エタンセル・フラムの恋
美しい銀髪の女子生徒が廊下を走っている
(なんて馬鹿なの私は!クレア様にあんな顔をさせて!言うべきはクレア様にじゃ無いじゃない!)
◇◇◇
エタンセルは、フラム侯爵家に産まれた三番目の子
大層美しく産まれ…家柄も申し分なく
王太子妃にもなれるだろう。と、周囲は色めき立っていたと聞く。
姉と兄が居て…家を継ぐ事も強いられない、重圧の無い立ち位置だった。
何の憂いも無く幸せに成長すると思われたが、
七つの時、馬車の事故に巻き込まれて怪我をした
一命は取り留めたが、腹部の傷跡と子が望めない身体になった
「子を産む事が全てじゃないよ。」
父と母は笑顔で言うが、悲壮感は隠せてなかった
「子が居なくても、仲睦まじい夫婦はいるからね。」
エタンセルは、
(ああ…やはり…女の幸せに、結婚は大前提なのか…)と思った。
周囲の人間は大層残念がっていたが、当の本人は、何も気にならなかった
(だって、仲睦まじい夫婦って、愛し合ってるって事でしょう?貴族なら、家同士の契約が殆どで、お互いの気持ちとか関係ないじゃない?)
エタンセルは
同じ年頃の娘が興味を持つ、愛や恋など浮いた話題や、宝石やドレスなど煌びやかな世界に興味が無かった。
彼女が関心を示すのは、歴史に政治。領地や国政。貴族の力関係
知識が好きで、何事も合理的に取捨選択し物事を進めるのが当たり前。
エタンセルは、早々に周りの子供達と自分が違うと気付く
ある意味貴族らしい性格をしていた。
だから同年代の子息令嬢が鬱陶しかった。
「エタンセル様、可哀想。お母様が言ってたの、子供が産めないと良い嫁ぎ先が無いんですって。」
「自分の子供を抱っこ出来ないなんて可哀想〜」
「後継のいる年寄りのごさいになるしかないんですって〜」
「あんなに綺麗なのに、良い結婚は出来ないなんてね〜」
(良い結婚ってなんだ!!!)
そう叫びたかったがグッと堪えて
「でも将来、自分の子が高位貴族の令嬢に向かって無礼な発言をして家門を目の敵にされないか、心配しなくて済みますわ。貴方のご両親みたいにね 」
ニッコリ笑って言ってやれば、アワアワと散っていく
低俗な発言をするのは大体、下位の常識が学びきれて無い奴か、本当に頭の悪い奴だから
気にしてもしょうがない。
そもそも気にならない
エタンセルは他人に関心が無かった。他人からの関心も気にならなかった。
気にはならないが、疑問には思う。
(子供が産めないってそんなに可哀想かしら?)
下位貴族の子供に嘲笑されたと言う事が家族の耳に届くと
「お前は無理に嫁ぐ必要はないからな!」
「ずっと家に居れば良いんだよ。」
家族の愛は温かかった。エタンセルの知っている愛とは、心地のいい物だけだった。
身を焦がす様な恋…?
相手を破滅させる程の愛…?
恋愛がテーマの本を読んでも共感出来ない。
お茶会でそんな物に憧れる令嬢達を、エタンセルは冷めた気持ちで見る。
そうして気づく
(私は何か欠落しているのだろう。)と
エタンセルはそんな冷めた幼少期を過ごしていた
転機は十歳の頃に訪れる
◇
王城のパーティ
王太子の婚約者が決まった後の初めてのパーティ
終わりには婚約者の紹介があるのだと聞いた
エタンセルの母と姉は
自慢の可愛く美しいエタンセルを着飾る事に、全力を注いだ。
「これは美しい!将来が楽しみだね。」
「勉学が好きだと聞いたよ。学園に入学するのが楽しみだね。」
エタンセルは父と共に挨拶に回り、沢山の声を掛けられる。
「エタンセル様、お綺麗 」
「素敵な若草色のドレスですね 」
同じ年頃の品格のある令嬢達も話しかけて来る。
この頃には、エタンセルに嘲笑する様な発言をする子息令嬢は居ない。
エタンセルが悉く返り討ちにし、打ちのめしてきたからだ。
地道に潰し続けた甲斐あって、この日のパーティも悪く無い居心地だった。
そうして、パーティが終了を迎える頃。
半階上がったホールにある王席から国王陛下と王妃殿下が立ち上がり
続いてウィリアム殿下が、婚約者のクレア・ドケーシス公爵令嬢をエスコートして現れた。
ドケーシス公爵令嬢は、それはそれは美しい令嬢だった。
真っ黒で艶やかな黒髪に、赤いルビーの様な綺麗な瞳
並ぶ王太子の瞳の色の、青いドレスに身を包み金の髪飾りを着けている。
とても美しい子が、国王陛下から紹介された。
「でも、ファーストダンスはクレア様ではなかったわよね…」
(……ハァ……こんな格式のある場でも羽虫がうるさい…)
最初の羽音を皮切りに
口さがない低脳な馬鹿がブンブンと羽音を鳴らす
「ファーストダンスを断られたのかしら…」
「ウィリアム様は本意じゃないんじゃ…」
「ファーストダンスをしなかったから、その後はずっとクレア様がウィリアム様を独り占めしてたのよ…我儘なのねぇ」
