ヘクターとエタンセル
お読みいただきありがとうございます(^-^)
(それにしても………面白い令嬢だった…)
ヘクターは自邸へと帰る馬車の中で、王城での事を思い出していた…
ヘクターはウィリアムの側近候補だが…側近になる事がほぼ確定している
側近の勉強の為、週に何日か…不定期に王城に赴くのだが
その王城内で…下世話な事を大きな声で話してる見習い騎士達に苦言を呈した。
すぐ後に、話題の本人に遭遇するとは思わなかった
秀才と噂のエタンセル・フラム
その美しさは噂通り、絹糸の様にサラサラと流れる銀髪に、灰色の瞳は真っ黒な瞳孔に向かってプラチナの虹彩が散っている。
クレアにしか興味が無いヘクターには分からないが、出る所は出てくびれる所はくびれ…艶やかな体付きと言われる容姿。
しかし中身はヘクターが知っている一般的な貴族令嬢とは全然違った。
サバサバとした話し方に、他人の視線など意に介さない強さ。向かって来る敵意や害意に対する、対処対応には怖い物を匂わせていた。
(意外と口が悪いしな…)
そんな一面に面食らったが、存外エタンセルとの時間は居心地が良かった。
エタンセルは王妃様付き侍女になりたいと、クレアを支えたいと言う。
クレアに向ける好意が、同士を得た様で…ヘクターは嬉しかった。
だから、思わず誘ってしまったのだ
クレアとウィリアムのダンスレッスンの覗き見に。
(見たい見たい見たい見たい見たい見たい…」
真っ赤な顔でヘクターを揺するエタンセルを思い出す。
(心の声がダダ漏れだったのも面白かったな………まさか、気付かれてるとは思わなかったケド…)
ヘクターは自分の学習とクレア達のダンスレッスンが重なった時は、気付かれない様に舞踏室を覗き見ていた。
ダンスをしている時のクレアは、出会った頃の様な屈託のない笑顔をしていて、最近では見せない顔だから…
憂いなく純粋に楽しんでる笑顔見たさに、足を運んでいた。
その場所にエタンセルを連れて行き、そこで言われた言葉に動揺した。
『見てれば分かります…まぁ気付いたのは私くらいでしょうケド。上手く隠せてますよ。
諦めた恋なんでしょ?。別に想い続けるくらい、良いじゃないですか。』
(想い続けるくらい……良い…か)
エタンセルの言葉に、ヘクターは初めて心が軽くなった気がした。
『確か……ヘクター様は婚約者が居ませんよね……』
『結婚しましょう!ヘクター様!』
『側近のヘクター様の妻になれば、ウィリアム様の妃になったクレア様の相談役に成れるかもしれないじゃないですか。』
(……エタンセル・フラムと婚約か……)
◇
「お帰りなさいませ。」
玄関口でハーミット公爵家の執事が出迎える。
「父上は…今日、いらっしゃるか?」
執事に荷物を預け、ジュストコートを脱ぎながら尋ねる。
「はい。夕食は邸で摂られると伺っております。」
「なら…夕食時で構わないので、相談があると伝えてくれ。」
「畏まりました。」
◇
ハーミット公爵邸の食堂室には
公爵のブレイブ、母のエーデル、長兄のカルヴァン。
そして二年前にハーミット公爵家に嫁いで来た、兄嫁のセレニテ。
公爵家の面々がヘクターと共に食卓に着いて、夕食を摂っている。
次兄のコンラッドは居ない
コンラッドも一年前に婚姻し…本邸を出て、妻と共に別邸に居を構えている。
「ヘクター、相談があると聞いたが?」
執事から伝言を受けていたブレイブは、ヘクターに聞く姿勢を示すと、その問いにヘクターは直球で答える。
「…はい………婚約したい相手が出来ました。」
カチャーン…
エーデルがフォークを落とした
「あっ!ご…ごめんなさい!……ちょっと、ビックリしちゃって。」
エーデル以外も、フォークこそ落とさなかったものの驚き具合は夫人と同じだった。
驚きに目を見開いたまま、ブレイブはヘクターに問いかける
「婚約したい相手とは…何処の令嬢だ?」
「フラム侯爵家のエタンセル嬢です。」
「えーーーーーー?!あの美貌と秀才のエタンセル嬢ーーー?!」
最初に叫び声を上げたのは義姉だった…セレニテは驚きの余り、次期公爵夫人としての自制を纏えなくなっている。
「おい!!お前、フラム侯爵家の令嬢と交流があったのか?!」
同様にカルヴァンも叫ぶように問いてくる。
ヘクターは兄夫婦の勢いに戸惑いながら答える
「いえ…今日、王城でたまたま会って…ちゃんと話したのは今日が初めてです。」
「えっ?!…それで何で婚約って話になるの?!」
エーデルが当然の疑問を、前のめりに聞いてくる
「……皆んな…落ち着きなさい。…ヘクター…順を追って説明してくれ。」
