ヘクターの苦悩
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誤字報告に感謝(°▽°)
俺達は十三歳になると、学園の中等部に通う事になる。
それと同時にウィリアムには王太子教育、クレアは妃教育が始まる。
俺も側近候補としての教育が始まった。
ある日のお茶会
ウィリアムのエスコートで参加した筈のクレアが一人で居た
青褪めて…
見やればウィリアムが何処かの令嬢とダンスを踊っている。
(…また…)
ウィリアムがファーストダンスをクレア以外と踊っていた
俺は心の中でため息をつく
二人が婚約したばかりの頃は
俺が注意する事がウィリアムの愉悦に繋がるし……感情が先走って、怒り任せになってしまい…注意にならないから、押し黙って…俯いて……きっと顔には悔しさが滲んでいただろう。
その表情もウィリアムの愉悦の材料になった筈だ。
だから、クレアへの恋心に蓋をしたのに…
既に横恋慕がバレているせいなのか?ちゃんと隠せてないのか?
ウィリアムは相変わらず、クレアにヤキモチを妬かせる為の愚かな行為を続けている
何もかもに未熟な自分に嫌気が刺す。
青褪めたクレアの側に寄り
「クレア…大丈夫か?」
そう尋ねると、クレアはビクッと肩を揺らしてこっちを見た。
驚かせてしまったかと焦ったが、話しかけたのが俺だと気付いたクレアは一瞬大きく目を開いて驚いた様子から、安心した様な笑顔になり、それが凄く可愛くてドキッとした。
「…大丈夫です。ちょっと人に酔ってしまったのかも…」
「そう?……無理はしない様にね…」
妃教育の成果なのか?やはり具合が悪いのか?今日のクレアは随分大人しい気がする。
ふと目をやるとクレア越しに慌てて去っていく下位貴族の令嬢達が見えた。
(……あぁ…あいつらのせいか……)
きっと俺に気付いて、逃げたのだろう
距離があり過ぎて、何処の家の者かわからない
(どうして無くならない?)
何故かクレアを卑下する発言が一定数ある
俺とウィリアムの耳に入らない所で
そもそも、ウィリアムが拗らせた愛情表現を止めれば良い話しだけど
ウィリアムが止められないのは一旦置いといて
それをネタにクレアを嘲る奴らは、ウィリアムと俺が注意してる。
子供だから大した事は出来ないが
ウィリアムは家門に圧力を掛けてお前の家の娘の口が災いしてるんだと判らせる。
俺はと言えば、直接対面で睨みを効かせて威圧するぐらいだが、俺に知られると言う事はウィリアムに知られると同義だと耳打ちしておく
俺達に目を付けられたら、自身も家門も困った事になると周知されてるのに
クレアへの嘲りは無くならない
無くならないのは当然だとは思う。貴族は噂が好きだし噂話で情報共有するものなのだから、そして噂話に踊らされる馬鹿が自ら窮地に陥る。
だがこれは噂話では無く故意に貶める行為だ
何故…クレアに聞かせるように囁くのか?
クレアだって最高位の公爵令嬢だ。中位から上位の貴族令嬢の友人もいる
なのに友人達が周りに居ないのを見計らって、一部の中位から下位貴族令嬢達は、わざわざクレアに囁きに近づく
学園に通うようになって
クレアの友人達と嘲る発言をする令嬢達が揉めると言う些事がたまにある。
クレアは友人達に慕われている。
学園では彼女達が守る様に側に着いているが、それでもクレアが一人になった隙を付いて囁きに寄って来る。
何なんだろう
俺やウィリアムに目を付けられ、上位貴族令嬢の反感を買ってまでしてクレアを嘲る事に何か利点があるのだろうか?
調べても何も判らなかった…
◇◇◇
妃教育が始まってクレアは少し変わった。
いや、妃として成長したと言うべきか。
感情の起伏を抑えウィリアムの行いにも、冷静に進言して諫めている。
外見も所作も益々美しくなって行く
(頑張っているんだな)
それがウィリアムの為だと言う事も分かっている
◇◇◇
中等部二学年に上がってだいぶ経った頃、その知らせは届いた。
夕方、まだ夕食には早い時間
ハーミット公爵邸の自室から出たタイミングで、執事が廊下を走っているのが見えた。
(何をあんなに慌ててるんだ?)
執事は父上の書斎に向かっている
気になって俺も父上の書斎へ向かう、すると締まり切っていない書斎の扉越しに焦った様子の話し声が聞こえる。
(……?…あれ?…今、クレアって聞こえなかったか?)
