レアが呼んでいる
レイナが手紙を書き始めたので、公爵も国王陛下への手紙と謁見の申請を書くため
リッター医師、執事長と共に部屋を出た。
「公爵!お待ち下さい。」
すると直ぐにセイン医師が、数冊のノートを抱えて追いかけて来る
(あれは、テーブルの上に並べられてたノートだな……)
「こちら、目を通しておくべきだと思うので…お持ちください。レイナ様も公爵夫妻にお見せする事を了承されてます。……読み終えたらレイナ様に直接お返し下さい。」
セイン医師はそう言ってノートを執事長に預けた
「……分かりました…メンテ先生もノートの中身は見たのですよね?」
「…はい。拝見しました。……夫人にお見せする前に、先ずは公爵が見ておいた方がいい……セイン君…私が側に付くから、大丈夫だ。」
「はい。では、失礼します。」
セイン医師は頭を下げてから、レイナの居る部屋へと戻る。
レイナにはアニタとセイン医師、他に侍女が二人付く事になった。
執務室に着くと、執事長はノートをテーブルに置いて。業務を片付けに一旦下がった
公爵は早速、申請書と手紙を書いてリッター医師に託す。
「お預かりします。戻り次第お渡しします。」
「こんな夜更けに、申し訳ない……」
時計はもう直ぐ日を跨ごうとしていた。
「大丈夫です。王城の専属医である私が出向く程の事態だと陛下も把握してます。
むしろ(何時になっても構わないから報告を。)と言われてますので。陛下はクレア様贔屓ですから。」
リッター医師は苦笑いしながら手紙類を懐に仕舞った。
「……ありがとうございます。」
公爵も苦笑いで答えた…顔色は随分、回復している。
「では…お座り下さい。今、お茶を淹れます。」
公爵はソファに座るよう促される、目の前のテーブルには先程のノートが六冊並べてあった。
リッター医師は近くのワゴンに準備されたお茶を手ずから淹れる。
「左から時系列に並べてあります。最初から三冊目までがシェイム様が書いた物、四冊目の途中からレイナ様とのやり取りが始まります。どうぞ…お読み下さい……」
そう言って二人分のお茶をテーブルの端に置き、リッター医師は公爵の向かいのソファに座った。
公爵は一冊目のノートを手に取り、ページを捲る
[ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない… ウィリアムさまにふさわしくない…]
「!………なっ…」
ページ一面に書き殴ってある言葉に
公爵の血の気が引き、両手がカタカタと震え出す。
[わたしはウィリアムさまににあわない。わたしはウィリアムさまににあわない。わたしはウィリアムさまににあわない。わたしはウィリアムさまににあわない。わたしはウィリアムさまににあわない。わたしはウィリアムさまににあわない…]
[隠れたい…誰にも見られたく無い…私の事を話さないで…私を可哀想って言わないで…隠れたい…隠れたい…隠れたい…私を見ないで私を見ないで私を見ないで私を見ないで…」
どのページにも自分を卑下する言葉と逃れたい気持ちが書き連ねてある
公爵は手の震えが止まらない
ノートの上にポタポタと涙が落ちる。
「…ぅう…っく…………」
リッター医師は静かに公爵の隣に移動して、背中に手を添える。
「クレア様は…ウィリアム殿下の、他の令嬢への接し方を材料に、誹謗中傷や嘲笑を受けていた様です……シェイム様はそれを持ち合う為に現れたのでしょう……」
「……シェイム……」
(…どうして恥だなどと名乗った!……お前のどこが恥だと言うんだ!…)
(ウィリアム様に…必要以上に優しくするのは控えてほしいって言ってるんだけど…やめてくれなくて……ウィリアム様が誰かに特別に優しくすると……)
(……あの後があったのか…)
「〜〜っぐっ…〜〜うぅ〜〜〜ぅ…」
やり場の無い、怒りと後悔と悲しみに…押し潰されそうな公爵に、リッター医師が声を掛ける
「もっと早くこの方にお会いしたかったですね……」
「………………〜〜はぃ…」
「今からでも、出来るだけの事をしましょう。」
「……はい。」
「これから長い付き合いになります。私の事はリッターとお呼び下さい。公爵も名前でお呼びしてもよろしいですか?」
リッター医師はハンカチを差し出して、そう尋ねる。
「はい。…よろし…く…お願いします!…ぅ…リッター先生。」
公爵は…受け取ったハンカチに目元を埋めて膝に突っ伏したまま、咽び泣く
リッター先生は公爵の背中をポンポンと優しく叩き続けてくれた。
しばらく経ち公爵が落ち着いたので、リッター医師が淹れ直したお茶を
二人で飲んでいたところへ、コンコンと扉がノックされた。
「旦那様。奥様がお目覚めになられました。」
侍従がそう告げた。
◇◇◇
「……………」
公爵夫人の自室で夫人が目をゆっくりと開けた。
「…奥様……お加減はいかがですか?」
侍女が静かな声音で伺う。
「…………大丈夫よ…」
(……さっき起きた時は、随分取り乱してしまったわ……)
身体を起そうとする夫人を侍女が手助けして、ベッドヘッドに背を凭れ掛かる。
「ふうっ……」
「旦那様に、奥様がお目覚めになったと伝える様に託けて参ります。お飲み物もお持ちします。温かい物の方がよろしいですか?。」