ブレイブはこめかみを抑えながら家族の動揺を諫め、懇願する様に説明を求めた。
ヘクターは王城であった事を掻い摘んで話す。『ダンスレッスンの覗き見は伏せて』
ヘクターの受けたエタンセルの印象と、エタンセルが何を望んでヘクターに婚約を申し入れたのかも。
「……意外…エタンセル様って結構面白い方なんですね……」
セレニテは食後のデザートを飲み込んでからそう言った。
「それで、ヘクターはエタンセル嬢の希望に添いたいと?」
ブレイブはヘクターの瞳の奥の気持ちを読む様に、ジッと見つめて問う。
「はい。」
その返答にエーデルは更に問いかける。
「ヘクター…貴方の気持ちの方はどうなの?」
「………俺は…エタンセル嬢となら、結婚しても良いと思いました。…短い時間でしたが、彼女の前では公爵令息として装う事が無く…居心地が良かった。」
クレア以外の令嬢に対しての心象を柔和な表情で話すヘクターは初めてで、家族は全員一致で前向きに話しを進めて良いと思った。
そうして、後日…ハーミット公爵家から、フラム侯爵家に婚約について打診が送られた。
◇◇◇
学園の生徒会室
「俺の婚約が決まった」
「えっ?!」
二人きりの生徒会室に、ウィリアムの間抜けな声が響いた
ウィリアムは驚いた様に目を向いてヘクターを見ると、小さく小さく呟く
「………何で……だってお前は…」
「何か?」
「…………………何でもない。」
そう言って、ウィリアムは顔を伏せ…書類に視線を落とす
(俺が誰かと婚約するとは思わなかったんだろうな…)
ヘクターは三男だ。
爵位を継がないし、長兄のカルヴァンに何かあっても次兄のコンラッドがいる。
余程の事がない限り、ヘクターに継承の話が回ってくる事はない。
だからこそ家族はヘクターのクレアへの想いを汲んで、他家との婚約を結ぶ事を強要しなかった。
ウィリアムは、ヘクターはクレアへの想いを抱えている以上、妻を迎える事はしないと思っていた。
実際ヘクターもそのつもりだった。一生独身でいようと…
だからウィリアムが驚くのも当然だと、この反応を受け止める。
「……………良かったじゃないか。何処のご令嬢だ?」
「フラム侯爵家のエタンセル嬢だ。」
カタン
ウィリアムがペンを落とし
「エタンセル・フラム侯爵令嬢?!」
驚愕の表情で勢いよく顔を上げ、大きな声で聞き返した。
「そうだ。」
「……………あぁ…そうか……そうか彼女なら……なる程……それなら良いな……」
今度は思案しながらブツブツと独り言を呟いている
(………側近になる立場の俺の…妻になる人物がクレアに対して、どんな存在になるかを考えてる?……なら、ウィリアムはエタンセル嬢の事を把握してたのか…?…)
一人思案に耽るウィリアムに、ヘクターも思案しながら視線を向ける。
少しして、ウィリアムが目線を向けたので
ヘクターと視線が絡む
「良い縁が繋がって良かったな」
ウィリアムに子供の頃の様な、屈託の無い笑顔でそう言われ…気付いた。
(あぁ…………俺の心配をしてたのか…)
ヘクターはクレアへの想いを消せない
その気持ちを持ったままでは、誰かを娶る事は出来ないと思っていた。
娶らなくてもいい立ち位置だから娶らない。
そう選択していた。
ウィリアムはその事に気付いていたが、立場的にクレアの事を譲る事は出来ない。
そもそも立場に関係なく、絶対譲らないと思っている。
だからこそヘクターの選択も分かるのだ、クレア以外は考えられないと。
それは、伴侶を作らないと言う孤独な選択
父母も兄弟も家族に違わないが、唯一自分だけの家族とは言えない。
結婚したから幸せな家族が作れると言う保証はない。
しかし結婚しなければ、幸せな家族を作ると言う努力すら出来ない。
そう言う事の全てを放棄していたヘクターを、ウィリアムは友人として心配していた。
(ウィリアムは…エタンセルが、クレアを支えたくて俺と婚約するんだと気付いたんだろう……)
それは、ヘクターとエタンセルの想いの方向が同じで…その想いを糧にお互いが信頼を築く事に繋がる。
だからウィリアムは心の底から良い縁だと思った。
ヘクターにはそう伝わった。
「……ああ……ありがとう」
いつぶりか分からない…素直な笑顔で、ヘクターは祝いに対する礼を返した。
◇◇◇
ヘクターがエタンセルと婚約して一年半程経った。
「王太子がなんだって言うのよ!」
「エタンセル。落ち着いて…お茶を飲もう」
荒れているエタンセルを宥めながら
空になったティーカップに、ヘクターが紅茶を注ぐ。
