レイナは婚約解消したくない
「解離性同一障害?」
レイナはコテンと首を傾げて聞き返す。
「そう。多重人格とも言います。」
「多重人格……」
公爵はポツリと復唱した
「はい。……一人の人間のなかに、それぞれ異なる性格を持つ複数の「別人格」が存在し、交代して表に出てくるのが特徴です。
そして、人格が交代している間の記憶が無い… あるいは断片的にしか覚えていないことがあります。
複数の人格が存在しますが、主人格は一番長く表に現れている人格になります。
お嬢様の場合はクレア様でしょう………これまでは………
他の方々は「交代人格」と呼ばれます。」
「……交代人格………」
レイナは胸に手を当てて呟く。
「クレアは、何故そんな事に?」
公爵は極力平静を装っているが、声も手も震えている
「極珍しい症例ですが、少ない統計から
幼少期の強いストレスやトラウマ…虐待などが、原因であると言われています。」
(虐待………)
公爵の脳裏に、頭に包帯を巻いてベッドに伏せるクレアが浮かぶ。
「耐え難いほどの苦痛や恐怖に直面した時に、心を守ろうとクレア様は、意識を切り離したそれらが極端な形で各々成長した。と言うのが多重人格です。」
リッター医師の言葉を咀嚼しているせいか
部屋はしばらく静まり返る
「………クレアはこれからどうなりますか?」
公爵は毅然とした顔になり、受け入れる覚悟でリッター医師に尋ねる。
「お嬢様の症状は病気ではなく、障害です。治す事は出来ません……
そもそも治すと言う最終目標を定められない。主人格以外の人格を消すとか…全ての人格を統合するとか……自然とその方向に進む事はあっても、外部からコントロールする事は難しい。
ですから、これからは手厚いサポートで護るしか出来ません。
各々の人格に合わせた対応と安全な環境
仕える人間にクレア様の症状の周知…
特にこれからしばらくは、どの人格がいつ…どんな頻度で現れるか…予測がつかないでしょうから、信頼できる人数を増やして。お嬢様の周りに多人数、控えさせるべきです。」
「それは……クレアが出てこない事に関係ありますか?」
レイナがリッター医師に尋ねる
「………はい。クレア様は自ら命を断とうとした事で、人格を潜めてしまったのだと推測しました。」
リッター医師の説明に公爵が口を挟む
「メンテ医師…娘は一度目を覚ました時、(クレアは居ない。死んだ。)と言っていた。
それと、(ウィリアム様なんて大っ嫌い)と言う言葉が頭の中を回っているとも……」
「…え?…」
レイナは覚えのない言動を聞いたと話す公爵に困惑した。
「……覚えてないのか?夕方に一度目を覚ましたんだぞ。」
「私が覚えていないのか、私じゃなかったのか……でも、『ウィリアム様なんて大っ嫌い』って言葉は……確かに頭に響いてました。」
公爵とレイナの発言にリッター医師は思案する
「居ない…死んだ………これまでの症例から、人格が消えたと言う事を証明出来ないのです。
ですが、お嬢様が死んだとお伝えになる程、クレア様は潜んでしまったのだと伺えます。
現に、今の主人格はレイナ様に成りつつある。
……しかし、レイナ様は主人格として出続ける事に慣れていない。
クレア様が抜けた分、あまり出る事の無かった人格達が頻繁に現れる事が予想されます。
なので、対応できる人手を複数人付ける必要が有ると提案しました。
もしも、フュリアス様が頻繁に出る様なら…護衛騎士などの手が必要になるでしょう。」
「……分かりました」
公爵は顎に手を当てて俯き、今後の対応に考えを巡らせている
「……………………」
そしてレイナも何かを思案して俯いていた
「……そして、これは王城専属医としての見解ですが。」
リッター医師のその言葉にレイナと公爵は顔を上げる。
「お嬢様とウィリアム殿下の婚約継続は難しいと報告する事になります。」
「……あっ…」
公爵はリッター医師の言葉に面食らった様な顔をした。
おそらく婚約の事は抜け落ちてしまってたのだろう
だが、レイナはそう言われるだろうと思っていた。
「…申し訳ありません…」
「お気になさらず。当然ですわ 」
リッター医師の言葉に、被せ気味にそう言ってレイナはニッコリと笑う。
そんな様子に大人達は困惑する
「お父様。陛下に謁見の申請とお手紙を出したいの。
私は婚約解消したくありません。
婚約継続出来るようにする為の提案が幾多かあります。って
それの採用が無理なら仕方ないから諦めて婚約解消します。って。」
「……クレァ……レイナは婚約解消したく無いんだな?」
「ふふっ…お父様にレイナと呼ばれるとくすぐったいですね ……はい。色々理由はありますが……今まで妃教育を頑張って来たんですもの!
自分に王妃って名前を付ける位には、王族の責任を全うするつもりでしたわ」
ふんっと鼻息強く。
レイナは両拳を肩まで上げて、クレアが妃教育で培った覚悟を伝える。
公爵は椅子から立ち上がりベッドにいるレイナの横に跪く。
公爵はレイナの手を取って
「分かった。……お前が思う様に出来るよう力を尽くすよ」
「ありがとう…お父様」
レイナは公爵に抱きついて小さな声でそう言った。
「では、陛下への謁見の申し込みを緊急だと添えて申請する。陛下への手紙は私が代筆する。さっき言っていた内容で良いんだな?」
公爵は立ち上がりながら確認する
「はい」
「でしたら、その手紙と申請書は私が直接陛下にお渡しします。今回、こちらに伺ってる事も陛下は把握してますし。報告も待たれてます。
クレア様の症状と合わせて、先程のレイナ様の覚悟もキチンとお伝えしましょう。」
リッター医師が届出を請け負ってくれたので、話が早く進みそうだとクレアの顔が綻ぶ
「あっ!あと、もう一通。お手紙を出したい方が居るの。こっちは私が書くわ。」
「誰に出すんだい?」
慌てた様子で言うレイナに、こっちも重要らしいと公爵は察して
差し出し先を尋ねる。
「フラム侯爵家のご令嬢。エタンセル様によ 」
「……ヘクター君の婚約者の?」
何故?と疑問の表情を浮かべる公爵にレイナは続ける
「婚約継続の為の提案に関係するんだけど…彼女の助けが有ると、有り難いのよね……なので、私の事情を全てお話しする事になります。
明日の午後に公爵邸に招きたいの。」
「……………そう〜か。分かった。」
レイナは笑顔だが、拒否はさせない物言いに
大人達は了承の返事しか出来なかった。




