月曜の謁見。
赤の応接室・続き部屋への扉が突然開き
女性護衛騎士が駆け込んでくる
「失礼します!ドケーシス公爵ご夫妻!レア様に代わられました!おいで下さい!」
その言葉に夫妻は慌てて立ち上がり
「失礼します!」と、両陛下に軽く会釈をして足早に去って行く
そんな態度を不敬などと咎める者は此処には居ない。
幼な子が泣いているのだ、その子を宥められるのが夫妻しか居ないのだから咎める訳が無い。
しばらくしてウィリアムが同じ扉から戻って来る
(出て行った時よりも顔色が悪いな…)
陛下はそう思いながら、ウィリアムに尋ねる
「レイナに何か聞けたか?…公爵からも話があったか?」
ビクッと肩を揺らして、ウィリアムが青い顔を益々青くさせる
ウィリアムが立っている場所に近い席に座っている、三人の令嬢も同じタイミングでビクリと揺れた。
そしてウィリアムと同じ様に顔を益々青くさせる
(今、レイナと…呼んだ…公爵の言った通り…父上は全部把握している…)
そう思ってもこの場には他にも人が居る、どう答えようかと考えるウィリアムに
「よい。此処に居る人間は全員、全ての事情を把握している。気にせず、聞いた事をそのまま話せ。」
「!?」
(事情を…全員が?… 僕にだけ知らされず……それもレイナの望みなのか?)
改めて全員の顔を見渡す
応接室の入り口から対角線の位置にある続き部屋への扉を背にしているウィリアムは
今日初めて、王妃の顔を真正面から見た。
さっきは陛下越しに横顔の一部しか見えなかった王妃の顔は、やはり具合が悪いのかと思う程に酷い顔をしていた。
その王妃よりも酷い顔色なのは、側妃候補の三人の令嬢
先程の陛下の言葉はウィリアムにかけられた言葉なのに、いつか自分達にも声が掛けられるかもと気を張っている様子だ。
特にリール・シリッカ子爵令嬢は倒れる寸前と言った雰囲気が出ている。
ウィリアムは令嬢達に、心苦しさを感じている。
三人の令嬢とは、クレアにヤキモチを焼かせたいと言う一点だけで頻繁に会っていた。
愛も恋も信頼も一切の情が無い、ウィリアムの中では友人ですら無い。
ウィリアムが何の感情も寄せていない彼女達が、罪悪感に苛まれながら此処に座っている事が心苦しい
フラム侯爵家の面々は
夫妻は心配と困惑が混ざった様な表情をしているが、その隣のエタンセルの表情は落ち着いていて瞳は力強い。
エタンセルの隣に座るヘクターの表情は感情が見えない。
ただ、ウィリアムは後ろめたさからヘクターをしっかりと見られずにいた
ヘクターは、ずっとウィリアムの行いを注意してきた。それを無視して拗れた行いを続けた結果が今の事態なのだから
ウィリアムは陛下である父の言葉に従い、聞いた事を話し始める。
「……クレアは死んだ、自分はレイナだと名乗ったところで、レアと言う幼な子に変わりました。公爵と夫人が来て…公爵が説明を続けてくれました。
クレアは解離性同一障害を患っていて、彼女の中には複数の人格が居ると…
クレアは………………金曜の夕方…自ら命を断とうとして………」
そこまで話してウィリアムはグッと喉を詰まらせる様に黙ってしまった。握った手はフルフルと震えている
(……二人の婚約がこんな形を迎えるとは……)
◇◇◇
月曜
国王陛下は宰相に命じて、丸一日予定を開けさせた
レイナは学園を休み、ウィリアムが登園した後を見計らって登城した。
赤の応接室に通されると、国王陛下と王妃殿下、そしてこの国の宰相を務め、ヘクターの父親でもあるハーミット公爵。リッター医師も待っていた。
「本日は急な謁見を受け入れて頂き、感謝申し上げます。」
ドケーシス公爵が最敬礼の姿勢で挨拶を述べ、横に並んだレイナと夫人もカーテシーを執る。
一緒に来ているアニタとセイン医師は壁際で待機をしている。
リッター医師の指示だろう、壁際には看護師が数名控えていた。
「……楽にしてくれ…早速、話が聞きたい。座りなさい。」
陛下が着席を促すと、陛下と王妃の対面の席に侍従が誘導する
向かいのテーブル、陛下の手元には何枚かの書類がある。
昨日のレイナとエタンセルの会話と、レイナの提案を元に
公爵とリッター医師とセイン医師が書類にまとめた物だ。
エタンセルが帰った後、再びフュリアスが現れてかなりの騒ぎになった。