「だって!!ウィリアム殿下のせいで!!……どうしてクレア様があんな嘲笑を受けなきゃいけないのよ!」
「その気持ちは分かる…」
「じゃあ、なんとかして下さいよ!!!」
(相変わらずのクレア愛だ…だが、荒れる気持ちも分かる……)
高学年に上がってからウィリアムの行動はエスカレートし、それに合わせてクレアに中傷や嘲笑を囁きに行く者も増えている。
しかも二学年に上がってから、ウィリアムは特定の令嬢と特に親しくし出した…
ティア・ラクリマ伯爵令嬢。
トリステス・エインガー辺境伯令嬢。
リール・シリッカ子爵令嬢。
(……どの令嬢にもウィリアムはカケラも心を向けていないのにな…)
エタンセルもウィリアムが、クレアのヤキモチを引き出す為の行動だと理解はしている。
理解はしても納得はしてない。
「俺だって、散々注意してる」
「………懇意にされてる三人だって、容姿も知識も教養も!誰もクレア様に及ばないのに!!ウィリアム殿下に気に入られてるってだけで、クレア様を凌駕したみたいに言うなんて……」
「周りの人間が言ってるだけだ…当の令嬢達はそんな風には思ってないだろう」
(……いや…リール・シリッカは調子に乗ってるか?…)
ヘクターはオレンジの髪の令嬢の心象を思い出す。
「当たり前です!そんな大それた思い違いをしてたら、潰してやる!」
「だから、怖いって……」
「仕方ないじゃないですか…ヘクター様にしか愚痴れないんですから」
そう言ってエタンセルはため息を吐く。
(…それは、俺もそうだ…)
婚約を結んでから、二人は交流を重ね…
今では、気安く心の内を曝け出せる仲になっていた。
側から見れば、仲睦まじい婚約者同士に見える。
だが、当の本人達の感覚は…兄弟や従兄弟など、懇意の親戚と言った感じで…
お互い…婚姻したら理想的な家族になれると思うようになっていた。
◇◇◇
「クレア様は本日体調不良の為、欠席との事です。」
生徒会室で書類を処理しているウィリアムに侍従がそう告げると、ウィリアムの瞳に微かに動揺が見えた…。
「お前……また、何かしたのか?」
クレアが学園を休むなど珍しく
原因がウィリアムにあるのではないかと、ヘクターは地の底を這う様な低い声が出た…。
「いつも通りだよ」
(……何だ?…普段より動揺してる……よっぽどの事をしたのか?)
ウィリアムの返答に、ヘクターは眉根を寄せた
「………いつも通り…また、婚約者以外の子と親密にしてた訳か」
ヘクターは探りを入れる様、非難めいた声音で言ってみた
「…………………………」
ウィリアムは何も答えず、書類を捲っている。
(……やっぱり…少しは後悔してるみたいだ……これを機に、馬鹿な行動を止めてくれればいいんだが………クレアは大丈夫かな…)
この日の放課後…ヘクターは、ウィリアムの乗った馬車がドケーシス公爵邸の方向へ向かって行くのを見た。
◇◇◇
翌日の朝…学園に着いた所でウィリアムを見つけたヘクターは呼びかける。
「おはよう…ウィリアム。……クレアの様子はどうだった?」
何故、クレアの元を訪問したのを知っている?などと疑問は持たずに…ウィリアムは元気無く答える。
「…会えなかった…高熱を出して寝込んでるんだって…」
「え?!………そうか…心配だな…」
(ウィリアムのせいで休んだ訳じゃなかったのか…俺も見舞いに行ってみようか……あぁでも、ウィリアムが会えないなら、俺だって会えないか……)
そんな事を考えながら、二人は連れ立って教室へ向かう廊下を歩く。
「…あんまり何度も訪問したら、返って気を使わせてしまうから…明日も欠席なら手紙を書くよ……」
ヘクターは少し微笑みながら
「そうだな…それが良いと思う……」
ウィリアムが本当の意味でクレアを大事に想っている所を見るのが…ヘクターは好きだった。
「!。そう言えば…昨日、王城でブレイブ様に会ったよ。…随分忙しそうにしてた」
ウィリアムが思い出した様にヘクターにハーミット公爵の様子を伝える。
「ああ…ここ、二〜三日帰って来てないな…」
「父上と母上も忙しい様子で、顔も見てないよ」
二人は、王城の只事ではない雰囲気を感じ取っていた…。
それが自身の未来に関わる事態だとは思わずに。
◇◇◇
翌日、水曜日
学園から帰ると、ヘクターはブレイブの執務室に呼ばれた。
「失礼します…お呼びだと聞きました」
執務室に入るとブレイブは…椅子に座り、執務机に肘を突いて、深刻な顔をしていた。
「……大事な話がある……座りなさい。」
ヘクターは促され、三人掛けソファの中央に座る…。
父の横にはコンラッドが立っていた。
(なんで兄上が?…)