聞こえる会話の中にクレアと聞こえた気がして
書斎の前まで来て少し開いてる扉を押すと、上着を羽織って出掛ける準備をする父上に届いた書簡を読み上げる執事が見えた。
「ーーー王城の専属医が診てるそうですが、クレア令嬢は意識の無い状態だそうです。リセンス・ブレーニー侯爵夫人は拘束して、牢に入れられていると……?!ヘクター様!」
執事が俺に気付くと同時に、玄関に向かって俺は走り出していた。
「?!。待て!ヘクター!!!」
父上の呼び止める声が聞こえる気がするケド、頭に届かない。
だって詳細を聞いてる暇は無い!
(クレア!クレア!クレア!クレア!…早く王城に行かなきゃ!)
俺の頭の中は『クレアの所に行く』しか無かった。
玄関に続く階段を降りてる途中で、俺の背後から父上の叫ぶ声が聞こえる
「カルヴァン!ヘクターを止めろ!」
目の前の玄関扉には、帰宅したばかりの長兄カルヴァンがいた。
俺は階段の途中の手すりを越えて一階に飛び降り、ダイニングルームと調理室側にある裏口に向かって走り出した
父上の指示に反射的に動いたカルヴァンが追いかけて来る。
騒ぎに気付いた誰かが、ダイニングルームから出てくる……次兄のコンラッドだった。
(!。クッソ!)
俺の背後からカルヴァンが叫ぶ
「コンラッド!捕まえてくれ!」
「お?!。何事だよ?」
そう言うや否やコンラッドにタックルをかまされた。
そのまま床に倒されて、抑え込まれる。
俺は十四歳の割には体が大きく身長は170程だったが、父上や兄達は190あるから、抑え込まれたら抵抗出来ない。
それでも俺はジタバタと暴れて
「離せ!!!王城に行くんだ!クレアの所に行くんだ!!!」
かなり冷静を欠いていた
バッシャアァ
「うわあ!冷たーー!!!」
次兄が叫ぶ、俺は放心した。
床に転がり取っ組み合っている俺とコンラッドにバケツで水を掛けたのは母だった。
びしょ濡れの二人を見下ろして、母上は鼻でため息を吐いた
「エーデル…後は頼む。私は急ぎ王城に向かう。…ヘクター…届いた書簡を読む事を許すが。私が戻るまで、居館で大人しくしてるんだ。良いな?」
「……………はい。」
俺は放心したまま返事をした。
「冷て〜…母上…酷いじゃないですか〜」
そう言いながら、コンラッドは俺を抑えるのをやめて立ち上がる。
「熱を冷ますのには水を掛けるのが一番なのよ。」
「俺ごとってのが酷いって言ってるんです。…」
そう言って濡れた髪を掻き上げている
「ほら、ヘクター…部屋に戻って着替えよう。」
そう言ってヘクターに手を差し伸べたカルヴァンを見上げる。
水を掛けられ冷静を取り戻した今、自分の突発的な行動に今更驚いて、すぐには動けなかった。
◇
風邪を引いたら大変だから、ちゃんと風呂に入って来いと言われた、でないと書簡は読ませないと
(……自分が水を掛けたくせに……)
思っても、絶対口には出さない。十倍にして言い負かされるから…
◇
居間で書簡を広げている
[夕刻、妃教育の最中に妃教育担当の一人、リセンス・ブレーニー侯爵夫人がクレア・ドケーシス公爵令嬢を殺害しようとした。
クレア令嬢は命は取り留め、別状無し。意識は戻っていない。
ブレーニー侯爵夫人は拘束して牢に軟禁。
ハーミット宰相閣下には、至急の登城を求む。]
「なんて事……」
母上は口元に手を当てて青褪めている、兄達も押し黙り…深刻な顔だ。
「王家の依頼で選ばれた人だろう?こんな事ってあり得ないだろう…」
「クレア嬢が心配だな……」
俺は拳をギリギリと握りしめていた。
(そう言えば…あの夫人は王城の侍女達の評判が悪かった……)
◇
翌日
ヘクターは学園を休み、兄達は仕事を休んだ。
王城の様子が気になるから公爵の話しを聞きたいのと言うのもあるだろうが
ヘクターが勝手をしない様、見張る事が目的だ。
ヘクターは夜は眠れなかったのは勿論、食事も殆ど食べられず目の下に酷い隈を作り、夫人は見たことの無いヘクターの様子に心配を募らせていた。
ハーミット公爵が戻って来たのは夕刻だった
帰宅の知らせで、ヘクターは玄関へ走る。
「父上!クレアは大丈夫ですか?!」
掴み掛かる勢いでヘクターが尋ねると
「大丈夫だ。詳しく話すから…居間で座って話そう。」
ハーミット公爵はそう言って、廊下に出て来ていた夫人や兄達に目配せした。