「ウィリアム様は他の子とも踊りたかったんじゃ無いかしら…」
見やると、ドケーシス公爵令嬢は青ざめている
(…可哀想に…せっかくの婚約発表なのに……)
きっとあの令嬢は、どんな小さな声の嘲りも…耳が拾ってしまうのだろう…
どんなに小さな嘲笑も、深く傷付いてしまう質なのだろう……
エタンセルは、自分が平気だから他人もそうなどとは思わない。
誰だって笑われたり卑下されるのは嫌だろう。
平気なエタンセルの方が特殊なのだと理解していた。
だから驚いた…
青い顔をしていた女の子は、少しして表情をすっと整え、柔らかい笑みを被った。
(それが、何だと言うの?)とでも言っている様に、堂々と王太子の隣に相応しい佇まいで。
(尊い物を見た…)と思った。
あんなに青ざめて震えていたのに、全部押し込めて。
王族に相応しく有ろうとする気概に、エタンセルは胸の奥が熱くなるのを感じた。
心を奪われると言う言葉の意味を、初めて理解した。
(あの方の力になりたい…あの方の…クレア様の側で…クレア様を支えて生きて行きたい……)
エタンセルは初めてやりたい事を見つけた。
◇
エタンセルは困り果てる
やりたい事は見つけても、どうすればいいか分からない
クレアを慕うのであれば、友達になれば良い。となるはずなのに
クレアを前にすると、今迄のエタンセルの様に行かない
顔が赤くなり、言葉も上手く発せない…
(これが苦しい恋…の感覚)と感動すら覚える程に
クレアの前では緊張してしまうのだ
クレアの前でなければ、いつものエタンセル
彼女は、ウィリアムの婚約者になってしまったクレアが、嘲笑や嘲りに晒されている事を知る。
(だって、ずっと見てるから)
エタンセルの前でクレアを嘲笑しよう物なら、侯爵家の力を借りて。徹底的に追い込まれ…潰されるまでは行かないが、生きにくい状況になっている。
同じ事が何度か続けば、どんな馬鹿でも理解する。
「エタンセル様はクレア様を推している。」と
エタンセルの前では誰もクレアの話題をださなくなった。
そうして、クレアの視界の端に入る事も出来ずに、あっという間に三年程経ち。
学園に入学する年になった。
学園に入っても、エタンセルは上手くクレアに近づけない
そうして月日はどんどん過ぎる
◇
高学年に上がった
相変わらず、クレアとは上手く接触出来ないエタンセル。
(ハァ………どうしたら良いかしら……クレア様は王太子妃になるのよね………王城にでも勤めて、妃付きの侍女を目指そうかしら……」
エタンセルの行動は早かった
(学園を卒業したら、すぐ勤められる様に…入職の条件など調べておかなきゃ。)
エタンセル自ら、王城に赴いて王城勤めの手続きの流れをしらべる。
「おい!さっき、エタンセル・フラム侯爵令嬢を見たぞ!」
「ここで?…令嬢が…王城に何の用だろうな?」
「さぁ〜?しっかし、本当に美人だよなぁ」
「本当にな!あんな美人そうは居ないよ。あれだけ美人なら、別に子供が出来なくても構わないなぁ」
「何言ってんだ、お前、長男だろ?家督を継ぐんだろ?子供が出来ないって分かってるなら選べないだろ〜」
「そうなんだけどさぁ〜。子供の出来ない夫婦なんていっぱい居るし。隣に並ぶなら美人が良いじゃないか。」
(はっ。好き勝手言ってくれるわね。自分達が選ぶ側だとでも思ってるのかしら?こっちは願い下げよ!)
自分の名前が聞こえて、咄嗟に隠れてしまった柱の影で
エタンセルは騎士見習いの、自分がネタの下世話な話を聞く羽目になった。
「あれだけの美人だもんなぁ〜スタイルも良いし 一晩だけでもお願いしたいよ。」
話題が盛り上がり過ぎて、酒場で話す様な内容に傾いてる事に気付かず
見習い騎士達はエスカレートしていく
「じゃぁ、遊び相手にしよう。丁度良いよ。出来ないんだから 」
(ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん)
エタンセルは記憶力に自信があるので、見習い騎士達の顔をしっかり覚えてやろう!
と、柱からこっそり顔を覗かせると
「王城内で下世話な話をしていると騎士団本部に報告しといてやろう。」
背の高い黒髪の男性が、騎士達を威圧的に見下ろして、そう言っていた。
「はっ!ハーミット公爵令息!?ひぃっ!…もっ!申し訳ありません!」
「わぁ!すっ、すいません!」
見習い騎士達は退散して行った。
「ふん…」
去っていく見習い騎士達を見送りながら、
ヘクターは鼻からため息を逃がす。
コツ……コツ……コツ……
(あら。こっちに来るわ……)
柱の陰になって、ヘクターからエタンセルは見えない……そのまま柱を通過するヘクター
「お気遣いどうも。」
ビクーーッと、ヘクターの肩が跳ねた。