顔色の良く無い夫人の肩にストールを掛けながら、侍女は尋ねた。
「ええ…お願い。」
侍女が部屋を出るのを見送り、夫人は時計を見た後、窓の外に目を向ける
「一時過ぎ…真夜中なのね…」
(クレア様の中には複数の個別の人格が存在します。)
セイン医師の言葉を思い出して
手はカタカタと震え、涙が滲みそうになる。
(……クレアの身に…何が起きてるの……)
その時、廊下を駆けて来る足音が聞こえた。
「クラリス!」
公爵が、バン!と勢いよく扉を開けて入って来る。
「旦那様!奥様は目を覚まされたばかりです。お静かに!」
即座に、侍女に小声でキツく嗜められる。
「あっ…ああ…済まない…起きたと聞いたので、慌ててしまった……クラリス、具合はどうだい?辛いところは無いか?。」
「………………………ふっ」
酷く慌てた様子の公爵に、夫人は苦笑いを溢した。
(…自分より慌てた人を見ると、却って冷静になるのね…)
「……クラリス?」
状況から…笑われるとは思わなかった公爵は夫人に向かって訝る。
「ふっ…なんでも無いわ。貴方の顔を見たら、少し元気が出ました。……貴方の方こそ大丈夫?……酷い顔よ……泣いたのね?」
ベッドの側まで来た公爵の顔に、夫人は手を伸ばして気遣う。
「……大丈夫だ。……私も君の顔を見たら元気が戻った。」
伸ばしてきた夫人の手を握って、公爵は口付ける
その顔は、元気と言うには酷く苦しそうだった。
「……ハァ……フルーク様は足が速い。……フゥ…」
リッター医師がやっと追い付いたと言った風に、夫人の部屋に入って来る。
「あっ…メンテ先生。お久しぶりです。」
「お久しぶりです。夫人…私の事は是非、リッターと呼んで頂きたい。これから長いお付き合いになります。私もお名前で呼ばせて頂きたく。」
「あら。…はい。勿論です。」
(長い付き合い……)
医師と長い付き合いになると言うのは…
つまりそう言う事なのだと、夫人は覚悟を決めた。
「……フルーク…リッター先生……お話を伺いたいです。」
夫人は力強い目で…姿勢を正した。
◇◇◇
「クレア…レイナ…シェイム…フュリアス…レア…ネビュラ……六人も……」
「判っているだけで六人です。…他にも居る可能性は多大にあります。」
「「………………」」
夫妻は押し黙る…
「お二人共…大丈夫ですか?」
「…はい。」
公爵は拳を強く握り込んで答える。
「……私も大丈夫です。」
夫人は真っ直ぐにリッター医師の目を見て答えた。
「………うん。大丈夫そうですね……では、私は一旦、王城へ戻ります。」
そう言って、リッター医師は夫人の部屋を下がった。
◇
(…良いご両親に恵まれたのが、クレア様の救いだな…)
リッター医師はそう思いながら、王城へ向かった。
◇◇◇
ベッドの横に置いた椅子に座る公爵に向かって、夫人が口を開いた
「それじゃあ、レイナがどんな提案をするのかは知らないのね?」
「ああ、先ずは手紙を書くと言ってな……明日…もう今日か…午前中に詳しい話を聞こうと思う……」
そこまで話した所で、廊下から夫人の部屋に向かって
慌ただしい足音が近づく
「旦那様!奥様!。直ぐにお嬢様のところへおいで下さい!」
侍女がノックも無しに、扉を開けて叫ぶ
「!。どうした!?」
「とにかく…早くおいで下さい!奥様も!」
侍女は相当急いで来たのだろう。息を切らして、訳を話す暇も無い。と言った様子で夫妻を急かす
「…!…わっ…分かったわ……!?ぁ」
そう言って、夫人はベッドから出ようとしたが…いきなり立ち上がった為に足がふらつく。
「クラリス!」
夫人の名を呼ぶより早く、公爵は夫人を抱き上げた。
「しっかり掴まっててくれ。」
夫人を抱き上げたまま、公爵は早足で部屋を出た。
◇
レイナの居る客間に近づくと、激しい泣き声が聞こえてきた…
「!?…あれはクレアの声?」
公爵の首にしっかり手を回してしがみ付き、早足の振動に堪えながら夫人が尋ねる。
「レイナ様がアニタを休憩するように…と、下がらせてしまい…多分レア様だと…思われます。…私共では宥める事が出来ず……申し訳ありません!」
侍女は息を切らしながら、公爵の後に従い説明する。
「うわああぁあぁぁぁ〜〜〜!…おかあ様〜〜!おとう様〜〜!!」
(…レア…幼少期のクレア…)
公爵は肩で息をしながら、客間に着く
「やだ!や〜だ〜!うわああぁん!アニターー!!おとう様ー!!おかあ様ー!!わあぁああーん」
ベッドの上で、顔を真っ赤にして泣き叫ぶクレアが、侍女達を困らせていた…
「あっ!お嬢様!奥様と旦那様が来ましたよ!」
助かったと言わんばかりの声音で、侍女が叫ぶ様にクレアに言う。
クレアの泣き声より大きな声で言わないと届かないのだ。
泣き声がピタリと止まり、クレアの顔が扉の方を向く
瞳が公爵と夫人を捉えた。途端、クレアの顔がクシャリと歪む
(あっ…泣く。)
その様子は、まさしく五歳児で…公爵の胸に懐かしさが湧いた。
「レア!貴方!降ろして!」
胸を夫人にバンバンと叩かれて、公爵は我に返り
夫人を降ろした。
「ふ…う…えええぇぇぇ〜ん」
クレアが夫妻に両手を伸ばす
「「レア!」」
夫人はレアを抱きしめ、公爵は二人を抱きしめる。
(この子を幸せにする為なら何でもする!)
公爵は目頭に力を入れて涙を堪えた。