「クレア嬢は頭にティーポットを割れる勢いで叩きつけられ…そのまま倒れたところに…リセンス・ブレーニー侯爵夫人が、馬乗りになり…クレア嬢の首を絞めた。
室内の烈しい物音に扉の外で控えていたドケーシス公爵家の侍女が、室内に飛び込み…ブレーニー夫人を必死に止めながら、衛兵を呼び、ブレーニー夫人は拘束。
クレア嬢は意識が無い状態だった……命に別状は無いが…
頭に怪我を負い、出血……幸い傷は小さく、髪の中で目立たないから治れば殆どわからないそうだ。」
ハーミット公爵は苦悶の表情で話す
夫人は青褪めヘクター達はブレーニー夫人への嫌悪を露わに眉間に皺を寄せていた。
「クレア嬢は半日ほどして意識を取り戻した。頭に受けた怪我の影響か、前後の記憶が曖昧な様だ…」
「……意識を…良かっ…た…クレア…無事で…」
ヘクターはふるふると震え、目は勝手に涙を流していた
(良かった!…本当に良かった!!!…)
夫人はヘクターの隣に来てそっと抱きしめる。
ヘクターは声を押し込めて、目元を腕で覆い止められない涙を袖に吸わせた
ハーミット家の面々は、ヘクターがクレアに叶わぬ恋心を抱いている事を知っていた
本人が叶わぬと理解している様子から、三男という事も加味してヘクターには婚約など交わさず、いつか本人の踏ん切りが着くまで見守る事にしていた。
今回普段から落ち着いた気性のヘクターが、激しく取り乱したり泣いたりする事に、クレアへの想いがこれ程深いのかと思い知った。
なのでハーミット公爵は続きを話すのに躊躇する。
「……クレア嬢の首には絞められた痣が残っていて…消えるのに掛かるのは一週間程だそうだ……それと…」
公爵は一度躊躇ってから
「クレア嬢はブレーニー夫人の授業の度……体罰を受けていた…」
「?‼︎」「は?」「えっ?!」「なっ!!」
誰もが驚きを隠せなかった
「そんな!王城でそんな?!クレアは未来の王妃ですよ?!」
夫人はヘクターを抱きしめる力を強くして、叫ぶ様に言った
ヘクターの体は、今度は怒りで震え出す
「クレア嬢の両掌に細いみみず腫れが何本も走っていた…私が見た時は、氷嚢で冷やされて薄くなっていたが……拘束されたブレーニー夫人を尋問した所、指示棒で叩いていたそうだ。躾だと言っている。……クレア嬢には、罰を受ける瑕疵が無く、ブレーニー夫人の行為は虐待と断定された。」
「何なんだよ…その女……」
「………許せませんね。」
兄達二人は嫌悪と怒りと呆れを混ぜた表情で呟く
ヘクターは両手で顔を覆い怒りで息が荒くなる
(許せない許せない許せない許せない……クレア…クレア!…どれだけ辛かったか…どれだけ怖かったか………………ブレーニー夫人……殺してやる!!!!)
ヘクターの心は黒く塗り潰されて行く
その時、頭に大きな手が乗せられた。
いつのまにかハーミット公爵がヘクターの側まで来て、頭を撫でている。
「ブレーニー夫人は離縁され爵位剥奪後、斬首刑になる……お前は何も出来なくとも、お前の望みは叶うから……恐ろしい事を考えるのは止めなさい。」
顔から手を離して見上げると、悲し気に微笑む父親の顔があった
夫人も兄達も心配気にヘクターを見ている
ヘクターは、家族が…息子が…弟が…まだ幼い少年が…人を憎む様子を悲しんでいると気付く
皆んなの優しさに冷静さが戻ってくる
「………………はい…」
ハーミット公爵は再びソファに座り、続きを話す。
「……国王陛下は、ドケーシス公爵家に今回の事件を内密にする様に願い出た。
王家が厳選して選んだ教師が、王太子の婚約者に日常的に虐待を行い…果ては殺害未遂……信頼を揺るがす醜聞を表に出す訳にはいかないと……ドケーシス公爵家はこれを受け入れた。」
「……まぁ…それが良いのでしょう…クレア嬢の立場は準王族です。その教育担当者に不適切な人物を当てるなんて、あってはならない。」
「そうだ。…ドケーシス公爵家が受け入れてくれて助かった。……なので、今回の件は箝口令が敷かれる。
ブレーニー夫人は王城で事件を起こしたが、クレア嬢は一切関係無い。その様に記憶する様に。それとヘクター……」
「……はい。」
「クレア嬢は今回の事…特に虐待について、ウィリアム殿下に知られたく無いと願っている。」
「…え?……なんで…」
(……そう言えば…ウィリアムは今、隣国に行ってるんだ…)