レイナに入れ替わった後は、疲れ切ってしまい。レイナは自分で書きたかった提案書を公爵達に任せて休んだ。
出来上がった提案書を、リッター医師が届けてくれたのが陛下の手元にあるそれだった。
ふう…と、ため息をひとつ吐いて陛下が口を開いた
「提案書を読ませて貰った…クレアの障害も理解した。それで…今、君はレイナと言う人格で、これが其方の望みで間違い無いか?」
陛下が書類に指を突いて問う
「はい。」
レイナは真っ直ぐに陛下と目を合わせて返事をした。
「………エタンセル嬢に先に打診したのは何故だい?」
「自分で事情を話したかったからです。私の提案通りに話が進めば、彼女だけが当事者じゃ無いのに巻き込まれるのですから…誠意を持って向き合いたかった。私のパートナーになるかもしれない方ですから。」
ニッコリ笑って、レイナはそう答えた。
その様子に国王陛下夫妻は、確かなクレアとの違いを感じた。
「………分かった。私は以前…〈お前の願いは可能な限り最大限叶える〉と約束している。口約束であったし…相手はクレアだっただろう……だが、約束は守らねばな。この提案を議会にかける。」
その返事に一番驚いてるのはレイナだった。
(前向きに受け止めてもらえてるわ……五割方諦めていたのに…)
「ただ…一点……」
「!……はい。何でしょう?」
「クレアの自死未遂は隠せない。……お前は隠したかったのだろう?」
「……………………」
レイナは押し黙ってしまった
そのレイナの様子を、心配そうにドケーシス公爵夫妻は見つめる
「………この三人の令嬢を側妃にするために確実な殺し文句がなければ、令嬢達の親…特にエインガー辺境伯は認めないだろう。王命を出すつもりだが、道理が通らなければ、彼方は拒否できる力がある。」
(……やっぱり…令嬢達の罪悪感だけでは親御様には認められないか……)
クレアは寵愛を、エタンセルは能力を、側妃は世継ぎを。
そう望まれていると言うシナリオは、正直言って無理がある。
エタンセルは、ウィリアムがクレアを一番に想っているのを知ってるからこのシナリオが成り立つと思い込んでいるが、側から見ると成り立たない。
今現在、懇意にされてる令嬢を側妃にするのは寵愛からと思われるし、クレアには同情からと嘲笑されるのが目に見えている。
三人同時に側妃にする事で、唯一の寵愛を無くし興味を分散…ウィリアムをろくでなしに見せられれば、と言う算段だったが
それでも、クレアに向けられるのは同情止まり。
レイナとしては、追々『クレアは大切にされている』と噂を流して寵愛を上げて行こうと思っていた。
そこに〈自死にまで追い込まれた〉〈王太子の軽率な行い〉〈令嬢の慎みの無い行為〉
これが乗っかれば、同情は哀れみから労りになる。
令嬢達に要因があるとなれば、親御達の説得も易い
(…だけど……お父様とお母様が……)
レイナは夫妻に『娘が自ら命を断とうとした』と言う目を向けられるのが、どうしても嫌だった。
育て方について中傷する人が出てくる…クレアが受けた様な中傷を父と母にも向けられたら…と
自分でさえもクレアの行動は衝撃だった
ならば、父と母のショックは計り知れないだろう。だから、自死未遂の事は避けたかった
押し黙ったまま、俯くレイナに陛下が声をかける。
「クレアは自死にまで追い込まれ、(ウィリアムとの婚約をこれ以上続けられない)と言う。ウィリアムの心が真実想うのはクレア一人だと願い。嫌がるクレアを説き伏せて婚姻する。不埒な行いを許せないクレアは触れる事を許さない。それでも他に渡したく無い、とウィリアムが囲う。と、知らしめる。そうすれば、寵愛はクレアの物だ……
そして、ドケーシス公爵夫妻には好奇の目が行かない様、最大限努力する。」
レイナは最後の言葉に、心が読まれたのかと驚き、パッと顔を上げる。
陛下と目が合う
「最大限、可能な限りお前の願いは叶える。」
レイナの顔がクシャリと歪み、涙が溢れる。
陛下は立ち上がり、レイナの元へ近づくと、レイナの頭を優しく撫でた
レイナは見上げて陛下に尋ねる
「………本当に?」
「約束する。」
「はい。ありがとうございます。」
ポロポロと溢れ落ちる涙は、夫人がハンカチで吸い取ってくれた。




