆跡で書き殴られる己を卑下する言葉の数々に、陛下は鉛を飲まされた様な重苦しさが胸に溜まる
一冊読み終わると陛下はそのノートをハーミット公爵に差し出す
受け取ったハーミット公爵もノートを開き目を通し始める
眉間には深い深い皺が刻まれる
陛下は二冊目に目を通し始める…丁寧に全てに目を通す。
リッター医師は茶器の使用の許しを貰い、三人分の紅茶を入れて二人に差し出し
自分はソファに座って茶を飲み、二人が読み終わるのを待つ
やがて二人が全部のノートを読み終えると、陛下は組んだ手に額を押し付けて長く息を吐いた
「愚か者が………」
陛下はこの場に居ない息子に向けて非難する言葉を溢すが、苦痛に歪んだ表情からは自身の懺悔のようにも見える。
「ですが…よく今まで気付かれずに来ましたね…」
ハーミット公爵がそう言うと、リッター医師が答えた
「憶測でしかありませんが…一番最初に自我が現れたのがシェイム様だったからでしょう。このノートを見る限りでは、自分の存在を知られたくないと言う様子が有り有りと伺えます。つまりはクレア様の障害を知られたくないと言う事に繋がるかと。……レア様やフュリアス様が殆ど現れてなかったのも、シェイム様の存在が抑え込んでいた可能性が有ります…今クレア様と共にシェイム様が現れなくなってからの、他の人格の出現の頻度でそう思うのですが…」
「成る程…」
リッター医師の返答に頷くハーミット公爵
陛下がゆっくり顔を上げて
「このノートはまだ返さないで大丈夫か?」
そうリッター医師に尋ねる
「後宮ができるまで…レイナ様の居所が決まるまでは私が預かっておこうかと」
リッター医師の返答に陛下は体を起こして椅子の背もたれに身を委ね、眉間を揉みながら口を開いた
「そうか…レイナに返す前にウィリアムにも読ませる。……ヘルミナには…見せない」
(シェイム嬢のノートは…直接対峙するフュリアス嬢とは違う角度で心を折られるからな…)
陛下の疲弊した様子を見てリッター医師はそう思いながら了承の言葉を返す
「……畏まりました。でしたらこちらに置かせていただきます」
「……すまないな」
リッター医師の返答で陛下はノートを執務机の引き出しに仕舞い鍵をかけた
「…それでは失礼します」
リッター医師が退室すると陛下は再び執務室机に膝を付き、両手で顔を覆うと深いため息を吐いた。重苦しい空気が執務室に溜まり続ける
「大丈夫か?」
ハーミット公爵は友人に向ける言葉遣いで問う
「………」
(ウィリアムの愚かな行動がクレアの嫉妬を引き出す為だと分かっていた…後処理もちゃんとしているから大丈夫だと思っていた…むしろその為の愚行なのだから………それがこんな風にクレアを壊してしまうとは………出だしから間違っていた…クレアの目線で考えてやらねばいけなかった…)
陛下は思考から出られず返事を返せない
「……過ぎてしまったものは仕方が無「仕方が無いで片付けるのはまだ無理だ…」
ハーミット公爵が探しに探した慰めの言葉は直ぐに掻き消される
(過ぎてしまったから仕方ない・気付かなかったから仕方ない・隠されていたから仕方ない……簡単にそう思う訳には行かない。息子を導く責任があったのは私なのだから)
「……」
ハーミット公爵はそれ以上掛ける言葉が見つからない。それでも重要な視点を告げる
「確かにウィリアム殿下の行動は褒められなかったが…クレア嬢の障害の発症の原因は、クレアにばかり向けられる嘲笑と中傷だと思う…」
(中傷と嘲笑のキッカケをウィリアム殿下が作ってしまっていたのだが…)
「逆に考えれば、ウィリアム殿下の愚行が無くてもクレアは追い込まれたのではないだろうか…」
「ウィリアムが原因で無ければ…クレアは周りやウィリアムに相談出来た…障害を発症する事も無かったかもしれない…」
罪悪感から抜け出せない陛下はウィリアムを非難する思考に向かう
「発症しなかったかどうかは分からない。クレアは元々消極的な面が強い子だったからな……問題を見失うな。クレアにばかり向けられた悪感情が偶然では無く示し合わせた物なら、何故か…何処から来たのかを考えるべきだ」
陛下はハーミット公爵の叱咤に両手から半分顔を出し、大きくため息を吐いて思考を冷静に戻す。
「……そうだな………すまない。……思い当たるとしたら…教団か」
そう言ってやっと顔を覆う手を下ろした
「……お前の代でも側妃について煩く言っていたな…」
「傍系の主張が通らないから側妃を送り込んで教団の勢力を王家に組み込ませたいんだ。この国を宗教国家にする気は無い…あんな偏った宗教にはな……側妃候補が教団と関わりの無い家門だったからレイナの提案を汲んでやれたし…腕輪を使う事も出来る…しかしまだ腕輪は二つ残るからな…教団はしつこく言って来そうだ…」
「傍系の主張か…ウィリアム殿下が産まれなかったら大変だったな…」
「大変な事は無い。ただ金髪碧眼と言うだけで『神の姿』だと主張して系譜も辿れない者を王家に連ねる訳が無い。それなら百五十年以上前に南の辺境に嫁いだ姫の血筋を辿った方が現実的だ」
「それはそれで色が違うと騒ぐのだろう?」
大昔に嫁いだ王家の血は辺境伯家の血筋に呑まれて金髪碧眼は産まれない、稀に赤みの濃い金髪が居るのが精々だった。
「その通りだ…鬱陶しい」
陛下は小さく溜め息を付いてから言葉を続ける
「……今回のクレアの自死未遂に託けて教団に介入させずに側妃を娶れる事は…僥倖なのだ……絶対に教団からの側妃の打診は退ける」
『僥倖』と言う言葉を使いながら陛下の顔は不本意を露わに苦悶に歪む
王家の子を増やす為に側妃を娶ろうとすると法律に従い[祝福の儀]をしなければならない。そうするとどうしても教団に関わる必要がある
王家の勢力を強める為に力のある貴族家門から側妃を娶りたくとも
それを阻止したい…そして王家に介入したい教団は、教団に繋がりのある家門の娘を薦めてくる。
結果…現状維持のため王家は側妃を娶らないと言う選択になった
これまで娶った王妃が一子とは言え懐妊出来ていたが、懐妊出来なかった場合は離縁して新しい王妃を娶る事を検討する。
王家の意向は秘密裏にそう定めてられていた。
「そこはフラム侯爵家が関わる事で王家側の勢力が跳ね上がるから退け易くなったんじゃないか?」
「そうだな。元々ウィリアムの婚約者候補として最有力の家門だったからな…」
(もしも…)
もしもエタンセルの事故が無く、子が産めない体になっていなければ…
エタンセルがウィリアムの婚約者だったならクレアがこんな辛い目に合わなかったのでは…
陛下は度々考えても仕方の無い思考に囚われる
「……アルベルト…クレアに向けられた悪感情については調べてみる。俺はもう帰るからお前もしっかり休んだ方がいい」
「……ああ…頼んだ。明日は…いや今日だな、婚約解消の手続きか………ヘクターにも辛い思いをさせて済まな「もう謝るな。しっかり休めよ」
ハーミット公爵は陛下の言葉を遮る様に言って部屋から出て行った。
陛下は再び大きな溜め息を吐き、しばらく動けないでいた