「『恥ずかしい』と言っていたそうだ…クレア嬢は虐待されてたと思ってなかったようでな…
虐待と知らず真面目に受けていた自分が恥ずかしいのか…誰にも話さなかった事を悔いているのか……とにかく知られたく無いと泣きながら懇願したと聞く……だからお前も、何も知らない事になる。……それがクレア嬢の願いだ。」
「………わかりました……」
(俺は…クレアを慰める事も出来ない…)
ヘクターの拳は、握り込み過ぎて爪が食い込み…血が滲む
ブレーニー侯爵夫人は王城の侍女に激しい暴力を払い、王城内に流血沙汰の混乱を起こしたと解雇。
離縁され、侍女は致命的な障害が残り、貴族にあるまじき行為と爵位も剥奪。国外追放になったと公表された。
◇◇◇
学園の中庭で、
何処かの令嬢の耳に、摘んだ花を刺してやるウィリアムを、二階の渡り廊下から見ているクレアが居るのを見かけた。
ウィリアムはクレアがそこに居るのを知っててやってる筈だ、クレアが見なければ意味がないのだから…
(……辛そうな顔をしてる…)
翌日、生徒会室で業務を終えて片付けをしていると
「この後、クレアとカフェテリアでお茶をするんだ。」
ウィリアムがそう言った。
(きっと…昨日の行動の反応を見たいんだな)
ヘクターは心の中でため息を吐き
「婚約者との睦まじさを周りに示すのは良い事ですね。ウィリアム様はもっとクレア嬢を大切にして良いと思いますよ。」
生徒会室にはまだ他の役員生徒もいるから畏まった口調で表情を崩さずに釘を刺す。
この頃はウィリアムへの忠言で、クレアへの想いが漂う事は無い。
完全に忠臣として発言している。
「………勿論。」
ウィリアムは笑顔で答える
(………本当に…困った奴だ…)
生徒会室を出て教室棟へ向かう途中、廊下の先にクレアを見つけた。
ヘクターは昨日のクレアの表情を思い出し、堪らず追いかけて声をかける
「クレア……最近、大丈夫か?」
クレアが振り向く、長い黒髪が広げた絹織物の様にゆったりと流れた。
驚いて見開かれた赤い瞳が背の高いヘクターを見上げてくる
(………今日は元気そうだ?)
そう思った瞬間
「…………大丈夫そうに見えませんか?」
その返答に、自分は何て馬鹿なんだと後悔する
「(昨日のウィリアムを見て、大丈夫な訳無いじゃないか…)!…やっぱり無理をしてるんだな………すまない…俺も何度も注意してるんだ!けど………あいつはどうして!………親しくも無い令嬢の髪に花を刺すなんて……」
ヘクターは悔しそうに顔を顰める
「謝らないで下さい。ヘクター様のせいでは有りませんわ。」
「しかし!」
「ヘクター様。」
言い募ろうとしたヘクターに対し、クレアは被せる様に名前を呼び、制した。
「いつも気に掛けてくれてありがとうございます。凄く感謝してます。」
クレアは困った様な笑顔でそう返す
(……これ以上は踏み込むなって事か…)
「…………いいんだ……これから、カフェテリアに行くんだろ?。送って行こう…持つよ。」
ヘクターはクレアのカバンを受け取ろうと手を差し出す。
「…ありがとうございます。」
クレアは笑顔でカバンを渡す
少し手が触れヘクターの心臓が跳ねる。
(……可愛い…)
何百回も想った言葉がまた浮かぶ、クレアと二人きりになると蓋が開きそうになる
カフェテリアの入り口まで連れ立って歩く、そんな些細な喜びをヘクターは胸に仕舞う。
(…なんて、未練がましい…)
ヘクターは心の中で苦笑した
入り口近くまで来て
「じゃあ俺はここで……クレア…辛かったら誰でも良いから相談するんだよ…」
(……俺じゃ無くてもいいから…)
ヘクターはそう言い、クレアにカバンを渡して去った。
「………………ぅ。」
何か聞こえた気がしてヘクターは振り返ると、カフェテリアの中へとクレアが消えた
子供の頃、三人で仲良くお茶をした記憶が過った。
長兄カルヴァン25歳、ハーミット公爵家の後継者です。
既に公爵家の仕事を殆ど任されてて。ブレイブ父さんは、宰相の仕事メインになり楽になりました。
次兄コンラッド24歳、騎士団所属。班隊長を任される有望株。公爵家の仕事も手伝います。
ハーミット家は代々武人も輩出してて、皆さんお強いです。
エーデル母さんも産後の肥立ちが悪かっただけで、元々はハツラツとした性格の背の高い美人さんです。




